結婚式が無事に終わり、アルマンドは馬車で列車の駅まで行って王都に帰る。
アルマンドを「王子様」と呼んで慕っていたアウローラは、別れのときに非常に悲しそうな顔をしていた。
「おうじたま、またきてね」
「今度はアウローラが王都に来るといいよ。新婚旅行の最後は王都のタウンハウスに来てもいいだろう?」
「またあえるの?」
「王都に来たときには、ぼくの弟と妹も紹介してあげる。弟は王子様だし、妹は王女様だよ」
「おうじたまとおうじょたま……あーたん、あいちゃい!」
最後までアウローラに優しくしてくれるアルマンドにリベリオは感謝と尊敬の念しかなかった。
話を聞いていたジャンルカがレーナに語り掛けている。
「兄上がわたしの愛しい花嫁を紹介してくれるように伝言してきた。新婚旅行の最後には、王都のタウンハウスに行って、兄上とエドアルドの従兄弟たちと会おう」
「わたくしがお会いしてよろしいのですか?」
「兄上はわたしがずっと再婚しなかったことに心を痛めていた。前の妻を失って立ち直れなかったわたしの心をレーナが癒してくれた。レーナ、わたしのこの世で一番愛しいひととして兄上に紹介させてほしい」
「ジャンルカ様……」
甘く優しい言葉にレーナは涙ぐんでいるようだった。
結婚式の後には新婚旅行に出かける。
荷物は事前に用意してあったので、着替えたリベリオは馬車に乗るために玄関のホールに集合していた。エドアルドもアウローラもジャンルカもレーナも着替えて集合してくる。
エドアルドはシャツにベストにスラックスという軽装だったが、アウローラはこれまでに見たことのないかわいいワンピースを着ている。ジャンルカもシャツにベストにスラックスという軽装で、レーナは白い細身の体によく映えるシルエットのワンピース姿だった。
リベリオはハーフ丈のスラックスにシャツとベストにソックスガーターとソックスという姿だった。
「荷物は別の馬車に積み込んである。みんなで馬車で出かけよう」
「ちんこんりょこう、どこ?」
「アマティ公爵領の湖畔にアマティ家の別荘がある。湖がとても美しいんだ。ぜひレーナとリベリオとアウローラに見てほしい」
「みじゅうみ! うみ?」
「海とは違うよ。海より小さな水場だけど、ボートに乗れるくらいには広いよ。海にはまたいつか行こう」
ジャンルカとアウローラが話しているのを聞いていると、リベリオは心が和むのを感じていた。
結婚式にも倒れることなく出席できたし、新婚旅行にも一緒に旅立てる。
これも全てエドアルドが毎日リベリオに魔力を注いでくれているおかげだ。
エドアルドの方を見ると、いつものように凍り付いた表情だったが、リベリオと目が合うとリベリオの手を大きな手で優しく包み込む。
「一緒に」
「はい、エドアルドお義兄様、一緒に行きましょう」
先見の目を持ってしまったために、望まぬ未来を目の当たりにして心を病んでしまったエドアルドは表情が動かない。表情が動かないだけで、リベリオにもアウローラにも優しい兄だということは分かっている。
まだレーナのことは「レーナ様」と呼んでいるから、亡き母親を忘れられないのだろうが、それも徐々に歩み寄っていけるだろう。リベリオは未来に希望を持っていた。
馬車に乗るときにジャンルカがアウローラを抱っこして乗せてくれて、リベリオが馬車のステップを上がろうとすると、エドアルドが手を差し伸べてくれる。
エスコートだなんて、女の子でもないのにおかしいかもしれないとは思ったが、リベリオの体が小さくてステップが高く感じられて登りにくいのは確かだったから、リベリオは素直にエドアルドの手を借りた。
エドアルドの手は温かくて心地いい。
毎朝エドアルドに手を握って魔力を注がれているので慣れるかと思ったのだが、リベリオは日が増すごとにエドアルドに触れていると落ち着かなくなってくる気がする。これが何なのかリベリオにもよく分かっていない。
成人女性よりも背の高いエドアルドは軽々とステップを上がって馬車に乗り込んだ。レーナはジャンルカがエスコートして馬車に乗せて、ジャンルカが最後に執事に不在の間の屋敷のことを頼んで馬車に乗り込む。
「エドアルドお義兄様、薬草菜園は大丈夫なのですか?」
「頼んできた」
「それならばよかったです」
亡き母親から受け継いだエドアルドの薬草菜園の世話もエドアルドが信頼できるひとに託してきたようだった。薬草菜園の中にはなかなか手に入らない希少な薬草もあるようで、エドアルドは非常に細やかに世話をしている。
その薬草を惜しむことなく毎日煎じ薬としてリベリオに分け与えてくれるのだから、エドアルドのおかげでリベリオは体がかなり楽になっているような気がしていた。
「エドアルドお義兄様は湖畔の別荘に行ったことがありますか?」
「何度か」
「何度も訪れるのならば、素晴らしい場所なのでしょうね」
リベリオが期待に胸を膨らませていると、ぼそりとエドアルドが呟いた。
「白鳥に、気を付けて」
「え!?」
これはエドアルドの先見の目の能力なのだろうか。
白鳥が何かあるのだろうか。
「エドアルドお義兄様がそう仰るなら気を付けます!」
リベリオはエドアルドのことを完全に信頼していた。先見の目を持つエドアルドがそういうのならば、白鳥に気を付けなければいけないのだろう。
「はくちょー、いるの?」
「アウローラ、白鳥には気を付けなければいけないよ」
「はくちょー、なでなでちたい」
「それはしない方がいいかもしれない」
先見の目でどんな未来が見えたのか分からないが、エドアルドが気を付けろと言うのならばリベリオは細心の注意を払うし、アウローラにもそうさせる。
「先見の能力まで使って……。エドアルドお義兄様ありがとうございます」
お礼を言えばエドアルドは素っ気なく「別に」とだけ答えた。
態度は変わっていないが、結婚式でもリベリオが聞こえよがしに嫌味を言って来るひとたちに落ち込んでいたら、その場から連れ出して美味しい料理を食べさせてくれたエドアルド。
優しい心を持っているのには間違いないのだ。
この新婚旅行でエドアルドともっと近付きたい。
エドアルドともっと仲良くなりたいとリベリオは思っていた。
馬車が揺れながら進んでいく。
アウローラは朝からはしゃいでいたので疲れたのかジャンルカの膝に抱っこされて眠ってしまったし、レーナはリベリオを気遣って飲み物や食べ物を勧めて来る。
「喉は乾いていませんか? お腹は空いていませんか?」
「今は大丈夫です、お母様」
「体調が悪くなったらすぐにでもいうのですよ。リベリオの病は治ったわけではないのですからね」
相性のいいエドアルドの魔力を注いでもらっているので、一日は動けるのだが、それを超えるとリベリオは新しく魔力を注いでもらわないとまた魔力が枯渇して倒れてしまう。
壊れた魔力臓を治す方法は現代の魔法医学でも解明されていなくて、このままではリベリオは一生エドアルドの魔力を注いでもらわないと生きていけないかもしれない。
エドアルドと魔力の相性がいいと分からなければ、残り何年生きられるか分からないような状態で、魔力を注いでもらっても、薬で魔力を補っても、ベッドから起き上がって生活することは難しかったくらいなのだから、それに比べれば状況はかなりマシになっている。
それでも、一生エドアルドに迷惑をかけて生きるというのはリベリオにとって耐えがたかった。
毎朝手を握ってもらって魔力を注ぎ込まれるのは心地よくて幸せなのだが、いつかはエドアルドの魔力がなくても生きられるようになりたい。
「リベリオの病が治るようにこの病を研究している医者にも援助をしている。いつかは壊れた魔力臓を治す特効薬が見付かるかもしれない」
ジャンルカはそう言ってくれるが、それがリベリオの生きている間に見つかるのかは疑問でしかない。
何より、毎朝エドアルドが魔力を注いでくれる二人きりの時間がリベリオには嬉しくて、リベリオの魔力臓を治せる日が来るのを願うのと同じくらい、その日が来なければいいとも思ってしまう。
治って健康な体になりたいという気持ちは間違いないのに、どうしてこんなことを思ってしまうのか。
リベリオにはまだよく分からない。
ただ分かっていることは、魔力の相性がいい相手はエドアルドただ一人で、リベリオにとってエドアルドが特別な存在だということだけだった。