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第34話:どんどん大きくなっていきますわ……。

「あれ!? もしかしてあなた方も、王都から来られた感じですか!?」

「「「――!」」」


 オマツさんの実家に向かう途中で、30歳前後の金髪の男性に声を掛けられましたわ。

 このトウエイ人っぽくない金髪といい、「あなた方も」という言い回しといい、この方も王都から来られた旅行客でしょうか?

 ただ、旅行客が来るにしては、正直このタマモ村は観光向きではないと思うのですが……。

 都心からは大分離れておりますし。


「ええ、そうですが」

「いやあ、奇遇ですねえ。あっ、僕はフリーライターのフリッツっていいます。この村には、九尾の狐の調査のために、数日前から泊まってるんです」


 ああ、そういうことですか。

 合点がいきましたわ。

 ただ、フリーライターですか……。

 以前の、飛空艇密室殺人事件の犯人の一人だったエラさんもフリーライターでしたし、フリーライターと聞くと、エラさんを思い出して胸が痛くなりますわね……。

 あれは実に、嫌な事件でしたから……。


「……」


 思わずレベッカさんの顔を窺うと、案の定エラさんと意気投合していたレベッカさんもエラさんを思い出したのか、眉間に皺を寄せながら俯かれています。

 レベッカさん……。


「確かに奇遇ですわね。わたくしたちは王立騎士団の人間なのですが、九尾の狐の討伐が目的でこの村に来たのですわ」

「何と!? 王立騎士団の方々でしたか! いやあ、これは心強い! これなら九尾の狐が出ても、僕のことはみなさんが守ってくださいますね!」

「……」


 ううむ、この方、正直緊張感に欠けてる気がしますわね。


「フリッツさんと仰いましたわね? 失礼ですが、相手は遭遇したら必ず死んでしまうと言われている伝説の魔獣ですわ。武の心得がない方は、危険ですので近付かないほうが身のためだと思われますが」

「まあまあ! そう仰らずに! 僕は後ろのほうで、こそっと見守ってますから!」


 そういうことではないのですが……。


「ああああああ、祟りじゃああああああああ」

「「「――!」」」


 その時でした。

 一人の腰の曲がった年老いたおばあさんが、わなわなと震えながらわたくしたちの前に現れました。

 おばあさんの左頬にも、例の魔除けが描かれています。

 この方は――!?


「九尾の狐の祟りじゃああああああああ。みんな死んでお終いじゃああああああああ」

「「「――!!」」」


 九尾の狐の……祟り!?


「おやおやおやおや、トメさん、もう遅いでありんすよ。お家に帰るでありんす」

「ああああああ、みんな死ぬぞおおおおおおおおお」


 おばあさんは虚ろな目をしながら、フラフラとどこかへ行ってしまいました。


「……あの人はトメさんという、この村では最年長のおばあさんでありんす。ご覧の通り大分ボケが進んでまして、ああやって九尾の狐の祟りだと喚きながら、毎日村中を徘徊してるんでありんす」

「……なるほど」


 もしかしたらトメさんは、実際に九尾の狐を見たことがあるのかもしれませんわね。

 だからこそ、ああして今も九尾の狐の影に怯えているのかも……。

 これはいよいよ、この近辺に九尾の狐が生息している可能性が高まりましたわね!


「さあ、あそこに見える家が、わっちの実家でありんす。狭い家でありんすが、精一杯のもてなしはさせていただくでありんすよ」

「あ、恐縮ですわ」


 オマツさんが指差した家は、この村の中では一際目立つお屋敷でした。

 ホウ、オマツさんの実家は、お金持ちのようですわね。


「あっ、ひょっとしてあなた、村長さんの娘さんですか!?」


 フリッツさんがオマツさんに訊きます。


「ええ、そうでありんす」


 オマツさんはフリッツさんに、ニッコリと微笑みました。

 ああ、オマツさんのお父様は村長さんでしたか。

 どうりで立派なお屋敷にお住まいなはずですわ。

 ……ただ、村長の娘なら、この村にいても生活には困らなかったはず。

 それなのにわざわざエドゥで遊女をしているのは、どんな事情があるのでしょうね……?


「そうなんですか! いやあ、実は僕も数日前から、村長さんのお宅で寝泊まりさせていただいてるんです」

「おやおやおやおや、それはそれは。うちの者が失礼をしてないでありんすか? ……特に兄は、ああいう性格でありんすから」

「あ、あはははは、まあ、何とか」


 お兄様?

 ううむ、何やらオマツさんの家庭環境も、複雑なようですわね。




「おお、帰ったか、オマツ」

「ご無沙汰ですなぁ、父さん」


 オマツさんの実家に入ると、オマツさんのお父様が出迎えてくださいました。

 お父様は恰幅の良い中年男性で、オマツさんにはあまり似ておりません。

 オマツさんはお母様似なのかもしれませんわね。

 お父様の左頬にも、例の魔除けが描かれております。


「こちらは王立騎士団の方々でありんす。九尾の狐の討伐に来てくださったんでありんすよ」

「ど、どうも、王立騎士団第三部隊隊長の、ヴィクトリアと申しますわ」

「第三部隊副隊長、レベッカです!」

「第三部隊所属、ラースです」

「第三部隊救護班、ボニャルだにゃ!」

「ニャッポリート」

「第四部隊隊長の、ジュウベエでござる」

「ニンニン、第四部隊副隊長、コタです、ニンニン」

「おお! これはこれはこんな辺鄙な村にようこそ! 村長を務めております、タイゾウと申します。やるじゃないかオマツ。まさか【狐祓きつねばらいの】当日に、王立騎士団の方々をお連れしてくださるとは。これは今年こそ、九尾の狐に天誅が下るかもしれんな」

「うふふ、そうでありんすなぁ」

「【狐祓きつねばらいの】?」


 とは?


「ああ、【狐祓きつねばらいの】というのは、年に一度この村で開かれる儀式のことでして。村の娘から一人が巫女として選出され、九尾の狐を祓う舞を、村の中心にある神社の中で披露するというものなのですよ。今年の巫女はオマツだったので、こうして帰って来させたというわけです」

「な、なるほど」


 そういうことだったのですか。

 巫女というのは、神官のようなものでしたっけ?

 神社は所謂神殿ですわね。

 土地は違えど、やはり宗教というのはどこにでもあるものなのですわね。


「あら、これはオマツさん、おかえりなさい」

「……オツルさん、ご無沙汰してます」


 その時でした。

 30歳前後の、大層美しい女性が家の奥から出て来られました。

 女性の左頬にも、例によって魔除けが描かれております。

 この方は……?


「おお、オツル、この方々は王立騎士団の御一行だ。九尾の狐を退治するためにわざわざこんな田舎まで来てくださったそうだ」

「まあ、それはお疲れ様でございます。オツルと申します」

「あ、どうも」

「オツル、お客様たちにお茶を用意してくれ」

「はいはい」


 オツルさんはスタスタと奥に消えて行きました。

 オツルさんは、この家の女中さんなのでしょうか?

 その割には、タイゾウさんやオマツさんへの態度が、随分気安いような気がしますが……。


「……まったく、母さんが死んでから半年も経ってないのに、良い御身分でありんすなぁ」

「む……! ま、まあそう言うな。私にもいろいろあるんだ」


 ははぁん?

 そういうことですか。

 オツルさんは、タイゾウさんの再婚相手というわけですわね?

 確かにオマツさんからしたら、母親が亡くなって間もなく、父親が自分と大して年の変わらない女性と再婚したら、心中は複雑でしょうね。

 それこそお母様が亡くなる前から、タイゾウさんとオツルさんは愛人関係だった可能性もありますわ。

 最近わたくしは婚約破棄モノの小説もたくさん読んでるのですが、その手の話はよく出てきますもの。

 タイゾウさん、小説の中だったら、最後は絶対ざまぁされる立ち位置ですわよッ!


「さ、さあ、みなさんどうぞ上がってください。狭い家ですが」

「いえいえ、お邪魔いたしますわ」


 わたくしの中で、胸騒ぎがどんどん大きくなっていきますわ……。

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