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第37話:変容したのですわ――!

「おや? おやおやおやおや、わっちを殺す? それは不可能というものでありんす。何故なら自らの肉霊にくれいと出会った者は、必ず死ぬからでありんす」

「「「――!」」」


 九尾の狐の右腕が肥大化し、爪が鋭く伸びました。

 そしてその爪で地面に、『ヴィクトリア・ザイフリート』と『ジュウベエ・ヤギリ』という名前を書いたのですわ。

 ま、まさか――!!

 書かれた名前が見る見るうちに人の形になり、それはわたくしとジュウベエ隊長の姿になりました――。

 異なるのは、左頬にある肉霊にくれいの証だけ……。

 ……くっ!


「ぬしら二人は、この中でも特に強いでありんすからなぁ。わっちの肉霊にくれいは、本体の能力を完全にコピーする究極の存在でありんす。これでもまだ、わっちを殺せるとのたまうでありんすか?」


 確かにこの肉霊にくれいがわたくしとジュウベエ隊長とまったく同じ強さを持っているのだとしたら、これほど厄介なことはございませんわね……。


「そんなッ! 私にはヴィクトリア隊長と戦うことなんて、絶対できません……!」


 レベッカさん!?


「ぼ、僕もです……! いくら偽物とはいえ、ヴィクトリア隊長をこの手にかけるなんて……!」


 ラース先生まで??

 いや、そんなことを言っている場合ではないですわよ!?


「アッハッハ! 結構結構! まさか自分自身と戦えるとは、この上ない鍛錬になりそうでござる!」


 と思ったら、ジュウベエ隊長こっちは俄然テンションが上がっておりますわ!

 こういう時は、狂戦士バーサーカーは頼りになりますわ!


「おやおやおやおや、元気なお人たちでありんすなぁ。わっちも王都の人間を喰うのは初めてでありんす。これでぬしらの肉が美味かった暁には、ツテも出来たし、次は王都で暮らすのも悪くないでありんすなぁ」


 ツテ、ですって……!?


「――訃舷ふげん一刀流いっとうりゅう奥義――【雁渡かりわたし】」

「――訃舷ふげん一刀流いっとうりゅう奥義――【雁渡かりわたし】」


「「「――!!!」」」


 その時でした。

 ジュウベエ隊長とジュウベエ隊長の肉霊にくれいが、同時に【雁渡かりわたし】で刃がぶつかり合いました。

 【雁渡かりわたし】はトウエイで一番有名な剣術流派である訃舷ふげん一刀流いっとうりゅうの奥義の一つで、魔力により加速させた目にも止まらぬ神速の抜刀術で相手を斬り伏せる技ですわ。

 そのあまりの速さは、わたくしの目でも追うのはギリッギリなレベルですわ。

 【雁渡かりわたし】の威力は凄まじく、刃がぶつかり合った際の衝撃だけで、周りにいた村人の方々の肉霊にくれいは一人残らず木端微塵に弾け飛んでしまいました……。

 これはなかなかの、スプラッターな光景ですわぁ……。


「アッハッハ! マジで拙者と同等の力を持っているではござらんか! これは斬り甲斐があるでござるッ!」


 狂戦士バーサーカーが実に楽しそうですわ!

 うん、ジュウベエ隊長の肉霊にくれいの相手は、ジュウベエ隊長にお任せするといたしましょう。


「月夜に流れる悪魔の調べ

 十六の奏者が天使を嗤う」


「「「――!!!」」」


 その時でした。

 わたくしの肉霊にくれいが【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えながら、詠唱を始めました。

 これは――!!


「みなさん、離れてくださいませッ!」

「は、はい!」

「はいぃぃ!!」

「はいだにゃあああ!!」

「ニャッポリート」


 わたくしも【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えながら、魔力を込めます。


「月夜に流れる悪魔の調べ

 十六の奏者が天使を嗤う」


 まさかこれを誰かと撃ち合う日がくるとは――。


「太陽は月の夢を見て

 月は太陽を夢に見る」

「太陽は月の夢を見て

 月は太陽を夢に見る」

「――絶技【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】」

「――絶技【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】」


「「「――!?!?」」」


 お互いの【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】から放たれた十六の漆黒の斬撃がぶつかり合い、尋常ではない衝撃波が発生しました。


「くぅ!?」

「うわぁ!?」

「にゃああああ!?」

「ニャッポリート」


 その衝撃で、神社を含めた辺り一帯の家屋は、大型台風に見舞われたみたいに全壊してしまいました。

 嗚呼、また環境を破壊してしまいましたわ……。

 どうかタマモ村のみなさん、お許しくださいませ……。


「おや? おやおやおやおや、これはこれは、思った以上にとんでもないお人たちでありんすなぁ。こんなに無敵の肉霊にくれいを手に入れられて、わっちは実に運が良いでありんす」


 九尾の狐はころころと笑います。

 確かに、これは非常にマズい状況ですわ。

 このままわたくしたちが倒されることがあったら、このジュウベエ隊長とわたくしの肉霊にくれいが、九尾の狐の意のままに世界中で暴れ回るということ……!

 それは最早、意志を持った天災と言っても過言ではありませんわ……!

 何としてでも、九尾の狐はここで倒さねば……!


「さて、ついでにそっちの連中の肉霊にくれいも作っておくでありんす」

「「「――!!」」」


 九尾の狐は地面にラース先生とレベッカさんとボニャルくんの名前も書き、三人の肉霊にくれいを創り出しました。

 嗚呼、そんな――!!


「くっ。――【夜明モルゲンデメルング】」


 ラース先生が詠唱すると、【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】が輝き出しました。

 ウム、【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】の魔力を発動させるのはラース先生のお身体の負担が大きいので心配ではありますが、背に腹は代えられませんわね……。


「――【夜明モルゲンデメルング】」


 当然のようにラース先生の肉霊にくれいも、魔力を発動させてきます。

 嗚呼、こんな時に何ですが、ラース先生の肉霊にくれいも、知的なお顔が素敵ですわ……。

 ――ハッ!?

 いけないいけない!

 わたくしとしたことが!

 今は戦闘に集中ですわ!


「う、うおおおおお!!」

「あああああああ!!」

「にゃあああああ!!」

「ニャッポリート」


 こうしてわたくしたちは各々の肉霊にくれいとの、一対一のぶつかり合いへと発展したのです――。




「アッハッハ! 楽しいでござるなぁ!」


 あれからどれほどの時間が経ったでしょうか――。

 一瞬のようにも、数時間経っているようにも感じます……。

 実際は数分なのかもしれませんが、常に全神経を集中して動き続けているので、時間の感覚がないですわ。

 ――わたくしたちは依然、自らの肉霊にくれいと一進一退の攻防を繰り広げておりました。

 できればわたくしが他の方々の肉霊にくれいを相手にできれば、その肉霊にくれいを倒して数的有利を取れるのでしょうが、如何せんわたくしの肉霊にくれいには一分の隙もないので、その余裕はないのですわ……。


「月夜に流れる悪魔の調べ

 十六の奏者が天使を嗤う」


 ――!?

 またですわ――!!


「月夜に流れる悪魔の調べ

 十六の奏者が天使を嗤う」


 もうこれで、何度目の【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】でしょうか……。


「太陽は月の夢を見て

 月は太陽を夢に見る」

「太陽は月の夢を見て

 月は太陽を夢に見る」

「――絶技【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】」

「――絶技【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】」


 またしても【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】がぶつかり合った衝撃で、辺りの風景は見晴らしがよくなってしまいましたわ……。

 最早タマモ村の面影は、ほとんど残ってはおりません。

 流石のわたくしも、そろそろ魔力が残り僅かですわ。


「おやおやおやおや、これはこれは、そろそろ幕引きのようでありんすなぁ」


 九尾の狐がころころと笑います。

 不幸中の幸いなのが、九尾の狐本体は戦闘に参加していないことですわ。

 おそらくわたくしたちの肉霊にくれいを操作することに集中しているせいで、自らが動くほどの余裕はないのでしょう。

 そういう意味では、ある意味チャンスでもありますわ。

 九尾の狐本体さえ倒せれば、この肉霊にくれいたちも消えるのでしょうから。

 ……問題はどうやって肉霊にくれいの猛攻をかいくぐって、九尾の狐本体に攻撃するのかということですが。


「アッハッハ! 大丈夫でござるよ【武神令嬢ヴァルキュリア】。――これにてお終いでござる」

「――!」


 ジュウベエ隊長……!?


「ニンニン、その通りです、ニンニン」

「「「――!!?」」」

「なぁっ!?」


 その時でした。

 いつの間にか九尾の狐の背後に立っていたコタ副隊長が、クナイという忍が使うナイフのようなもので、九尾の狐の頸動脈を掻き切ったのです――。

 ふおおおおおおお!?!?

 そういえばコタ副隊長のことを、存在自体すっかり忘れておりましたわ!

 ……流石気配を消すことのプロフェッショナル。

 誰にも気付かれずに、ずっと陰に潜んでこの機会を窺っていたのですわね!


「ぐ、貴様……! ぐああああああああああ!!!」

「「「――!!」」」


 九尾の狐の断末魔の叫びと共に、わたくしたちの肉霊にくれいは霧のように消えていきました。

 フゥ、これで我々の勝ちですわね。


「……ま、まだでありんす……! 本番は、ここからでありんすううううううう……!!」

「「「――!?」」」


 その時でした。

 九尾の狐の全身が白い毛で覆われたかと思うと、見る見るうちに身体が巨大化していき、神社ほどの大きさのある、四足歩行の白い九尾の狐の姿に変容したのですわ――!

 こ、これが、九尾の狐の真の姿……!?

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