公爵家に引き取られてからリベリオは初めて有名な医者にかかった。
魔力が枯渇する病を専門とする医者で、かかるものが少ない病を研究し続ける国内で非常に少ない医者の一人だった。
隅々まで体を診察されて、精密検査も受けて、リベリオはジャンルカとレーナとエドアルドとアウローラの同席する部屋で説明を受けた。
アウローラは三歳児のイヤイヤ期で、自分もリベリオと一緒ではないと嫌だと泣き喚いて同席を勝ち取っていたし、エドアルドはなぜかリベリオが倒れた日からリベリオを気にしているようで同席を申し出てくれたのだ。
血の繋がっていない弟妹など認めない。自分の父親がその治療に金を費やして騙されているのを見届け、リベリオたちをアマティ公爵家から追い出そうとするつもりなのかもしれない。
それだけエドアルドの視線は厳しく、リベリオを睨み付けていた。
(わたしが生きることすらもエドアルドお義兄様には厭わしいことなのかもしれない)
考えると心が凍っていくような気がする。
小さいときから病のせいで両親に苦労をさせて、父は働きすぎて若くして亡くなってしまったのだ。
自分が生きていることにそんなに価値があるのかと言われれば、リベリオは疑問でしかない。リベリオが生き延びたとしても、魔法を使うことはできず、一生薬を飲み、魔力を分けてもらわなければいけないかもしれないのだ。それくらいならば死んでいた方がよかったのではないか。
何度もリベリオは考えたことがある。それでも、父やレーナの献身的な看護と、かわいい妹のアウローラを残して死んでしまうことを考えると、どうしても自分の命を絶つようなことは考えられなかった。
医師の説明が始まる。
「残念ながら、ご令息は魔力を溜める
「魔力臓を治す方法はないのですか?」
「今のところ、発見されていません。この病にかかるものは稀で、かかると魔力臓を壊されて命を失ってしまうのがほとんどです。ご令息もこのままでは何歳まで生きられるかも分かりません」
残酷な現実を突きつけられても、リベリオは妙に落ち着いていた。自分が治らないことはもう覚悟していたし、魔力臓が壊れているのならば仕方がない。
魔法を使えるものの体には、魔力を生み出す
魔力核から生み出された魔力は魔力臓に溜められて、そこから魔力を引き出して魔法を使うのだ。
魔力核の供給と魔力臓の容量が合っている場合には、魔力臓は常に満たされた状態で、魔力を使ってもすぐに魔力核から魔力が補給される。
ジャンルカもエドアルドも高位貴族なので強い魔力を持っていて、容量の大きな魔力臓と魔力を大量に供給する魔力核を持っている。そのためにジャンルカはある程度までならリベリオに魔力を分け与えても平気なのだ。
レーナは下位貴族なのでそこまでの魔力核と魔力臓を持っていない。
リベリオの父もそうだった。
そのため、レーナもリベリオの父もリベリオに魔力を分け与えることはできなかった。
「エドアルド、秋になって学園に通うようになったら、エドアルドも魔力の操作を習うようになるが、それを待ってはいられない。お前も複雑な気持ちはあるだろうが、この小さな命を助けるために力を貸してくれないか? お願いだ」
「はい、お父様」
ジャンルカは自分がリベリオに魔力を分け与えるだけでなく、エドアルドにまでそれをさせようとしている。リベリオのことを認めるのは不本意だが、父親にお願いされては仕方がないとエドアルドも思ったのか、従順に返事をしている。
「お、お義父様、エドアルドお義兄様にまでご迷惑をかけられません」
「リベリオ、わたしはこれから忙しくなって常にリベリオに魔力を分け与えることができなくなるかもしれない。薬でも魔力を補うことはできるが、魔力を直接注ぐことが一番の治療になる。そうだろう、先生?」
医者に確認を取ると、医者も重々しく頷く。
「薬でも魔力は多少補えますが、すぐに漏れ出して零れて行ってしまいます。相性のいい魔力を持っている方が、魔力を分け与えると一定時間は定着して、ご令息もその間は普通の子どものように過ごせると思います」
「普通の子どものように……」
「ベッドに寝込んでばかりではなく、庭を歩いたり、本当に相性のよい魔力を分け与えられれば、十二歳になったときに学園にも通えるかもしれません。魔力を使う授業は受けられませんが」
学園にも通える。
その言葉はリベリオの将来を明るく照らし出すようだった。
この国の貴族は十二歳から十八歳までの六年間、王都にある学園に通う。
王都にタウンハウスを持っていない貴族は子息令嬢を寮に入れて学園に通わせる。タウンハウスを持っている貴族はそこから子息令嬢を学園に通わせる。
こんな病を持っていたら学園に通うことは無理だろうと思っていたし、ブレロ子爵家の財政状況からいってもリベリオを学園に通わせる余裕はないと諦めていた。それなのに学園に通える可能性があるとなってくるとリベリオは生きているだけでもありがたいのに、それ以上を望んでしまう。
「わたしが学園に行っていいのでしょうか」
「リベたん……」
またエドアルドが妙なことを言っている。リベリオの名前を噛んでしまったのだろうか。それとも嫌がらせでリベリオの名前はちゃんと呼ばないと決めているのだろうか。
「ぼくの薬草菜園……薬草……魔力……全部」
「いいのです、エドアルドお義兄様。無理をされないでください」
全部リベリオには渡せないという宣言なのだろうが、リベリオはそれを遮った。
十二歳のエドアルドから魔力を分け与えてもらえるなんて思っていないし、エドアルドの薬草菜園の薬草の力も借りられるだなんて思い上がったことは考えていない。この家に置いてくれているだけでもありがたい。
不満そうにしているがエドアルドはリベリオやアウローラに直接嫌がらせをしてくることはなかったし、追い出そうともしてこなかった。そのせいか、アマティ公爵家の使用人たちもみんなリベリオやアウローラを受け入れてくれていて、レーナに至っては「奥様」と呼ばれてアマティ公爵家の女主人として認められている。
ほとんどベッドから起き上がれない日々が続いているが、リベリオは前よりも起きていられる時間は増えたし、リベリオがベッドで本を読むのが好きだと知ってジャンルカが様々な本を用意して、起きているときには家庭教師も部屋を訪ねてきてくれるので、勉強も捗り、リベリオは快適にすごしているくらいだ。
遊んでほしいと部屋を訪ねて来るアウローラには絵本を読んでやるくらいしかできないのだが、きれいな挿絵の入った絵本はブレロ子爵家にいたころも、レーナの実家に帰っていたころも手に入れられなかったので、アウローラは何冊もある絵本を非常に喜び、何度もリベリオに読んでほしいと持ってくる。
リベリオの方も、元気いっぱいに妹と遊んでやれない悔しさはあったが、絵本の存在に救われていた。
「無理など……」
「わ、わたしは、平気です」
強がってしまったが、魔力が足りなくてくらくらと眩暈がしてくるリベリオに、エドアルドがリベリオの手を握った。
身長が既に大人の女性を超すので、エドアルドの手は九歳にしては小柄なリベリオの手よりもずっと大きくて温かい。
手を握られていると、温かな魔力が注ぎ込まれてくる感覚に、リベリオは驚いた。
「エドアルドお義兄様、魔力を分け与えられるのですか?」
「練習、した」
ジャンルカから命じられる前からエドアルドは魔力を操作できるように練習したと言っている。
氷のように冷たい表情だが、エドアルドの手は温かい。
「エドアルドお義兄様、ありがとうございます」
感激して涙が出そうになるリベリオに、エドアルドは僅かに口角を上げた気がした。その姿が儚く見えて、リベリオはエドアルドはもしかして自分を憎んでなどいないのではないかと思い始めていた。