「キャハハ、まだ引き返せるよ」
「キャハハ、まだ引き返せるよ」
「ここが最後だよ」
「ここが最後だよ」
「「「――!」」」
タイゾウさんに案内されて板張りの廊下を進むと、オマツさんの妹である、モモちゃんとサクラちゃんがまた立っていました。
「コラ! モモ、サクラ、お客様に挨拶せんか」
「キャハハハハ」
「キャハハハハ」
二人はまた不気味な笑い声を上げながら、トテトテと逃げて行ってしまいましたわ。
「申し訳ございません。あの通り悪戯好きな年頃でして、私もほとほと困っているのですが」
「い、いえ、どうかお気になさらず」
本当にあの二人は、ただの悪戯でああ言っているだけなのでしょうか?
段々わたくしの中で、あの二人は本気で忠告しているような気がしてきたのですが……。
「さあさあ、どうぞお座りください」
「失礼いたしますわ」
「ニャッポリート」
広い客間に通されたわたくしたちは、半日ぶりに腰を落ち着けました。
朝からずっと歩き通しでしたから、流石にわたくしも少しだけ疲れましたわね。
「粗茶ですが」
「ああ、ありがとう存じますわ」
オツルさんが出してくださったお茶を、わたくしはじっと見つめます。
これは、緑茶というやつですわね!
これもトウエイならではですわ。
もちろんわたくしも、緑茶を飲むのは初めてですわ。
いったいどんな味がするのでしょうか?
わたくしは緑茶をがぶ飲みしました。
すると――。
「あっつッ!?」
例によって、ドチャクソ熱かったですわぁ!?
何故わたくしは、学習しないのですかぁ~~~~???
自分で自分が怖いですわぁ~~~~。
「おやおやおやおや、ヴィクトリアさんは、面白いお人でありんすなぁ」
オマツさんがころころと笑います。
べ、別にわたくしだって、笑わそうとしてやっているわけではないのですわよ?
「んん? 何だぁ!? また随分余所者が増えたなぁ?」
「「「――!」」」
その時でした。
30歳前後の、瘦せこけた男性が客間に現れました。
男性の左頬にも、当然の如く魔除けが描かれています。
男性の顔は、オマツさんそっくりでした。
おそらくこの方は――。
「コラ! シゲ! こちらは王立騎士団の方々だぞ! 何だその無礼な態度は!」
「チッ、ウゼェな。俺には関係ねーよ」
男性は不貞腐れながら、どこかへ行ってしまいました。
「これは大変な失礼を……! あれは長男のシゲというのですが、30を過ぎても仕事もせずダラダラしてばかりで、私としても悩みの種なのです……」
「……」
やはりオマツさんのお兄様でしたか。
先ほどオマツさんが、お兄様について思うところがあるような空気を出していましたが、こういうことだったのですわね。
……益々小説みたいな展開になってきましたわ。
「さてと、わっちはそろそろ【
「あ、はい」
オマツさんは客間から出て行かれました。
「みなさんもどうか、【
「あ、それはもちろん」
タイゾウさん、それはフラグですわよ?
――これはいよいよ、九尾の狐が現れる前提で、心の準備をしておいたほうがいいかもしれませんわね。
「さあさあみなさん、こちらが【
「ニャッポリート」
あれから約1時間。
すっかり日が落ちて夜の闇に支配されたタマモ村。
わたくしたちはタイゾウさんに案内されて、村の中心である神社へとやって参りましたわ。
神社の前には大勢の村人のみなさんが集まっており、お祭りのようです。
みなさんの左頬には、一様に魔除けが描かれています。
松明で照らされた神社は荘厳で神々しく、王都の神殿とはまた違った趣がありますわね。
「ううむ、祭りの場で飲む酒は、格別でござるなぁ」
ジュウベエ隊長は例によってお酒をラッパ飲みしています。
お酒の味なんて、どこで飲んでも一緒では?
「九尾の狐の祟りじゃああああああああ。みんな死んでお終いじゃああああああああ」
トメさんがまた虚ろな目をしながら、神社の周りを徘徊されています。
基本的に【
「チッ、メンドクセェな」
「キャハハ、もう遅いね」
「キャハハ、もう遅いね」
「モモちゃん、サクラちゃん、じっとしてなさい」
当然ながら、シゲさん、モモちゃん、サクラちゃん、オツルさんも参加しています。
ただ、巫女役のオマツさんだけは、まだ来ていないようでした。
「みなさん、お待たせしたでありんす」
その時でした。
上半身は袖の広い白い服、下半身は赤いスカートのようなものを穿いたオマツさんが、わたくしたちの前に現れました。
これが巫女装束というやつなのでしょうか?
いつの間にかオマツさんの左頬にも、魔除けが描かれています。
ふわぁ、とても綺麗ですわぁ。
花魁の格好とはまた違った、静謐な美しさがありますわぁ。
「オマツ、頼んだぞ」
タイゾウさんがオマツさんの肩に手を置きます。
「はい、父さん、私の役目を果たしてくるでありんす」
真剣な目をしたオマツさんは、一人で神社の中に入って行かれました。
するとタイゾウさんは、神社の扉を閉めてしまいました。
おや?
「タイゾウさん、わたくしたちは、オマツさんの舞は見れないのですか?」
「ええ、【
「そうですか」
それは残念ですわね。
オマツさんの舞、見てみたかったですわ。
きっと思わず見蕩れるほど、美しかったでしょうに。
「「「「よぉーーー!!!」」」」
その時でした。
上半身裸の四人の男性が、一斉に大きな太鼓をドコドコ叩き始めました。
どうやら【
「「「「はっ! ほっ! ほっ! はぁっ!」」」」
四人の男性は息を合わせながら、軽快にリズムを刻みます。
おそらくこの太鼓のリズムに合わせて、神社の中でオマツさんは舞っているのでしょうね。
「……」
「ん? ラース先生?」
ラース先生が神妙な顔をしながら、村の人たちの顔を見回していますわ。
「どうかされましたか、ラース先生?」
「……いえ、何でもありません」
何でもありそうですわ!
ただ、こういう時のラース先生は、問い詰めても絶対教えてくださりませんからね。
ミステリー小説の探偵役とかもそうですが、なんでこういう時、教えてくれないのでしょうか?
「きゃああああああああああああ」
「「「――!!!」」」
その時でした。
神社の中から、オマツさんの悲鳴が――!
くっ!
「オマツさんッ!」
「ニャッポリート」
わたくしは神社に駆け寄り、その豪奢な扉を開きました。
するとそこには――。
「――! ……オマツさん」
巨大な獣の爪のようなもので胸元を斬り裂かれたオマツさんが、仰向けに倒れていたのです――。
オマツさんの周りは流れ出た血で真っ赤になっており、それはまるで一輪の椿の花のようでした――。
慌ててオマツさんに駆け寄り脈を測りましたが、わたくしの指がオマツさんの命を感じることはありませんでした……。
「……くっ!」
神社の中を見回すと、わたくしが入って来た扉以外に出入りできそうな箇所はなく、犯人らしき人物も見当たりません。
扉に鍵は掛かっていなかったとはいえ、オマツさんがここに入ってからは、ずっとわたくしたちが神社の前にいたので、犯人が神社に入ったなら必ず気付くはずですわ。
――つまりこれは。
「……密室ですね」
メガネをクイと上げながら、ラース先生がそう呟かれました。