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14.エドアルドの予言(などしていない)

 アルマンドが帰って行くのを見送って、エドアルドも着替えて新婚旅行に行く準備を整えた。

 それにしても、リベリオの結婚式の衣装と、出かけるときの衣装である。タキシードのスラックスはハーフ丈だった。出かける軽装のスラックスもハーフ丈である。


(リベたんのきゃわいい膝小僧がこんにちはしてるー! この丈の衣装を準備したのが誰か知らないけど、グッジョブすぎる! この膝小僧! ソックスガーター! そして、清楚な白いソックス! 最高でしょ!)


 生まれてきたことを神に感謝するくらいエドアルドはリベリオのハーフ丈のスラックスに興奮していた。

 長く患った病のせいで九歳にしては小柄なリベリオを馬車に乗せるときには、エドアルドが手を差し伸べてエスコートした。小さな手をエドアルドの大きな手に重ねてステップを上がっていくリベリオ。


(リベたん、なんてかわいいんだ! お兄ちゃんがいつでも手伝ってあげますからねー! 本当は抱っこして乗せてあげたいけど、リベたんは九歳! そんなことをしたら恥ずかしがっちゃうからねー! 我慢だ、ぼく!)


 アウローラをジャンルカが抱っこして乗せていたのを羨ましく見ていたが、エドアルドはリベリオをエスコートできたのでいいことにした。

 馬車の中ではリベリオはエドアルドに親し気に話しかけてきてくれる。

 これはかなり心の距離が縮まったのではないだろうか。

 湖畔の別荘には何度か行ったことがあるのでそう答えると、リベリオが楽しみにしているような表情をしている。


(湖畔の別荘はとってもいいところだよ。湖も綺麗だし。でも、リベたん、白鳥には気を付けてね! 白鳥はきれいだけど、観光客が餌をやっているせいか、餌を持っていないか期待して近付いて来るし、あいつらのくちばしは結構痛いんだ。リベたんが噛まれたら大変! 白鳥怖い! 絶対近付きすぎちゃダメ!)


 その思いを込めて注意をすると、なぜか先見の目を使って予言したことになってしまう。


(別にそんなんじゃないって! ぼくはだた、白鳥はきれいな姿に似合わず凶暴だってことを伝えたかっただけなのにー! リベたん違うんだって!)


 心の中で否定してもリベリオには通じず、リベリオは真剣な顔でアウローラにまで注意を促していた。


(まぁ、白鳥が危険だってことには変わりないから、いっか。触ったりしたら、噛まれるかもしれないからね! リベたんもアウたんも気を付けて!)


 エドアルドが心の中で何度も念を押すと、それはしっかりとリベリオとアウローラに伝わったようだった。


 馬車での移動中、リベリオは体調を崩すようなことはなかった。

 エドアルドが毎朝しっかりと魔力を注いでいるからだろう。魔力を一日一回注ぐだけでこんなに元気になるのならばエドアルドも魔力の注ぎ甲斐があるというものだ。


「あれが湖ですか? 広い……それに青くてきれい……。アウローラ、湖に着いたよ」


 眠っていたアウローラをリベリオが起こすと、垂れていたよだれをすっとジャンルカが吹いて、アウローラは馬車の窓から湖を見る。ちょうど時刻は夕方で、夕日が落ちかけている瞬間で、青い湖に赤い光がさしてとても美しかった。

 リベリオもアウローラも声もなく湖を見詰めている。

 レーナも湖に感動したようだった。


「わたしたちの部屋は、湖が見える場所にしているよ。エドアルドとリベリオとアウローラの部屋も」


 前に来たときは十歳くらいだったが、エドアルドは湖の見える部屋に泊まった。リベリオもアウローラも湖の見える部屋に泊まれるようだし、ジャンルカとレーナの夫婦の部屋も湖の見える部屋なのだ。

 湖を見ながら馬車が別荘に近付いていくのを確認していると、湖の白鳥がいっせいに飛び立った。

 何事かと思えば、湖に大きな熊に似た魔物が現れている。


「公爵閣下、奥様、お子様方、馬車から出ないでください」

「あの魔物……白鳥を襲っていた。エドアルドお義兄様が言ったのです。白鳥に気を付けてと」

「なに!? 白鳥を狙う魔物が出ることを予見していたのか。討伐体が来るころにはあの魔物は逃げているかもしれない。護衛たち、あの魔物を討伐するのだ!」


 ジャンルカが護衛たちに命じるのに、エドアルドは内心混乱していた。

 護衛たちは武器を持って魔物に飛び掛かっていく。魔法騎士である護衛たちの前には、魔物であろうとも敵ではない。


(え!? ぼく、白鳥は見た目に反して凶暴だから気を付けてって言ったのに、魔物の出現を預言してたー!? そんなことない! 絶対違うから!)


 否定しつつも、護衛たちを討伐に向かわせたら、馬車を守るものがいなくなると気付いたエドアルドは、馬車の中で剣を握った。

 毎日剣技の訓練をしているエドアルドは体格もいいのでそれなりに剣が使える。いざとなったらジャンルカと共に馬車の外に出てレーナとリベリオとアウローラを守るつもりだった。


(お兄ちゃん、こう見えても強いんだからね! かわいいリベたんとアウたんと、大事なレーナ様をお守りします! あぁ、レーナ様はお父様と結婚式を挙げたから、そろそろ「お義母様」って呼んでもいいころ? 馴れ馴れしくないかな? もういいかな?)


 表情は変わらないながらもドキドキしながら魔物退治を見守っていると、護衛の魔法騎士たちは無事に魔物を仕留めて馬車のところに戻ってきた。

 一安心して、エドアルドは青ざめているリベリオの頬に手をやる。


「もう大丈夫」

「は、はい」


(リベたんのほっぺたにどさくさに紛れて触っちゃったー! すべすべのぷにぷにだよ! あぁ、摘まんでみたい。このほっぺを摘まんだらどんな感触がするだろう)


 安心させるためにリベリオの頬に触れたつもりだが、その感触に歓喜するエドアルドにリベリオは気付いていない。それどころか、リベリオの頬に添えられたエドアルドの手に手を重ねてきたりする。


(あー!? そこまで許されるのー!? リベたんったら! もう! お兄ちゃん、幸せで死んじゃう! いや、死にません! 死んだらリベたんが泣いちゃうでしょう! お兄ちゃんは絶対に死にません!)


 テンションがマックスになっているのも知らないで、リベリオはしばらくエドアルドの手に手を重ねて、自分の頬に押し当てていた。

 そのかわいさにエドアルドが卒倒しそうになっているのも知らないで。


(かわいすぎて、お兄ちゃん気が遠くなってきました。ここで卒倒したら、リベたんが何事かと思っちゃう! リベたんを心配させるのよくない! ぼくは意識を保つのだ! リベたんを泣かせることはぼくでも許されない!)


 必死に意識を保ってリベリオが手を放すまでエドアルドはリベリオのすべすべの頬っぺたを堪能したのだった。


 別荘に着くと、ジャンルカが厳しい表情で使用人に命じている。


「魔物の討伐隊をこちらに向かわせるように警備兵の詰め所に伝えてくれ。魔物が一匹出現したということは、他にも出てきてもおかしくはない」

「エドアルドお義兄様は白鳥に気を付けるように言って、白鳥が魔物に追われることを予言していたのです。魔物が今後も出るかもしれないということも予言してくださるかもしれません」

「いや……」

「あぁ、すみません、エドアルドお義兄様。エドアルドお義兄様にとってはいい印象のない先見の目を使わせるようなことを口にしてしまって」


 リベリオが謝ってくるが、単純にエドアルドはそんな力がないので困惑していただけだった。


(ぼくには先見の目なんてないってば! どうして信じてくれないの!? 予言なんてしてないよ! ただの偶然だったんだってば!)


 エドアルドがどれだけ心の中で弁解しようとも、それが届くことはない。


 謝るリベリオに何と言っていいか分からず、エドアルドは困惑の色を濃くしていた。


 通された部屋は、なんと、リベリオと同室だった。

 アウローラは女の子でまだ小さいので乳母と一緒に別の部屋に泊まるようだが、エドアルドとリベリオは同じ部屋で寝泊まりができるようだ。


(嘘っ! リベたんとドキドキわくわくのお泊り!? ぼくとリベたんが同じ部屋で過ごして眠る!? リベたんのかわいい寝顔をぼくは見られるってこと!? この部屋割りにしてくれたお父様、本当にありがとう!)


 ベッドは別々だが、サイドテーブルを挟んで二つ並んでいて、目を凝らせばリベリオの寝顔が見られそうな距離である。

 リベリオと一緒の部屋に、先見の目の誤解を解くことなど忘れて、エドアルドは浮かれ切っていたのだった。


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