「さてと、まずは晩飯でござるな。やはりトウエイに来た以上は、寿司を食わねばなるまいでござる!」
花魁さんと別れたわたくしたちは、ジュウベエ隊長の案内で、寿司屋さんという飲食店にやって参りましたわ。
「ジュウベエ隊長、寿司とはどういう食べ物なのですか?」
「まあまあ、聞くよりも実際食ってみたほうが早いでござるよ」
まあ、それもそうですわね。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
店内に入ると、愛想の良い女性の店員さんが、わたくしたちを出迎えてくださいました。
「7人でお願いするでござる」
「ああ、でしたらお座敷席がよろしいですね。――あら! そちらのその格好、花魁さんですか! まあまあ! お綺麗ですねぇ」
「えっ」
店員さんがわたくしを見つめながら、ウットリされています。
あわわわわ……!
「い、いえ、これはつい先ほど花魁さんからプレゼントされたものでして……。わたくしは王都から来た、ただの観光客ですわ」
「あら、そうなんですか! 確かにトウエイの人間には、金髪の人は滅多にいませんからねぇ。どうぞごゆっくりトウエイを堪能なさってください」
「あ、はい、ありがとう存じますわ」
「うふふ、ではお席にご案内いたしますね」
も、もしかしてこの格好でいる限り、わたくしはずっと花魁と勘違いされてしまうのでは……?
「さてと、とりあえず特上の握りを7人前。あと、トウエイ
「はい、かしこまりましたぁ」
お座敷席という一段高くなっている席に通されたわたくしたち。
この履物を脱いで上がる文化も、トウエイならではですわね。
確かこの下に敷かれているのは、畳というのでしたっけ?
薄いクッションのようなものは、座布団という名前だったはずですわ。
つくづくトウエイは文化が独特ですわね。
そこが楽しいところでもありますが。
「はいどうぞ、トウエイ酒でぇす」
「オオ! キタキタキタ!!」
程なくして店員さんが持って来たトウエイ酒というお酒を見て、ジュウベエ隊長のテンションが俄然上がりました。
「やっぱトウエイに帰って来た以上、これを飲まねば始まらないでござる!」
ジュウベエ隊長は陶器で出来た小さなコップに透明な液体を注ぐと、それをグイと飲み干し、「くうぅぅ!!」と唸ります。
あれがトウエイ酒ですか?
パッと見はただの水ですが、本当にお酒なのでしょうか?
「ふふ、これは米から作られた酒でござる。飲み口は爽やかでござるが、非常に奥深い味わいが特徴の酒でござる」
「へえ、お米から」
ジュウベエ隊長がわたくしの疑問を察したのか、解説してくださります。
「【
「あ、はい」
ジュウベエ隊長がトウエイ酒を注いだコップを差し出してくださいました。
そういえばわたくし、お酒を飲むのは生まれて初めてですわね。
果たしてどんな味がするのでしょうか……。
わたくしはトウエイ酒を、グイと一気飲みしました。
すると――。
「にっがッ!?」
思いの外、ドチャクソ苦かったですわぁ~~~~。
以前
しかも喉の奥が焼けるように熱いですわ……!
これが、お酒……!
ぶっちゃけあまり美味しいとは思えませんわぁ~~~~。
何故大人はこんな苦い飲み物を、高いお金を出してまで飲もうとするのでしょうか?
「アッハッハ! この味はまだ、【
ぬうううぅぅ!
わ、わたくしだって、いつかはこの味が美味しいと思えるようになる可能性が無きにしも非ずですわよ!
「わ、私もトウエイ酒飲んでみたいです!」
「あ、じゃあ、僕も」
レベッカさんとラース先生まで!?
「ウム! すいません、おちょこをあと2つお願いするでござる」
「はーい」
この小さなコップは、おちょこというのですわね。
「いいにゃあ。ボクも飲んでみたいにゃあ」
「ふふ、ボニャルくんは、18歳になってからね」
レベッカさんがボニャルくんの頭を、よしよしと撫でます。
我が国では、飲酒は18歳からと法律で決まっていますからね。
「ニャッポリート」
ニャッポはトウエイ酒には興味はないらしく、そっぽを向いています。
ニャッポにはミルクをあげたいのですが、このお店にはミルクはなさそうですわね。
「はい、おちょこ2つでぇす」
「かたじけないでござる。さあさあレベッカ殿、ラース殿、ググっといくでござる」
「あ、どうも」
「ありがとうございます」
ジュウベエ隊長から注がれたトウエイ酒を、二人はグイと飲み干しました。
そういえば、二人がお酒を飲むところを見るのは初めてですわね。
レベッカさんはわたくしと同い年で18歳になって間もないですし、ラース先生とはお互いを鍛えるのに忙しくて、二人で飲みに行く機会はなかったですからね。
さて、二人はどんなリアクションをするのでしょうか……?
「わあ、これ、凄く美味しい!」
っ!?
レベッカさん!?
「うん、まるで霊峰から流れ出る、清く澄んだ河に身を浮かべているみたいに、心が浄化されますね」
ラース先生まで???
も、もしかしてお二人は――大人なのですか――!
そんなッ!
わたくしのことを、置いて行かないでくださいましぃ~~~~。
ずっとわたくしみたいに玩具付きのお菓子で、キャッキャウフフしていてくださいましぃ~~~~。
「う……うぅ……。うわあああああん、ヴィクトリア隊長おおおおおお」
「レベッカさん!?」
レベッカさんが顔を真っ赤にしながら、号泣し出しましたわ!?
どうされたのですか???
「もうもうもう! なんでヴィクトリア隊長は、そんなに鈍感なんですかああああ。こっちの身にもなってくださいよおおおおおおお」
「???」
どういうことです???
――こ、これは所謂、泣き上戸というやつでは!?
うぅむ、どうやらレベッカさんは、お酒には激弱だったみたいですわね……。
「……嗚呼、ヴィクトリア隊長、今日もあなたはお美しいです」
「ラース先生!?」
ラース先生がほんのり頬を赤らめながら、ウットリとしたお顔でわたくしを見つめます。
ふおおおおおおお!?!?
「優雅さと可愛らしさを見事に同居させている金糸の髪。お人形のように透き通った白い肌。限界まで磨き上げられたサファイアのように眩い光を放っている青い瞳。そして男女問わず誰もが魅了される蠱惑的な唇。――まさに神が創り出したとしか思えない、芸術作品ですよ、ヴィクトリア隊長は……」
「は……はわわわわわ……」
どうやらラース先生は、酔うとお世辞を言いまくる体質みたいですわああああああ。
は、恥ずかしさで顔から火が出そうなので、勘弁してくださいましいいいいいい。
「アッハッハ! これも酒の醍醐味でござるなぁ!」
もう!
こっちの身にもなってくださいまし、ジュウベエ隊長!
「はい、特上の握りお待たせいたしましたぁ」
と、そこへ、店員さんが寿司を持って来られました。
綺麗な柄が付いた桶の中に、色とりどりの魚介類が乗せられたお米を握ったものが入っています。
へえ、これが寿司ですか。
「この醬油に少しだけつけてから食うと、美味いんでござる」
ジュウベエ隊長は小さな皿に黒い液体を注いだものを、人数分用意してくださいました。
醬油というのは、ソイソースのことですわよね?
王都では料理にソイソースを使うことは滅多にないですから、初めて見ましたわ。
「うん、美味いッ! これは実にトウエイ酒に合うでござる!」
赤身の魚の寿司を手掴みで食べたジュウベエ隊長は、トウエイ酒をグビリと飲みました。
「あの、ジュウベエ隊長、もしかしてこれって、全部生魚ですか?」
「そうでござる。だがどれも新鮮で清潔な魚故、食中毒の心配は無用でござる」
「な、なるほど」
これもトウエイならではですわね。
トウエイ酒といい、やはり水が清潔だからこそ成り立っている食文化ですわ。
王都の河の水はほぼ例外なく汚れているので、とても魚を生では食べられませんからね……。
どれ、わたくしも一つ食べてみましょう。
わたくしはジュウベエ隊長を真似て、手掴みで赤身の魚の寿司を一口で食べました。
すると――。
「うっまッ!?」
な、何ですかこれえええええええ!!!!!!
ドチャクソ美味いですわあああああああ!!!!!!
確かに固体だったはずなのに、口に入れた瞬間、トロけましたわぁ~~~~。
しかもこの、魚とお米の間に入っているツンと辛い謎の物体が、より旨味を引き立ててますわぁ~~~~。
こんなに美味しいものを食べたのは、15歳の時に修行で狩った、クイーンオークのお肉以来ですわぁ~~~~。
「ニンニン、いただきます、ニンニン」
コタ副隊長が、手を合わせて寿司にお辞儀します。
あっ、流石のコタ副隊長も、食事の時は口元のマスクを外すはず。
これは遂に、誰も見たことがないという、コタ副隊長の素顔を見るチャンスでは……!?
「にゃあ!? これ、すっごく辛いにゃあ!?」
その時でした。
寿司を食べたボニャルくんが、涙目になって跳び上がりました。
ボ、ボニャルくん!?
「アッハッハ! 坊主にはまだ、ワサビの味は早かったようでござるな」
ああ、この辛い物体はワサビというのですわね?
確かにこの辛さは、子どもには合わないかもしれませんわね。
「どれ、代わりにサビ抜きの寿司を頼んでやるでござるよ。すいません、サビ抜きの特上の握りを1人前追加でござる」
ジュウベエ隊長が店員さんに声を掛けます。
「あ、はぁい」
「あ、すいません、それとワサビ有りの特上の握りを10人前追加していただきたいですわ」
「じゅ、10人前ですか!?」
店員さんが目を丸くされております。
フフ、女であるわたくしが、そんなに食べるのが意外みたいですわね。
わたくしは普段から、一食で平均5キロくらいは食べますからね。
わたくしの膨大な魔力を維持するためには、そのくらいのカロリーが必要なのですわ。
「ニンニン、ご馳走様でした、ニンニン」
「――!?」
いつの間にか寿司を食べ終わっていたコタ副隊長が、手を合わせて空になった桶にお辞儀していますわ!?
はっやッ!?
もう食べ終わったのですか???
くううぅ、またしてもコタ副隊長の素顔が見れなかったですわぁ~~~~。
「うわあああああん、これ、美味しいよおおおおおお」
依然として号泣しながら、寿司を頬張るレベッカさん。
「うん、確かに美味しいですね。――ですが、ヴィクトリア隊長の奇跡のような美しさに比べたら、この味も霞んでしまいます」
そしてラース先生も、わたくしへのお世辞が止まりませんわぁ~~~~。
「ニャッポリート」
そんな中ニャッポだけは、マイペースに寿司をあむあむと美味しそうに食べております。
う~ん、実にカオスな空間ですわぁ~~~~。
――こうしてトウエイ地方の旅行初日は、カオスが極まった一日になったのでした。