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第38話:こう言っておくしかない感じですわ……!

「アッハッハ! これは実に、斬り甲斐がありそうでござるなぁ!」


 あなたはそればっかりですわねジュウベエ隊長!?


「嫉妬に狂う継母

 愚鈍な鏡

 気まぐれな猟師

 夢にいざなう小人

 しかばねを愛でる王子

 哀れな白雪が世界を染める

 ――【白雪ノ涙シュネーヴィッツェン】」


「「「――!!」」」


 その時でした。

 レベッカさんが魔力を込めた矢を、上空に放ちました。

 その矢は空中で無数に分裂し、世界を白く染める雪の如く九尾の狐に降り注いだのです。


「ぎゃああああああああああ」


 これぞレベッカさんお得意の広範囲攻撃、【白雪ノ涙シュネーヴィッツェン】!

 図体がデカいからこそ、よく当たりますわ!


「レベッカさん、ナイスですわ!」

「は、はい! ヴィクトリア隊長!」


 ちょっと褒めただけで興奮したのか、レベッカさんは軽く鼻血が出ております。

 今は戦闘中ですから、もっと集中してくださいまし!


「ぐうううううう、小癪な真似をするでありんすなぁ……! ――だが、これならどうでありんす?」

「「「――!?」」」


 九尾の狐の身体から、モクモクと煙幕が出てきて辺りを白く包みました。

 なっ!?

 まさか、逃げる気ですか!?


「「「――!!」」」


 ですが、それはどうやら杞憂でした。

 煙が晴れるとそこには――佇んでいたのですわ――。

 これは――!?

 見ればどの個体にも、左頬に肉霊にくれいの証がついております。

 くっ、まさか自分の肉霊にくれいも創り出せるとは……!

 しかも九体も……!

 例によって本体を倒せば肉霊にくれいも消えるのでしょうが、今回は本体にも肉霊にくれいの証を付与しているらしく、どれが本体かは判別できませんわ……。


「さあ、その美味そうな肉を喰わせてくりゃれ!」

「くっ!?」

「ニャッポリート」


 一番手前にいた九尾の狐が、その鋭い爪でわたくしに斬り掛かってきました。

 わたくしは間一髪、左に身を躱します。

 ――が。


「隙ありでありんす」

「なっ!?」

「ニャッポリート」


 そこにはもう一体の九尾の狐が待ち構えており、わたくしに爪を振り下ろしてきました――。

 わたくしは咄嗟に魔力障壁を展開させますが、当然の如く爪はそれを貫通します――。


「ヴィクトリア隊長ッ!」

「ヴィクトリア隊長ォッ!!」

「心配はご無用ですわッ!」


 わたくしはすんでのところで【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】で爪をいなし、後方に退避しました。

 フウ、危ない危ないですわ。


「うふふ、惜しかったでありんすなぁ」


「――訃舷ふげん一刀流いっとうりゅう奥義――【雁渡かりわたし】」


「「「――!!」」」


 その時でした。

 ジュウベエ隊長の【雁渡かりわたし】が、わたくしを攻撃した九尾の狐の首を、瞬く間に刎ねたのでした。

 本当にこの方は、頼りになりますわ!

 どうやらこの個体は肉霊にくれいだったらしく、霧のように消えていきました。


「おやおやおやおや、これはこれは、実にお見事でありんす。――だが、無駄でありんすよ」

「「「――!!」」」


 またしても九尾の狐の身体から煙幕が出てきました。

 まさか――!?

 ――煙が晴れると当然の如くそこには、九体の九尾の狐が佇んでおりました。

 くっ、いくら倒しても無限に肉霊にくれいを創り出せるなら、本体を倒さない限りわたくしたちに勝ち目はございませんわ!

 どれが……!?

 いったいどれが本体なのですか……!?


「――ええい、もうドチャクソメンドクセェですわああああ!!!」


 わたくしは【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えながら、魔力を込めます。


「月夜に流れる悪魔の調べ

 十六の奏者が天使を嗤う

 太陽は月の夢を見て

 月は太陽を夢に見る

 ――絶技【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】」


「「「――!!」」」


 こうなったら【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】で、一網打尽にすればいいだけですわ!

 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】から放たれた十六の漆黒の斬撃は、九尾の狐たちをズタズタに斬り裂きました。

 よし、これで我々の勝ちですわ!


「おやおやおやおや、危ない危ない。実に惜しかったでありんすなぁ」

「「「――!?」」」


 が、一体だけ倒し損ねておりました。

 しかも運悪くそれが本体だったようで、その本体からまた煙幕が出てきました。

 そして煙が晴れると例によって、九体の九尾の狐が佇んでいたのですわ……。

 クソッ、いよいよわたくしの魔力もあと僅か。

 【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】も、撃てて一回といったところでしょう……。

 さて、どうしたものか――。


「ヴィクトリア隊長、もう一度だけ、【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】を撃ってはいただけないでしょうか?」

「――!」


 その時でした。

 ラース先生がメガネをクイと上げながら、そう仰いました。

 ラース先生のこのお顔、何かを閃いたようですわね――。

 フフ、そういうことでしたら、わたくしはラース先生に全てを懸けるだけですわ!

 わたくしは【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えながら、魔力を込めます。


「月夜に流れる悪魔の調べ

 十六の奏者が天使を嗤う

 太陽は月の夢を見て

 月は太陽を夢に見る

 ――絶技【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】」


 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】から放たれた十六の漆黒の斬撃は、またしても九尾の狐たちをズタズタに斬り裂きました。

 ――が。


「おやおやおやおや、またハズレでありんす。ぬしは本当に、運が悪いでありんすなぁ」

「――くっ!」


 さっきとは違う方向に【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】を撃ったにもかかわらず、またしても本体だけが生き残ってしまいました。

 二回連続で9分の1を引いてしまうとは、確かにわたくしドチャクソ運が悪いですわあああああああ!!


「今だボニャルくん、【全てを見通す目ウジャトアイ】を!」

「は、はいにゃ!」


 ラース先生!?


「その目は過去を暴き

 その目は今を見つめ

 その目は未来を記す

 ――探知魔法【全てを見通す目ウジャトアイ】」


 【全てを見通す目ウジャトアイ】は、半径1キロ以内にいる生物の位置を特定する探知魔法。

 何故ラース先生はここで、ボニャルくんに【全てを見通す目ウジャトアイ】を……!?


「あっ、ラースさん! あの地中に、巨大な生体反応があるにゃ!」


 ボニャルくんは、九尾の狐の手前くらいの地面を指差しました。

 ま、まさか――!?


「ありがとう、後は任せてくれ」


 ラース先生がボニャルくんが指差した位置に向かって、【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】の構えを取ります。


「なっ!? ま、待つでありんす!! そ、それだけは、勘弁してくりゃれッ!!」


 この慌てよう。

 どうやらビンゴのようですわね。


「鶫が語る愛と嘘

 嵐の夜に虚構が生まれる

 男と女が詩を重ね

 紡ぐ悲劇は 過去すら欺く

 ――【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」


 ドパーンという轟音を上げながら、ラース先生の槍の先から極大の【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】が発射されました。

 ――すると地中から、が飛び出してきたのですわ。

 なるほど、本体は地中に隠れていたのですわね。

 地上にいたのは、全て肉霊にくれいだったというわけですか。

 あの煙幕は本体がどれかを隠すためのものではなく、本体が地中に隠れる隙を作るためのものだったのですわ。

 やれやれ、狐の魔獣だけあって、最後までズル賢い奴でしたわね。


「……な、なんで……、本体わっちは地中にいると……わかったでありんすか?」


 九尾の狐の肉霊にくれいは霧のように消え、本体はズシャリとその場に崩れ落ちました。

 これで今度こそ、我々の勝ちですわね――。


「最初に違和感を覚えたのは、九体全てに肉霊にくれいの証がついていたことだ。肉霊の証あれはお前にとっての『枷』のようなものだったのだろう? だったら本体にも肉霊にくれいの証がついているのはおかしいと思ったんだ」

「……ふふ、なるほど……」


 そういうことですか。

 流石に無条件で無限に肉霊にくれいを創り出せるのは、いくら伝説の魔獣といえども世界の法則を超えていますわ。

 だからこそ、肉霊にくれいには必ず証をつけ、肉霊にくれいではないものには証はつけないという『枷』を設けることで、条件をクリアしていたのでしょう。

 ……それを踏まえても、とんだチート能力であることに違いはございませんが。


「確信に至ったのは、ヴィクトリア隊長の【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】で、二回連続本体だけが生き残った時だ。九体もいる中で、二回連続本体だけが生き残る確率は約1.2%しかない。これは流石に本体は別の場所にいるに違いないと思ったよ」


 流石ラース先生ですわ!

 略してさすラーですわッ!


「……ふふ、どうやら真に警戒すべきは……、ヴィクトリアさんではなく、ぬしだったようで……ありんす、なぁ」

「いや、僕なんかが気付かなくても、ヴィクトリア隊長なら早晩気付かれていたさ。ですよね、ヴィクトリア隊長?」

「え!?」


 ラース先生から、いつもの雛鳥アイで見つめられます。

 はうっ!?


「え、ええ、まあ」


 ここは一応師匠として、こう言っておくしかない感じですわ……!


「流石ヴィクトリア隊長です! 略してさすヴィクですッ!」


 レベッカさん!?

 いやいやいや、ここでさすヴィクはおかしくないですか???

 ここはさすラーの流れでしょうに!

 ……どうやらレベッカさんは、意地でもラース先生のことは褒めたくないようですわね。

 レベッカさんが何故こんなにラース先生のことを目の敵にしているのか、未だにわかりませんわぁ~~~~。


「……くく、誠に残念でありんす……。ヴィクトリアさんの肉……、喰ってみたかったで……ありんす……なぁ……」


 九尾の狐はニヤリと不敵に笑うと、それきりピクリとも動かなくなりました。

 ……最後の最後まで、己の欲望だけに忠実な獣でしたわね。

 ある意味獣らしいとも言えますが。

 ――さて、と。


「これにて一件落着ですわ」

「ニャッポリート」


 わたくしは剣を鞘に収めました。

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