早朝には薬草菜園の世話をしたし、結婚式の準備をして、結婚式に出席して、着替えて馬車で移動して、湖畔の別荘まで行った。
一日中忙しかったせいか、リベリオはお風呂から出た後にめまいがしてベッドに倒れて動けなくなってしまった。
旅行ができるくらいに魔力の枯渇は抑えられると医者も行っていたが、落ちている体力は戻っていなかったのかもしれない。動けないでいるとエドアルドがすぐに気付いて髪も濡れたままにリベリオの元に走ってきて、リベリオを抱き締めて魔力を注いでくれた。
先見の目でリベリオが倒れているのが見えたのかもしれない。リベリオのためなら惜しみなく先見の目を使ってくれるエドアルドの優しさにリベリオは深く感謝した。
それだけでなくエドアルドはリベリオに魔力の制御を覚えるように言ってきた。魔力臓が壊れているのでリベリオが魔力を使うことはないのだろうが、エドアルドは先見の目でリベリオの魔力制御ができていた方がいい未来を見たのかもしれない。そうなるとリベリオに拒否権はなかった。
エドアルドのためにも魔力制御を覚えたい。
脚の間に座らされて背中からぴったりと密着して魔力の制御を教えてもらうのは少し恥ずかしかったが、エドアルドが相手だと思うと安心感もあった。
触れている場所からエドアルドの魔力を感じて、自分の体という器の大きさを分かりやすくさせている。
自分の体の隅々まで魔力を行き渡らせて、はみ出ないように制御するのは難しかったが、エドアルドに導かれればリベリオはすぐに覚えてしまった。
やはりエドアルドお義兄様はすごい。
ますます尊敬の念を強くして、リベリオはその日は湖畔の別荘のベッドで眠った。
サイドテーブルを挟んで二つ並んでいるベッドは、リベリオとエドアルドのものだった。エドアルドと同室になれたのも嬉しかったし、ジャンルカがリベリオとエドアルドの仲が深まるようにそうしてくれたのだと分かってありがたかった。
翌朝目を覚ますと、エドアルドは先に起きていた。
毎朝薬草菜園の世話をしているからエドアルドは早起きなのだ。
着替えを済ませてベッドに腰かけて本を読んでいたエドアルドの視線がリベリオに向く。凍てついたような表情だがリベリオはもう怖くなかった。
「エドアルドお義兄様、おはようございます」
「おはよう、リベリオ」
挨拶をすると素っ気ない口調だが挨拶が返ってくる。起き上がってパジャマからシャツとベストとハーフ丈のスラックスに着替えて、ソックスガーターを付けてソックスもはく。リベリオが準備している間、エドアルドはソファに移動して本を読んでいた。
「何を読んでいるのですか?」
「魔法学の本」
熱心に読んでいるので気になって声を掛けると、エドアルドは短く答えてくれた。旅行中は家庭教師の授業もないのだが、エドアルドは魔法を早く覚えたいようで魔法学の本を読んでいたのだ。
勉強熱心なエドアルドにリベリオは尊敬の念を抱く。
「朝食まで少し時間があります。魔力の制御を教えてもらえますか?」
「リベたん、座って」
ときどきエドアルドがリベリオのことを「リベたん」と呼んでいるのは気付いていた。きっとリベリオという名前を噛んでしまうことがあるのだろう。噛んでしまったことを指摘したらエドアルドは気まずい思いをするかもしれないので、リベリオは気にしないことにした。
ソファに座るとエドアルドがリベリオの手を握って魔力を注いでくる。昨日の夜にも注いでもらっていたので枯渇するようなことはなかったが、時間が経っているので多少減っている感じはしていた。
「魔力が足りなくなったらぼくが注ぐから、魔力をぼくに渡すように指先に集中させて」
「はい、エドアルドお義兄様」
魔力の制御をエドアルドから習っていると、ずっとエドアルドが手を握っていてくれるので倒れる心配もない。指先に魔力を集中させると、エドアルドから流れ込んできた魔力が、今度は逆にエドアルドの方に流れ込んでいくのが分かる。
「とても上手。これを数日繰り返せば、魔力が制御できるようになるはず」
力が抜ける感覚がしてエドアルドの方に流れ込んでいった魔力は、エドアルドからすぐに返してもらえた。
「旅行中、毎日エドアルドお義兄様が教えてくれますか?」
「いいよ」
快い了承の言葉を聞いてリベリオは安心した。
優秀なエドアルドが導いてくれるからこそリベリオでも魔力の制御ができそうになっているのだ。エドアルドはやはり魔力が高く天才なのだと思い知る。
朝食を家族みんなで食べていると、ジャンルカが報告してくれた。
「大発生していた魔物も暴走する前に討伐できて、湖の周辺は安全になった。朝食後は湖を散歩しよう」
ジャンルカの提案にリベリオもアウローラも蜂蜜色の目を輝かせる。
「あーたん、はくちょうたんにちかづかない!」
「そうだったね。エドアルドお義兄様の予言は終わっているはずだけど、また何かあったら困るよね」
「あーたん、いいこ!」
誇らしげな顔で小さな胸を張るアウローラにリベリオはそのふわふわの髪を撫でてやった。撫でられてますますアウローラが誇らしそうな顔になる。
朝食後は家族で湖の周りを散歩した。
湖を見下ろせる丘の上に立つと、緑がかった青い透明な水を湛えた湖が見下ろせる。
丘から降りていけば、ボートを借りられる場所があった。
「あーたん、おふね、のりたい!」
「アウローラ、危なくないかな?」
「おふね、のるの!」
こうなったら誰の言うことも聞かなくなるアウローラに、ジャンルカとレーナが一緒にボートに乗ることによってアウローラをボートに乗せてやれることになった。
「エドアルドはリベリオと一緒でいいかな?」
「エドアルドお義兄様はボートに乗れるのですか?」
「エドアルドは十歳のときにこの別荘に来たときもボートに乗っていたよ」
エドアルドの顔を見れば僅かに頷いて一緒に乗ってくれる気持ちを示してくれている。
ボートに乗るのも、湖で遊ぶのも初めてだったのでリベリオは喜んでボートを貸し出している場所に向かった。
先にジャンルカとレーナがアウローラに救助用の浮く素材のベストを着せて、ボートに乗せている。続いて乗ろうとするリベリオに、エドアルドはボートを貸している場所で何かしていたが、リベリオに救助用の浮く素材のベストを着せて、自分も着こんでボートに乗った。
ボートを漕ぐのは難しいと聞いていたが、ジャンルカが漕いでいるボートは滑らかに湖上に滑り出ている。リベリオも漕いでみたかったが、まずはエドアルドに任せることにした。
エドアルドは慣れた様子でボートを漕いで湖の真ん中までボートを動かした。
水深がそこそこになっているはずなのに、水は澄んでいて水底まで見えそうである。
ボートから覗き込んでいるとエドアルドがリベリオに紙袋を渡してきた。中には固められた緑色のものが入っている。あまりいい匂いではないが、リベリオにはそれが何かすぐに分かった。
「魚の餌ですね」
「リベリオ、あげてみて」
「はい!」
魚の餌を撒くと、ボートに魚が寄ってくる。餌を食べている様子を楽しんで見ているとエドアルドもリベリオの手から魚の餌をもらって、湖に撒いていた。魚の餌を渡すときにエドアルドが「白鳥」と呟いたような気がしたが、何か意味があったのだろうか。
「きれいな鱗の魚がいます。あれは食べたら美味しいのでしょうか?」
「オウルベアはあの魚を狙う」
「オウルベア?」
「昨日の魔物」
昨日出現した魔物はオウルベアという名前らしい。エドアルドはこの湖に何度か来ているので知っていたのだろう。
「白鳥はあまり狙わない」
「オウルベアが大発生して、餌となるこの魚が少なくなったので、オウルベアは白鳥を狙った。つまり、『白鳥に気を付けて』というエドアルドお義兄様の言葉には、オウルベアの大発生を予言していたのですね」
あの短い一言がここまで意味があったのだと理解してリベリオはエドアルドの先見の目のものすごさを思い知る。
エドアルドはやはり先見の目を持つ優秀な予言者なのだ。
「いや、ぼくは……」
「謙遜なさらなくてもいいのです。わたしには分かっています」
否定しようとするエドアルドにリベリオは微笑んで言葉を添えた。