何歳まで生きられるか分からないと医者に宣告されたリベリオだったが、エドアルドの魔力が相性がいいことが分かって、一日に一度エドアルドに魔力を注いでもらえば普通の九歳児のように過ごせることが分かった。
魔力の制御を習っていなかったはずのエドアルドはいつの間にか魔力の制御を覚えていた。
「エドアルドお義兄様は、いつ、魔力を制御できるようになったのですか?」
魔力を注いでもらってエドアルドの魔力が相性がよいと分かったときに、感激してしまってエドアルドに抱き着いてしまったが、エドアルドはそれを嫌がるどころかリベリオの髪を優しく撫でてくれた。
たった九歳で残り何年生きられるか分からないと言われたリベリオに同情してくれたのかもしれないが、その手が温かくて、リベリオはもしかすると氷の公子様なんて呼ばれているけれどエドアルドは実はとても情が深いのではないかと思っていた。
「これは、必然」
「必然!? エドアルドお義兄様にはわたしと魔力の相性がよかったことが分かっていたのですか!?」
エドアルドが言うにはこれは必然であり、エドアルドはリベリオと魔力の相性がいいことが分かっていたからこそ魔力制御の方法を事前に習得していたのだ。
なんということだろう。
魔法使いの中には未来が予見できる能力を持つものがいるという噂は聞いていた。その能力は王族や極めて高い地位を持つ魔力の強い貴族にしか現れない。
アマティ公爵であるジャンルカは王弟で、王族である。エドアルドもその血を強く引いている。
つまり、エドアルドは未来を予見できる極めて稀な魔法使いなのではないだろうか。
未来を予見できる魔法使いは、自分の望まぬ映像を見せつけられることも多いため、心を病んでしまって感情に乏しくなることがあるとも聞いていた。エドアルドの感情に乏しいところや、僅かに見せた儚げな笑みは、望まぬ未来を見てきたが故のものではないのだろうか。
「エドアルドお義兄様には未来が見える……そうなのですね?」
「そうなのか、エドアルド? 王族の中には極めて稀に未来が見える『
思わぬ真実にジャンルカも驚いているが、そう思って考えてみれば納得がいくことばかりだった。
「望まぬ未来を見て、心を壊してしまったエドアルドお義兄様。そのせいで氷の公子様とよばれるくらい感情が乏しくなってしまったのですね」
「妻はエドアルドが生まれたときに亡くなってしまったが、エドアルドにはわたしも乳母も愛情をかけてきたつもりだった。それでもこんなにも感情が乏しくなるなんて、そういう理由があったのだな」
ジャンルカの言葉にエドアルドは俯き目を伏せていた。
それが全てを肯定しているかのようだった。
「知らぬこととはいえ、わたしはエドアルドお義兄様を冷たい方だと誤解していました。すみませんでした。エドアルドお義兄様はつらい思いをずっとされてきたのですね。それなのに、先見の目を使って、わたしの未来を見て魔力を制御する方法を言われずとも習得していただなんて」
「つらいのはリベリオの方だ」
未来を見るだなんて決して幸せなことだけではないはずなのに、エドアルドは自分のつらさを口には出さず、リベリオの方がつらかっただろうと言ってくれる。三歳で病にかかって魔力臓が壊れてから、いつも死の危機と共にあったリベリオの人生が平坦だったとは決して言えないのだが、エドアルドの人生も壮絶なものであったのだろう。そうでなければ氷の公子様と呼ばれるような感情が乏しくなるほど心をすり減らしていないはずだ。
「エドアルドお義兄様……誤解していたわたしを許してください。今はまだ全てを話してくれないかもしれませんが、少しずつ歩み寄ってわたしたち、家族になりましょう」
「リベリオ……みんな、家族」
家族だと言ってくれるエドアルドの気持ちは嬉しいが、エドアルドはジャンルカにすら先見の目を持っていることを打ち明けていなかったのだ。まだまだ歩み寄りが必要だろう。未来が見えているならば、ジャンルカがレーナと出会ったころには再婚の予兆を感じ取っていたかもしれないし、そのことに苦しんでいたかもしれない。
すぐには家族として打ち解けられないかもしれないが、少しずつ歩み寄ることはできるのではないかとリベリオは思い始めていた。
レーナもアウローラを抱き締めてリベリオの脇に立つエドアルドを見上げている。
「エドアルド様、リベリオのためにありがとうございます。繊細なエドアルド様がわたくしのことをすぐには受け入れられない気持ちは分かります。これからエドアルド様に認めていただけるように、わたくしも努力してまいりますので、少しでも歩み寄ってくださると嬉しいです」
「レーナ様……」
「わたくしを『
「エドアルドたま、にぃに、げんちなる。あーたん、うれち。あいがちょ」
レーナとアウローラの言葉に、エドアルドは僅かに口角を上げた気がした。それが儚げな悲し気な笑みに見えてリベリオは胸が痛む。
こんな風にしか感情を表せないくらいエドアルドは心を病んでいるのだ。それならば、リベリオがエドアルドに救われるように、エドアルドもリベリオに救われてほしい。
「エドアルドお義兄様のためならなんでもします。わたしにできることなら、なんでも言ってください」
「リベリオが元気なら……」
何でもするというのに、エドアルドはリベリオが元気ならそれで構わないと欲のないことを思っているようだ。
「エドアルド、何か望むことはないのか?」
「新婚旅行」
「わたしとレーナに新婚旅行に行けと言うのか? 自分のことを望んでもいいんだぞ?」
「一緒に」
「そうか、家族で一緒に新婚旅行に行きたいのか」
エドアルドが望んでいることは、家族全員で新婚旅行に行くことだったようだ。
ジャンルカが医者に問いかける。
「エドアルドが魔力を注ぎ込めば、リベリオは旅行に耐えられるだろうか?」
「普通の子どもと同じように過ごせると思いますよ。ただ、これまでの生活を考えると、かなり体力が落ちているので、配慮は必要かもしれません」
三歳からのほとんどの時間をベッドの上で過ごしてきたリベリオは、体力が普通の子どもに比べて非常に衰えていることは間違いないだろう。体付きも普通の九歳児に比べると細くて小さい気がしている。
「旅行……行けるなら行きたいです」
それでも、リベリオは新婚旅行について行けるのならば行きたい気持ちでいっぱいだった。旅行の間にエドアルドとの仲も深まるかもしれない。
「わたくし、新婚旅行など望んでもいいのでしょうか?」
「エドアルドも望んでいる。レーナ、リベリオ、アウローラ、一緒に来てくれるか? もちろん、エドアルドも」
「あーたん、どっかいくの?」
「わたくしとリベリオとエドアルド様とジャンルカ様と一緒に、旅行に行くのですよ」
「りょこー、なぁに?」
「よその土地に行って、楽しいことをたくさんして、お泊りをするのだよ」
「あーたん、にぃにとママとパパとエドアルドたまとりょこー、ちる!」
遠慮しそうになっているレーナにジャンルカが優しく言って、旅行をしたことがないアウローラにはジャンルカが説明してくれて、新婚旅行が実現しそうになっている。
決して素晴らしい未来ばかり見えるはずもない、見たくもないものが見えることの方が多い先見の目を持つエドアルドの心を癒し、仲良くなりたい。
握られた手から流れ込んできた魔力が温かかったように、抱き着いたときに髪を撫でた手が優しかったように、エドアルドの本心は温かく優しいのではないかとリベリオは思い始めていた。