「あっ、ヴィクトリア隊長、今日は花魁の格好はしないんですか……」
トウエイ地方への旅行二日目の朝。
宿屋から出て来たわたくしのいつもの格好を見て、レベッカさんがしょぼんとします。
「ええ、今日から本格的に九尾の狐の捜索に入りますから、あの格好では流石に動きづらいですからね」
「そのフリフリのドレスでも似たようなものでは……?」
うっ、それを言われると弱いですわね……。
確かにレベッカさんの言う通りなのですが、昨日あの後も、道行く人たちから何度も花魁と間違われて、とても恥ずかしかったのですわ……。
ですから暫く、花魁の格好は封印ですわ。
「うんうん、花魁の格好も捨てがたいですが、やはりヴィクトリア隊長は、ドレスに金髪縦ロールが一番似合っていますね」
ラース先生がメガネをクイと上げながら、深く頷いています。
ウフフ、ラース先生は生粋の金髪縦ロール萌えですものね。
実はいつもの格好に戻したのは、ラース先生に萌えていただきたかったからというのもあるのですわ。
できればラース先生からは、毎日可愛いと思われたいですから――。
――ア、アラ!?
今のわたくしまるで、恋する乙女みたいじゃなかったですか???
「おや? おやおやおやおや、これはこれはヴィクトリアさん、こんなところで奇遇でありんすなぁ」
「「「――!」」」
その時でした。
一人の素朴な顔立ちをした女性に、声を掛けられました。
えっ? この方、どなたでしょう?
――いや、この声は!
「も、もしかして、昨日の花魁さんですか?」
「うふふ、そうでありんす。まあ、この格好では、わからないのも無理はないでありんすね」
花魁さんはころころと笑います。
うぅむ、確かに昨日とはまるで別人ですわ。
でも、左の目元にあるセクシーな泣きぼくろと豊かなお胸は、昨日見た花魁さんとまったく同じ。
化粧と衣裳で、人というのはあんなにも変わるものなのですわね。
勉強になりますわぁ。
「今日はヴィクトリアさんたちは、どちらに行かれるでありんす?」
「あ、ええと、実はわたくしたちは王立騎士団の人間でして。九尾の狐という伝説の魔獣を探しているのですわ」
「――! 九尾の、狐……」
「え?」
途端、花魁さんの表情が曇りました。
んんんん!?
「も、もしかして九尾の狐について、何かご存知なのですか?」
これは早速の、手掛かりゲットですわ!
「……ええ、実はわっちの故郷の村の付近には、大昔から九尾の狐が出没するという言い伝えがあるんでありんす」
「なっ!?」
そ、それは、ガチの手掛かりではないですか!
「実はこれから久しぶりに、故郷に里帰りするところだったんでありんす。ここからは大分遠いので、片道だけで一日掛かりになってしまうでありんすが、よかったらご一緒に行かれますか?」
「あ、はい! 是非! みなさんもよろしいですわよね?」
「はい! 行きましょう、ヴィクトリア隊長!」
「楽しみだにゃあ!」
「ニャッポリート」
「うむ! もちろんでござる!」
「ニンニン」
「……」
「ん? ラース先生?」
みなさんノリノリな中、ラース先生だけは顎に手を当てながら神妙な顔をされてますわ?
「ああ、いえ、何でもありません。行きましょう、ヴィクトリア隊長」
「そ、そうですか?」
フム、何か気になることでもあったのでしょうか?
「うふふ、では、旅は道連れ世は情けでありんす。ああ、わっちの名前はオマツでありんす。よろしくお願いするでありんす」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ、オマツさん!」
これは、心強い味方ですわ!
「さあ、着いたでありんす」
あれから山道をひたすら歩き続けること半日。
既に日も傾いて空が紅く染まった頃。
やっとわたくしたちはオマツさんの故郷である、タマモ村に到着したのですわ。
タマモ村は
こんな田舎出身のオマツさんが、今や都会のエドゥで花魁になっているのですから、本当に人生というのはわからないものですわ。
「つ、疲れたにゃあ」
あまり体力のないボニャルくんは、舌を出してぜえぜえしています。
「アッハッハ! 情けないでござるなぁ坊主。お主も王立騎士団の男なら、もっと体力をつけるでござる」
「が、頑張るにゃ!」
「ニャッポリート」
ボニャルくんはふんすと鼻息を荒くします。
ウフフ、ボニャルくんはあくまで救護班なのですから、そこまで体力が必要なわけではございませんが、とはいえ、体力があるに越したことはないですからね。
今後はボニャルくんの特訓メニューも、もう一段階レベルを上げてもいいかもしれませんわね。
「おやおやおやおや、若いのに感心でありんすなぁ」
そんなボニャルくんを見て、オマツさんはまたころころと笑います。
「オマツさんは、随分健脚ですわね?」
半日歩き通しだったにもかかわらず、息一つ乱れた様子はございませんし。
「ええ、遊女には、何より体力が必要でありんすからなぁ」
「そ、そうですか」
オマツさんがニヤリと妖艶に微笑みます。
た、確かに、体力が必要なお仕事ですわよね、遊女は、うんうん……!
「……」
「? ラース先生?」
そんなオマツさんを見て、またラース先生が顎に手を当てながら神妙な顔をされています。
「どうされたのですか、ラース先生?」
「……いえ、何でもありません。どうかお気になさらず」
「そ、そうですか」
そう言われると、逆に気になりますわぁ~~~~。
ハッ!? もしかしてラース先生、オマツさんに一目惚れを……!?
くっ、苦しい……!?
胸が苦しいですわ……!?
確か以前、イイタ地方行きの飛空艇の中でも、こんな風に胸が苦しくなったことがありましたわね……。
最近のわたくしは、いったいどうしてしまったというのですかぁ~~~~???
「キャハハ、来ちゃったね」
「キャハハ、来ちゃったね」
「危ないよ」
「危ないよ」
「「「――!」」」
その時でした。
前方に、10歳前後のボブカットの双子の女の子が、不敵な笑みを浮かべながら並んで立っていました。
双子ちゃんの左頬には、狐の顔のようなマークが描かれています。
こ、これは……!
「あの、何が危ないというのでしょうか?」
「キャハハハハ」
「キャハハハハ」
双子ちゃんはわたくしたちに背を向けると、そのまま村のほうにトテトテと逃げて行ってしまいました。
な、何だか不気味な双子ちゃんでしたわね……。
「おやおやおやおや、相変わらず、悪戯好きなんでありんすから」
「……オマツさん、今の双子ちゃんは?」
「ああ、あの子たちはわっちの妹でありんす。モモとサクラというのでありんすが、ああやって村に来た人間にいつも脅すような真似をするので、困ってるんでありんす」
「そ、そうなのですか」
確かに言われてみれば、モモちゃんとサクラちゃんの顔は、オマツさんに似てましたわね。
「あの頬に描かれていた、狐の顔のようなマークは?」
「うふふ、あれは魔除けでありんす」
「魔除け?」
「はい、ああやって狐の顔を頬に描いておくことで、九尾の狐から仲間だと思われて、襲われなくなるという言い伝えがあるんでありんす。ですからこの村の人間は、みんな頬にあの魔除けを描いてるんでありんすよ」
「へえ」
なるほどなるほど。
「さあ、わっちの実家に案内するでありんす。今日はもう遅いでありんすから、わっちの実家に泊まってくりゃれ」
「あ、助かりますわ!」
さっきから何となく胸騒ぎがするのですが、まあ、きっと気のせいですわよね?