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16.リベリオの無意識の魔法

 ジャンルカの口から亡き母、カメーリアの話を聞いたのは、エドアルドも初めてだった。

 ずっと苦しく悲しい過去としてジャンルカはカメーリアのことを心の中に封印してきた。その封印をレーナの前では解くことができたのだ。

 レーナも元夫のブレロ子爵の話をして、ジャンルカとレーナはお互いに過去を話し合って打ち解けられた。

 しかし、ブレロ子爵の死はリベリオにショックを与えたようだった。

 感情をアルマンドほどではないが読み取ることができるので、リベリオがショックを受けていることは感じ取っていたエドアルドはリベリオを精一杯慰めた。


(リベたん、何もリベたんのせいじゃないからね! リベたんのお父様は亡くなってしまった。それはとても悲しいことだし、つらいことだと思う。でも、リベたんのお父様は最後までリベたんのことを考えていたと思うよ。リベたんが幸せであることを願っていたと思うよ)


 その気持ちを込めて「リベリオのせいじゃない」と口に出せば、リベリオは泣きそうな顔をしていた。

 食後の団欒の時間が終わって、エドアルドとリベリオは部屋に戻った。部屋にはバスルームもお手洗いも付いているので、順番にお風呂に入ればいい。


「リベリオ、先に」

「ありがとうございます、エドアルドお義兄様」


 リベリオに「エドアルドお義兄様」と呼ばれるたびにエドアルドは込み上げてくる幸福感に酔っていた。何度も名前を呼んでくれる上に、「お義兄様」と言ってくれるのだ。嬉しくないはずはない。


(リベたんがまたぼくを「お義兄様」って呼んでくれている。アウたんも「おにいたま」って呼んでくれるし。本当は「お兄ちゃん」って呼んでほしいんだけど、それは無理そうだから、「お義兄様」で我慢しよう。それにしても、二人の尊さ最高! これ以上に尊いものがあろうか、いやない!)


 感動しているエドアルドの横を通って、リベリオが着替えを持ってバスルームに入っていく。水音が聞こえてきて、魔法で調整されたちょうどいい温度のお湯がバスタブを満たして、リベリオの体を温めるのを想像すると、なぜか胸がどきどきしてしまう。


(本当は「一緒に入ろうか?」って誘いたかった! でも、九歳にもなって十二歳のお兄ちゃんと一緒に入るのは恥ずかしいよね! アウたんなら一緒に……いや、アウたんは女の子だった! そんなのいけません! ぼくがリベたんと同じ年か、年下なら一緒に入れたかもしれないのになぁ)


 残念に思いながらも、子どもの死亡率で一番高いのはバスルームの事故だと何かで聞いたことがあったので、エドアルドはリベリオがお風呂に入っている間ずっと耳を澄ましていた。


(これは不埒な行為ではないのです! リベたんがお風呂で倒れて溺れたりしないように耳を澄ませているのです! お兄ちゃんはリベたんを心配しているのです!)


 誰にでもなく言い訳をしているが、どうしてそんなことを考えてしまうのかエドアルドにもよく分からない。九歳のリベリオを守ることはお兄ちゃんであるエドアルドには当然のことのはずなのに、なぜ後ろめたいような気持になるのだろう。


 しばらくして、ほかほかになったリベリオがハーフ丈のズボンのパジャマを着て髪を拭きながらバスルームから出てきた。


「お先にお風呂いただきました。エドアルドお義兄様がすぐに入れるようにお湯を張っていますよ」

「ありがとう」


(なんて気が利くんだ、リベたん。お兄ちゃんのことをこんなにも気遣ってくれて! なによりそのふわふわの髪が濡れているのもまたきゃわいい! ほかほかで赤くなってる頬っぺたをつんつんしたい!)


 リベリオに触れたい気持ちを我慢して、エドアルドも着替えを持ってバスルームに入った。脱衣所で服を脱ぐと、バスルームの中は水蒸気で満たされていた。

 シャワーで髪と体を流して、シャンプーを手に取ると、甘い香りがする。


(リベたんもこのシャンプーを使ったのだろうか。ぼくとリベたんは同じ香り……いや、ずっとそうだったじゃないか。お屋敷でも同じシャンプーと石鹸を使っていたはず! なんでぼくはそんなことばかり考えてしまうのか! リベたんのことになるとぼくはちょっとおかしくなってしまうんじゃないか!?)


 がしがしと頭を洗って、石鹸で体を洗って、バスタブに浸かると、ほぅっと息が出る。温かいお湯は結婚式と移動で疲れた体を癒してくれるようだった。

 いや、本当に癒しの魔法がかかっているような気すらする。


(もしかして、リベたんは無意識に癒しの魔法を使ったんじゃない!? リベたんのお母様のレーナ様は癒しの魔法を得意とされている。血脈から考えて、リベたんが癒しの魔法を使えてもおかしくはない! でもリベたんの魔力臓は壊れているんだ! 無意識にでも魔力を使ってしまったら、魔力臓から魔力が漏れ出すんじゃないだろうか!?)


 大変なことに気付いて、エドアルドは大急ぎでバスルームから飛び出た。体を拭いて、髪もろくに拭かないままにパジャマを着て脱衣所から飛び出ると、ベッドに横になって休んでいるリベリオに突撃していく。


「リベたん!」

「え、エドアルド、おにい、さま……」


 やはりリベリオは顔色を悪くしている。

 魔力の制御を習っていないのに魔法が使えることは称賛に値するが、リベリオは魔法を使っていい体ではないのだ。

 思わずリベリオの体を抱き寄せて、しっかりと手を握り、魔力を注ぎ込んでいく。


「ごめんなさい、朝に魔力を注いでもらったのに、今日は疲れすぎたのか……魔力が足りなくなってしまったようです」


 リベリオは癒しの魔法を使ったことに気付いていないようだ。

 無意識に魔法が発動してしまうとなると、リベリオの体が今後も危うくなる可能性がある。


「リベリオ、魔力の制御を教えてあげる」

「魔力の制御ですか?」

「魔力の制御を覚えないと……」


 魔力が制御できるようになれば無意識に魔法を発動したりしなくなるはずだ。それを説明しようとすると、魔力を注がれて顔色を取り戻したリベリオがエドアルドに抱き締められたまま、蜂蜜色の目を瞬かせている。


「エドアルドお義兄様、先見の目の能力を使ったのですね。わたしが魔力の制御をできないと困る場面が出て来る、そういうことですか。分かりました、エドアルドお義兄様。教えてください。よろしくお願いします」


 なんだか完璧に誤解されているが、今回はその誤解を解かない方がよさそうだ。リベリオが納得して魔力の制御を覚えてくれるのならば、少しくらいの誤解は我慢しよう。

 エドアルドは椅子に移動して、リベリオを背中から抱き締めるようにして脚の間に座らせた。リベリオの腕に腕が重なるようにして、指先までをぴったりと合わせる。


「え、エドアルドお義兄様?」

「指先からつま先まで、自分の体を意識して」

「は、はい」

「魔力を自分の体という器に納めるようにイメージして」


 魔力臓が壊れているために常に漏れ出しているリベリオの魔力だが、エドアルドの魔力を注いだときには一定の時間はリベリオの体に留まってくれる。その魔力を制御するためには、まず自分の体という器の中に魔力を納められることが始まりだった。リベリオの手に手を重ね、腕に腕を密着させ、背中に体を密着させて、エドアルドはリベリオの体という器の大きさを教えていく。


 そのまま軽く魔力を注ぎ込むと、リベリオは自分の体という器に魔力を納めるということができるようになった。


(さすがリベたん、飲み込みが早い! 優秀だね! ……ってこの体勢、ぼく、早くリベたんに魔力の制御を教えようと考えすぎちゃって、密着しすぎた!? 今まさに、ぼく、リベたんをお膝抱っこしてない!? どうしよー!? 役得なんだけどー! じゃなくて、リベたんに嫌われちゃったら、お兄ちゃんは泣きます!)


 役得なのか、リベリオに嫌われることを恐れるのか、よく分からなくなっているエドアルドに、そっとエドアルドから離れたリベリオが頬を薔薇色に染めて、蜂蜜色の目を潤ませてエドアルドを見詰める。


「こんなにわたしのために熱心に教えてくださってありがとうございます」


 どうやらエドアルドはリベリオに嫌われていなかったようだ。


(よかった、リベたんに嫌われてなかった。それどころか感謝されてるよ! グッジョブ、ぼく! リベたんに密着しすぎないように気を付けながら、これからもリベたんに魔力の制御を教えていこう!)


 リベリオが魔法を無意識に使うことがないように、早すぎるかもしれないが魔力の制御を教えていく。エドアルドはリベリオの命が危険に晒されないために最大限の努力はするつもりだった。


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