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第35話:また密室ですわ!

「キャハハ、まだ引き返せるよ」

「キャハハ、まだ引き返せるよ」

「ここが最後だよ」

「ここが最後だよ」

「「「――!」」」


 タイゾウさんに案内されて板張りの廊下を進むと、オマツさんの妹である、モモちゃんとサクラちゃんがまた立っていました。


「コラ! モモ、サクラ、お客様に挨拶せんか」

「キャハハハハ」

「キャハハハハ」


 二人はまた不気味な笑い声を上げながら、トテトテと逃げて行ってしまいましたわ。


「申し訳ございません。あの通り悪戯好きな年頃でして、私もほとほと困っているのですが」

「い、いえ、どうかお気になさらず」


 本当にあの二人は、ただの悪戯でああ言っているだけなのでしょうか?

 段々わたくしの中で、あの二人は本気で忠告しているような気がしてきたのですが……。




「さあさあ、どうぞお座りください」

「失礼いたしますわ」

「ニャッポリート」


 広い客間に通されたわたくしたちは、半日ぶりに腰を落ち着けました。

 朝からずっと歩き通しでしたから、流石にわたくしも少しだけ疲れましたわね。


「粗茶ですが」

「ああ、ありがとう存じますわ」


 オツルさんが出してくださったお茶を、わたくしはじっと見つめます。

 これは、緑茶というやつですわね!

 これもトウエイならではですわ。

 もちろんわたくしも、緑茶を飲むのは初めてですわ。

 いったいどんな味がするのでしょうか?

 わたくしは緑茶をがぶ飲みしました。

 すると――。


「あっつッ!?」


 例によって、ドチャクソ熱かったですわぁ!?

 何故わたくしは、学習しないのですかぁ~~~~???

 自分で自分が怖いですわぁ~~~~。


「おやおやおやおや、ヴィクトリアさんは、面白いお人でありんすなぁ」


 オマツさんがころころと笑います。

 べ、別にわたくしだって、笑わそうとしてやっているわけではないのですわよ?


「んん? 何だぁ!? また随分余所者が増えたなぁ?」

「「「――!」」」


 その時でした。

 30歳前後の、瘦せこけた男性が客間に現れました。

 男性の左頬にも、当然の如く魔除けが描かれています。

 男性の顔は、オマツさんそっくりでした。

 おそらくこの方は――。


「コラ! シゲ! こちらは王立騎士団の方々だぞ! 何だその無礼な態度は!」

「チッ、ウゼェな。俺には関係ねーよ」


 男性は不貞腐れながら、どこかへ行ってしまいました。


「これは大変な失礼を……! あれは長男のシゲというのですが、30を過ぎても仕事もせずダラダラしてばかりで、私としても悩みの種なのです……」

「……」


 やはりオマツさんのお兄様でしたか。

 先ほどオマツさんが、お兄様について思うところがあるような空気を出していましたが、こういうことだったのですわね。

 ……益々小説みたいな展開になってきましたわ。


「さてと、わっちはそろそろ【狐祓きつねばらいの】の準備にかかるでありんす。みなさんはどうぞごゆっくり」

「あ、はい」


 オマツさんは客間から出て行かれました。


「みなさんもどうか、【狐祓きつねばらいの】に参加なさってください。それでもしも九尾の狐が現れたら、ビシッと退治していただけますと助かります。ハハハハハ」

「あ、それはもちろん」


 タイゾウさん、それはフラグですわよ?

 ――これはいよいよ、九尾の狐が現れる前提で、心の準備をしておいたほうがいいかもしれませんわね。




「さあさあみなさん、こちらが【狐祓きつねばらいの】の会場です」

「ニャッポリート」


 あれから約1時間。

 すっかり日が落ちて夜の闇に支配されたタマモ村。

 わたくしたちはタイゾウさんに案内されて、村の中心である神社へとやって参りましたわ。

 神社の前には大勢の村人のみなさんが集まっており、お祭りのようです。

 みなさんの左頬には、一様に魔除けが描かれています。

 松明で照らされた神社は荘厳で神々しく、王都の神殿とはまた違った趣がありますわね。


「ううむ、祭りの場で飲む酒は、格別でござるなぁ」


 ジュウベエ隊長は例によってお酒をラッパ飲みしています。

 お酒の味なんて、どこで飲んでも一緒では?


「九尾の狐の祟りじゃああああああああ。みんな死んでお終いじゃああああああああ」


 トメさんがまた虚ろな目をしながら、神社の周りを徘徊されています。

 基本的に【狐祓きつねばらいの】には村人は全員参加らしいですから、トメさんも連れて来られたのでしょう。


「チッ、メンドクセェな」

「キャハハ、もう遅いね」

「キャハハ、もう遅いね」

「モモちゃん、サクラちゃん、じっとしてなさい」


 当然ながら、シゲさん、モモちゃん、サクラちゃん、オツルさんも参加しています。

 ただ、巫女役のオマツさんだけは、まだ来ていないようでした。


「みなさん、お待たせしたでありんす」


 その時でした。

 上半身は袖の広い白い服、下半身は赤いスカートのようなものを穿いたオマツさんが、わたくしたちの前に現れました。

 これが巫女装束というやつなのでしょうか?

 いつの間にかオマツさんの左頬にも、魔除けが描かれています。

 ふわぁ、とても綺麗ですわぁ。

 花魁の格好とはまた違った、静謐な美しさがありますわぁ。


「オマツ、頼んだぞ」


 タイゾウさんがオマツさんの肩に手を置きます。


「はい、父さん、私の役目を果たしてくるでありんす」


 真剣な目をしたオマツさんは、一人で神社の中に入って行かれました。

 するとタイゾウさんは、神社の扉を閉めてしまいました。

 おや?


「タイゾウさん、わたくしたちは、オマツさんの舞は見れないのですか?」

「ええ、【狐祓きつねばらいの】の舞は、誰にも見られてはならないという決まりがあるのです。舞っているところを九尾の狐に見られたら、効力がなくなると言い伝えられているので」

「そうですか」


 それは残念ですわね。

 オマツさんの舞、見てみたかったですわ。

 きっと思わず見蕩れるほど、美しかったでしょうに。


「「「「よぉーーー!!!」」」」


 その時でした。

 上半身裸の四人の男性が、一斉に大きな太鼓をドコドコ叩き始めました。

 どうやら【狐祓きつねばらいの】が始まったようですわね。


「「「「はっ! ほっ! ほっ! はぁっ!」」」」


 四人の男性は息を合わせながら、軽快にリズムを刻みます。

 おそらくこの太鼓のリズムに合わせて、神社の中でオマツさんは舞っているのでしょうね。


「……」

「ん? ラース先生?」


 ラース先生が神妙な顔をしながら、村の人たちの顔を見回していますわ。


「どうかされましたか、ラース先生?」

「……いえ、何でもありません」


 何でもありそうですわ!

 ただ、こういう時のラース先生は、問い詰めても絶対教えてくださりませんからね。

 ミステリー小説の探偵役とかもそうですが、なんでこういう時、教えてくれないのでしょうか?


「きゃああああああああああああ」

「「「――!!!」」」


 その時でした。

 神社の中から、オマツさんの悲鳴が――!

 くっ!


「オマツさんッ!」

「ニャッポリート」


 わたくしは神社に駆け寄り、その豪奢な扉を開きました。

 するとそこには――。


「――! ……オマツさん」


 巨大な獣の爪のようなもので胸元を斬り裂かれたオマツさんが、仰向けに倒れていたのです――。

 オマツさんの周りは流れ出た血で真っ赤になっており、それはまるで一輪の椿の花のようでした――。

 慌ててオマツさんに駆け寄り脈を測りましたが、わたくしの指がオマツさんの命を感じることはありませんでした……。


「……くっ!」


 神社の中を見回すと、わたくしが入って来た扉以外に出入りできそうな箇所はなく、犯人らしき人物も見当たりません。

 扉に鍵は掛かっていなかったとはいえ、オマツさんがここに入ってからは、ずっとわたくしたちが神社の前にいたので、犯人が神社に入ったなら必ず気付くはずですわ。

 ――つまりこれは。


「……密室ですね」


 メガネをクイと上げながら、ラース先生がそう呟かれました。

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