毎朝薬草菜園の世話をして、朝食を取って、リベリオの部屋に行って魔力を注ぎ込むのがエドアルドの日課になっていた。部屋のドアをノックすると、リベリオは「エドアルドお義兄様ですね? どうぞ」と言ってくれて、花の咲きこぼれるような笑顔を見せてくれる。
(あー! きゃわいいー! リベたんが今日もかわいいです! リベたんの笑顔を見ていたらぼくは何でもできる! 今日もお兄ちゃんが魔力を注いであげますよー? リベたん、「あーん」ですよー?)
テンションマックスになりながらもリベリオの手を握り、魔力を注ぎ込む瞬間がエドアルドにとっては幸福でならない。
魔力を注ぎ込むときに一時的に魔力量は減るのだが、エドアルドの魔力核がすぐに魔力を生成して魔力臓を満たしてくれる。むしろ、毎日魔力を注いでいるからこそ、魔力核が活発に動いて、魔力臓も魔力が減って増えるということを繰り返しているので、エドアルドの魔力核と魔力臓が鍛えられて、前よりも魔力が高くなったと言われるくらいなのだ。
(ぼくがリベたんに魔力を「あーん」して、魔力が減るたびに魔力核と魔力臓が鍛えられて、ぼくの魔力が高くなる。つまり、これはぼくの修行でもあるわけだ。神はリベたんを救うためにもっとぼくに強くなるように命じているのだ!)
最近ではエドアルドはリベリオの手に触れると、その感情が僅かだが感じ取れるようになっていた。王族の中には「先見の目」のような未来を予言する能力を持つものも稀に生まれるのだが、相手の感情を感じ取る能力を持つものも生まれる。
どちらも魔力が非常に高くないと制御できない魔法なので、エドアルドの魔力は極めて高いものになっているのは確かだった。
ジャンルカとレーナの結婚式には、エドアルドの従兄弟のアルマンドが来た。
アルマンドはエドアルドが最近手に入れた他人の感情を読み取る魔法を、生まれたときから持っている人物で、王族としては周囲の感情が読み取れるのは非常につらいこともあっただろうが、エドアルドが無表情の顔の下で感情豊かに生きていることを知る数少ない相手の内一人だった。
アルマンドとは年齢が一緒で学年も一緒のため、エドアルドは小さなころからアルマンドの学友となり、将来は側近となることが決まっているようなものだった。
エドアルドのことを全く恐れることがないアルマンドを、エドアルドも従兄弟として好きだった。
(アルマンド、これがリベたんとアウたん! ぼくの新しい弟妹だよ! かわいいでしょー? 二人がアマティ家に来てくれた奇跡にぼくは毎日神に感謝しているよ! なんて素晴らしい人生なんだ!)
心の中で天を仰ぐエドアルドの感情がどこまで伝わっているかは分からないが、アルマンドは他人の感情が感じられるのに明るい笑顔を見せて、リベリオとアウローラを義理の従兄弟だと認めてくれた。
(さすが、アルマンド! リベたんとアウたんの素晴らしさが分かるんだね! ぼくたちは同士! アルマンドにはリベたんとアウたんをかわいがる権利を分け与えてあげるよ!)
その言葉に応えるように、アルマンドは絵本の王子様とお姫様に憧れるアウローラのために膝を突いてダンスに誘うというパフォーマンスまでした。
結婚式の誓いが終わって、ジャンルカとレーナの元に客たちがお祝いを述べに行っている間、アルマンドは約束通りアウローラの手を取って一緒に踊った。ダンスなどまだ習っていないアウローラだったが、アルマンドが上手にリードしている上、時々抱き上げて踊ってくれているのでものすごく楽しかったようで、満足した顔でエドアルドとリベリオの元に戻ってきた。
「にぃに、エドアルドおにいたま、おうじたまがおどってくれたの! あーたん、おしめたまだったの!」
白い頬を薔薇色に紅潮させて喜ぶアウローラに、アルマンドも誇らしげな顔をしている。
「アウローラならいつでも一緒に踊ってあげるよ」
「ほんとう!? あーたん、とってもうれち! アルマンドでんか、あいがちょ」
「どういたしまして」
純粋に王子様を慕うアウローラの感情はアルマンドにとっても心地いいものだったのだろう。アルマンドも嬉しそうにしていた。
「子爵家を追い出された未亡人が、王弟殿下を誘惑するだなんて」
「息子は不治の病を患っていると聞きました。治療費を出させるために取り行ったのでしょう」
「浅ましい」
聞こえてくる声の中には、不快なものも含まれている。
(なんてことを言うんだ! レーナ様がお父様と結婚してくれなければ、ぼくはリベたんにもアウたんにも会えていなかったんだぞ! その失礼な口にぼくの特製の激苦い煎じ薬を注ぎ込んでやろうか? 苦いだけで何の効能もなかった失敗作を!)
怒りに胸を焼くエドアルドだが、その表情が凍てついていることには変わりがない。
「氷の公子様もこの結婚を歓迎していないように見えます」
「やはり、こんな結婚は認められるべきではないのではないでしょうか」
(ぼくが結婚を歓迎していないだなんて、適当なことを言わないでよね! ぼくはお父様がレーナ様と再婚すると決めたときから、お兄ちゃんになれるって歓喜で、ハッピーすぎて鼻血を我慢するのに必死だったんだからね! 勝手に決めつけないでほしいな!)
怒りに燃えている気配はアルマンドには感じ取れたようだった。
「ぼくの義理の従兄弟と義理の叔母様に対して、不敬なことを言っている声が聞こえた気がするなぁ。この結婚はお父様も認めたもの。この結婚に意義があるというのは国王に意義があるというのと同じなんだけど。ねぇ、そこの御婦人?」
人込みをかき分けて失礼なことを言った人物にアルマンドが近付こうとすると、「ひぃ! お許しを!」と悲鳴を上げてその人物たちが逃げていく。
うるさい声が聞こえなくなったので安心していると、アルマンドがエドアルドに耳打ちした。
「君のかわいい義弟さんが傷付いているよ? 頑張って、『お兄ちゃん』」
「リベたん!」
聞こえよがしに言っていた言葉を耳にしたのだろう。リベリオが俯いて震えている。エドアルドはリベリオに駆け寄って、その手を握り締めた。
「行こう」
「え? エドアルドお義兄様、どこに?」
「アウローラもおいで」
結婚式は立食パーティー形式になっているので、大広間の脇には料理の並んだスペースがある。そこにリベリオとアウローラを連れて行くと、エドアルドは料理を取り分ける皿を給仕に用意してもらった。
(あんなひどい言葉は聞かなくていいんだよ! アルマンドがきっちりあの人たちのことは覚えただろうから、何も心配しなくていいよ。怒ったらお腹が減ってきちゃった。リベたんとアウたんとご馳走を一緒に食べたいんだけど、お兄ちゃんと食べてくれるかな?)
心の中で小首など傾げつつリベリオとアウローラに問いかけたら、気持ちだけは通じたようだった。
「そういえば、お腹が空いていました」
「あーたん、おにくたべる! おやさいもたべる!」
「ぼくとリベリオとアウローラに牛頬肉のワイン煮込みとスコッチエッグを。温野菜のサラダも添えて」
給仕に命じると、取り分けてくれる。
取り分けられた料理を持って、エドアルドはリベリオとアウローラをテラスのテーブルに連れて行った。
椅子に座ると、テーブルに牛頬肉のワイン煮込みと、スコッチエッグに温野菜のサラダが添えられたものが並べられる。
「エドアルドおにいたま、こえ、ハンバーグにたがもがはいってる!」
「スコッチエッグだ。ハンバーグに卵を入れて作るんだ」
「この牛肉、スプーンで切れるくらい柔らかくてほろほろです」
「牛頬肉のワイン煮込みは、煮込んでいるのでアルコールが飛んで、子どもでも食べられる」
料理の説明をするときや勉強の答えを言うときには、エドアルドの口も滑らかになる。
大喜びで食べようとするアウローラの首にナプキンを巻いてあげると、アウローラはエドアルドを見上げてにっこりと微笑む。
「エドアルドおにいたま、あいがちょ」
「食べよう」
「はい、エドアルドお義兄様」
気落ちしていたリベリオも美味しい料理の前には気分が浮上してきたようだ。三人で食べていると、アルマンドも料理を取り分けてもらって同じテーブルについた。
「にぃに、おうじたまがあーたんのおとなりにすわってる」
「よかったね、アウローラ」
「アウローラがかわいいから、一緒に食事をしたくなったんだよ。本当にエドアルドが羨ましいよ、こんなにかわいい弟妹ができて」
「アルマンド、弟妹、いる」
「いるけど、実の弟妹っていうのは複雑なものだよ。生まれたときから知っているし。それに比べて、エドアルドは九歳になったリベリオと三歳になったアウローラと知り合ったんだろう? 全然違うよ」
上品にスコッチエッグを切って食べているアルマンドの横で、アウローラが半熟の卵の黄身がとろりと垂れて口の周りを汚している。自分の膝の上のナプキンを持ち上げて、アルマンドはさりげなくアウローラの口の周りを拭いてあげていた。
(さすが、アルマンド! 王子様ムーブが様になっている! アウたんもこれは大満足だね! あー、ぼくも王子様だったら、アウたんがもっと憧れてくれたんだろうか? ちょっとだけアルマンドが羨ましいよ!)
アルマンドと美味しい料理のおかげで、リベリオにとってのジャンルカとレーナの結婚式が嫌な思い出にならなくてよくなりそうだったので、エドアルドは同じ年の従兄弟に心の中で感謝していた。