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第33話:心強い味方ですわ!

「あっ、ヴィクトリア隊長、今日は花魁の格好はしないんですか……」


 トウエイ地方への旅行二日目の朝。

 宿屋から出て来たわたくしのいつもの格好を見て、レベッカさんがしょぼんとします。


「ええ、今日から本格的に九尾の狐の捜索に入りますから、あの格好では流石に動きづらいですからね」

「そのフリフリのドレスでも似たようなものでは……?」


 うっ、それを言われると弱いですわね……。

 確かにレベッカさんの言う通りなのですが、昨日あの後も、道行く人たちから何度も花魁と間違われて、とても恥ずかしかったのですわ……。

 ですから暫く、花魁の格好は封印ですわ。


「うんうん、花魁の格好も捨てがたいですが、やはりヴィクトリア隊長は、ドレスに金髪縦ロールが一番似合っていますね」


 ラース先生がメガネをクイと上げながら、深く頷いています。

 ウフフ、ラース先生は生粋の金髪縦ロール萌えですものね。

 実はいつもの格好に戻したのは、ラース先生に萌えていただきたかったからというのもあるのですわ。

 できればラース先生からは、毎日可愛いと思われたいですから――。

 ――ア、アラ!?

 今のわたくしまるで、恋する乙女みたいじゃなかったですか???


「おや? おやおやおやおや、これはこれはヴィクトリアさん、こんなところで奇遇でありんすなぁ」

「「「――!」」」


 その時でした。

 一人の素朴な顔立ちをした女性に、声を掛けられました。

 えっ? この方、どなたでしょう?

 ――いや、この声は!


「も、もしかして、昨日の花魁さんですか?」

「うふふ、そうでありんす。まあ、この格好では、わからないのも無理はないでありんすね」


 花魁さんはころころと笑います。

 うぅむ、確かに昨日とはまるで別人ですわ。

 でも、左の目元にあるセクシーな泣きぼくろと豊かなお胸は、昨日見た花魁さんとまったく同じ。

 化粧と衣裳で、人というのはあんなにも変わるものなのですわね。

 勉強になりますわぁ。


「今日はヴィクトリアさんたちは、どちらに行かれるでありんす?」

「あ、ええと、実はわたくしたちは王立騎士団の人間でして。九尾の狐という伝説の魔獣を探しているのですわ」

「――! 九尾の、狐……」

「え?」


 途端、花魁さんの表情が曇りました。

 んんんん!?


「も、もしかして九尾の狐について、何かご存知なのですか?」


 これは早速の、手掛かりゲットですわ!


「……ええ、実はわっちの故郷の村の付近には、大昔から九尾の狐が出没するという言い伝えがあるんでありんす」

「なっ!?」


 そ、それは、ガチの手掛かりではないですか!


「実はこれから久しぶりに、故郷に里帰りするところだったんでありんす。ここからは大分遠いので、片道だけで一日掛かりになってしまうでありんすが、よかったらご一緒に行かれますか?」

「あ、はい! 是非! みなさんもよろしいですわよね?」

「はい! 行きましょう、ヴィクトリア隊長!」

「楽しみだにゃあ!」

「ニャッポリート」

「うむ! もちろんでござる!」

「ニンニン」

「……」

「ん? ラース先生?」


 みなさんノリノリな中、ラース先生だけは顎に手を当てながら神妙な顔をされてますわ?


「ああ、いえ、何でもありません。行きましょう、ヴィクトリア隊長」

「そ、そうですか?」


 フム、何か気になることでもあったのでしょうか?


「うふふ、では、旅は道連れ世は情けでありんす。ああ、わっちの名前はオマツでありんす。よろしくお願いするでありんす」

「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ、オマツさん!」


 これは、心強い味方ですわ!




「さあ、着いたでありんす」


 あれから山道をひたすら歩き続けること半日。

 既に日も傾いて空が紅く染まった頃。

 やっとわたくしたちはオマツさんの故郷である、タマモ村に到着したのですわ。

 タマモ村は山間やまあいの小さな村で、こう言っては何ですが、かなりの田舎です。

 こんな田舎出身のオマツさんが、今や都会のエドゥで花魁になっているのですから、本当に人生というのはわからないものですわ。


「つ、疲れたにゃあ」


 あまり体力のないボニャルくんは、舌を出してぜえぜえしています。


「アッハッハ! 情けないでござるなぁ坊主。お主も王立騎士団の男なら、もっと体力をつけるでござる」

「が、頑張るにゃ!」

「ニャッポリート」


 ボニャルくんはふんすと鼻息を荒くします。

 ウフフ、ボニャルくんはあくまで救護班なのですから、そこまで体力が必要なわけではございませんが、とはいえ、体力があるに越したことはないですからね。

 今後はボニャルくんの特訓メニューも、もう一段階レベルを上げてもいいかもしれませんわね。


「おやおやおやおや、若いのに感心でありんすなぁ」


 そんなボニャルくんを見て、オマツさんはまたころころと笑います。


「オマツさんは、随分健脚ですわね?」


 半日歩き通しだったにもかかわらず、息一つ乱れた様子はございませんし。


「ええ、遊女には、何より体力が必要でありんすからなぁ」

「そ、そうですか」


 オマツさんがニヤリと妖艶に微笑みます。

 た、確かに、体力が必要なお仕事ですわよね、遊女は、うんうん……!


「……」

「? ラース先生?」


 そんなオマツさんを見て、またラース先生が顎に手を当てながら神妙な顔をされています。


「どうされたのですか、ラース先生?」

「……いえ、何でもありません。どうかお気になさらず」

「そ、そうですか」


 そう言われると、逆に気になりますわぁ~~~~。

 ハッ!? もしかしてラース先生、オマツさんに一目惚れを……!?

 くっ、苦しい……!?

 胸が苦しいですわ……!?

 確か以前、イイタ地方行きの飛空艇の中でも、こんな風に胸が苦しくなったことがありましたわね……。

 最近のわたくしは、いったいどうしてしまったというのですかぁ~~~~???


「キャハハ、来ちゃったね」

「キャハハ、来ちゃったね」

「危ないよ」

「危ないよ」

「「「――!」」」


 その時でした。

 前方に、10歳前後のボブカットの双子の女の子が、不敵な笑みを浮かべながら並んで立っていました。

 双子ちゃんの左頬には、狐の顔のようなマークが描かれています。

 こ、これは……!


「あの、何が危ないというのでしょうか?」

「キャハハハハ」

「キャハハハハ」


 双子ちゃんはわたくしたちに背を向けると、そのまま村のほうにトテトテと逃げて行ってしまいました。

 な、何だか不気味な双子ちゃんでしたわね……。


「おやおやおやおや、相変わらず、悪戯好きなんでありんすから」

「……オマツさん、今の双子ちゃんは?」

「ああ、あの子たちはわっちの妹でありんす。モモとサクラというのでありんすが、ああやって村に来た人間にいつも脅すような真似をするので、困ってるんでありんす」

「そ、そうなのですか」


 確かに言われてみれば、モモちゃんとサクラちゃんの顔は、オマツさんに似てましたわね。


「あの頬に描かれていた、狐の顔のようなマークは?」

「うふふ、あれは魔除けでありんす」

「魔除け?」

「はい、ああやって狐の顔を頬に描いておくことで、九尾の狐から仲間だと思われて、襲われなくなるという言い伝えがあるんでありんす。ですからこの村の人間は、みんな頬にあの魔除けを描いてるんでありんすよ」

「へえ」


 なるほどなるほど。


「さあ、わっちの実家に案内するでありんす。今日はもう遅いでありんすから、わっちの実家に泊まってくりゃれ」

「あ、助かりますわ!」


 さっきから何となく胸騒ぎがするのですが、まあ、きっと気のせいですわよね?

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