「ごきげんよう、ホルガーさん」
相変わらず立て付けの悪い扉を無理矢理開け、【鉄の甲羅】の店内に入ったわたくしたち。
するとそこには――。
「ハァ……ハァ……ハァ……、今日も逞しい身体が美しいね、鎧ちゃん……」
「「「――!!!」」」
ホルガーさんがふんどし一丁というエグい格好で、鎧を愛おしそうに抱きしめていたのです。
……うわぁ。
「え? あっ、え?」
あまりの光景にラース先生は頭の処理が追いつかないのか、蛇の交尾を目撃してしまった幼児のような顔をしていますわ。
うん、わたくしも初めてコレを見た時は、ラース先生とまったく同じ顔をしておりましたわね。
「おお! 誰かと思えば【
「ニャッポリート」
が、当のホルガーさんには変態行為を見られたことを、微塵も気にした様子はありません。
まあ、こうやって自ら作った武具を愛でることは、ホルガーさんにとっては仕事の一環のようなものらしいので、何ら恥じることではないのでしょう。
……わたくしの【
「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」
「カカカ。そういう様式美はいいから」
様式美とか言わないでくださいましッ!
「……この子はこのたび第三部隊の特別顧問になった、フェザーキャットのニャッポですわ」
「ニャッポリート」
「カカカ! まさか伝説の魔獣を特別顧問にしちまうとはな! 相変わらずおもしれー女だぜ、【
それ、本当に褒めてます?
「で、これがご所望の、『フェザーキャットの抜け羽』ですわ」
わたくしはテーブルの上に、瓶に詰めたニャッポの抜け羽を置きます。
「うん、確かに。よし、これでやっとラース先生の専用装備が作れるな! 実はそろそろアンタらが来る頃だと思っててよ、もう鎧自体は出来てんだ。あとはこれに、この『フェザーキャットの抜け羽』を付与すれば完成だ。すぐ終わらすから、待ってろよ」
ホルガーさんは先ほど愛おしそうに抱きしめていた鎧を、ポンポンと叩きます。
えっ? それをラース先生が着るんですか?
ふと横目でラース先生を窺うと、「えっ? それを僕が着るんですか?」とでも言いたげな顔で、鎧をじっと見つめていました。
……ド、ドンマイですわラース先生。
まあ、これも強くなるための修行の一環だと思って、我慢してくださいまし。
――あ、そうですわ。
「因みにホルガーさん、料金はおいくらになりますか?」
「あー、料金かぁ。じゃあよ、この抜け羽、全部は使わないだろうから、余った分を俺が買い取って、それでチャラってことにしよーぜ」
ああ、わたくしが【
「わたくしはそれで構いませんが、ラース先生もよろしいですか?」
「あ、はい、もちろん。……でも、本当にそれでいいんでしょうかホルガーさん? 本来なら専用装備なんて、莫大な金額がかかるものなのでは……」
「カカカ。そりゃあもちろんそうだが、俺たち鍛冶師にとっちゃ、この超貴重な武具の素材こそが、その莫大な金よりも価値のあるもんなのさ」
「――!」
ラース先生は顎に手を当てて、メガネの奥の目を見開かれます。
フフフ。
「どんな大金を持ってようが、素材がなけりゃ武具は作れねぇ。金なんてものは、鍛冶師にとっちゃ、それ自体じゃ何の意味もねぇもんなのさ」
「……なるほど、プロフェッショナルな意見ですね」
ラース先生はメガネをクイと上げながら、深く頷かれます。
同じ一流のクリエイター同士、通じ合うものがあったのかもしれませんわね。
くううぅぅ!
わたくしも早く、そちら側に行きたいものですわ!
「小説家にとって何より価値があるのは、印税ではなく、小説を書くための超貴重な資料ですわ」とか、言ってみたいですわぁ!
「じゃあ、早速始めるぜ」
ホルガーさんはテーブルの上に鎧を寝かせ、その上にニャッポの抜け羽をパラパラと散りばめました。
そして愛用の槌を握って天高く掲げ、それに魔力を込めます。
何度見ても、このホルガーさんが武具を仕上げるシーンは神々しいですわね。
……ふんどし一丁でさえなければ、もっといいのですが。
「鉄の神が背中を押し
竈の神が道を示し
槌の神が形を与え
人の神が名を授ける
――顕現せよ【
「「「――!!」」」
ホルガーさんが槌で鎧を叩くと、ニャッポの抜け羽が鎧に吸収され、鎧が眩く輝き出しました。
そして光が収まると、鎧はまるで天使が纏う衣のようなデザインに変形していたのです。
色もニャッポの抜け羽同様、真っ白になっております。
ほわぁ、綺麗ですわぁ……。
「さあこれで完成だ。名付けて【
「あ、はい!」
「ニャッポリート」
うんうん、これはきっと、ラース先生に似合うことでしょう。
「ど、どうでしょうか? 変じゃないですか?」
「「「――!!」」」
【
まるで宗教画のようですわぁ……。
天使の降臨ですわぁ……。
こんなお姿、ラース先生のガチ恋ファンの方々が見たら、卒倒不可避ですわッ!
「ドチャクソ似合っておりますわラース先生ッ!! できることならこのお姿を絵画に収めて、玄関に飾っておきたいくらいですわッ!」
「うんうん! やっぱ俺の見立ては間違ってなかったな。サイズもバッチリじゃねえか」
「あ、あはは、そこまで言われると、照れますね。――本当にありがとうございました、ホルガーさん」
ラース先生はホルガーさんに、深く頭を下げます。
「へへ、なあに、俺としても、大ファンのラース先生に俺の作った鎧を着てもらえて、鍛冶師冥利に尽きるってもんさ」
ホルガーさんは誇らしげに、腕を組みます。
うんうん、ホルガーさんのお気持ち、よくわかりますわぁ。
「ニャッポリート」
「「「――!」」」
その時でした。
ニャッポがパタパタと飛んで、ラース先生の左肩にちょこんと乗りました。
ニャッポ??
「ニャッポリート」
「「「……!!」」」
そしてその場で、【
こ、これは――!
猫ちゃんがよくやる、毛布をもみもみするやつですわ――!!
何でもこれは、猫ちゃんがリラックスしている証拠だとか。
自分の抜け羽から作られた【
「ふふ、君にもお礼を言っておかないとね、ニャッポ。【
「ニャッポリート」
ニャッポがラース先生の頬に、顔をスリスリします。
あぁ~~~~。
実にてぇてぇ光景ですわぁ~~~~。
昇天してしまいそうですわぁ~~~~。
「よっしゃ! 次は性能テストだな! ちょっと裏に来てくれ」
「あ、はい」
わたくしたちはホルガーさんに連れられて、【鉄の甲羅】の裏手に向かいました。
【鉄の甲羅】の裏手は、鬱蒼とした雑木林になっております。
【
「ではまず、【
「わかりましたわ。ラース先生、失礼いたしますわね」
「あ、はい!」
わたくしはラース先生の鳩尾の辺りに、そっと手のひらを当てます。
そして――。
「セイッ!」
「――!?」
全力で魔力を注ぎ込んだのです。
オオ!
これは凄いですわ!
普通の鎧だったら、わたくしがこれだけ魔力を注いだら、オーバーフローして崩壊してもおかしくないところですが、ビクともしません。
これが、ニャッポの抜け羽の力――。
フフ、伝説の魔獣の力は、伊達じゃありませんわね。
「ニャッポリート」
ラース先生の肩に乗っているニャッポが、誇らしげに鳴きました。
おっと、そうこうしている内に、これ以上魔力が入らなくなりましたわね。
容量的には、わたくしの全魔力の3割といったところでしょうか。
ラース先生とわたくしの魔力量には、ざっと百倍近くの差がありますから、これで【
「どうでしょうかラース先生、わたくしの魔力は感じますか?」
「あ、はい……。凄く暖かいです……。まるでゆりかごの中で、毛布にくるまれてるみたいです……」
「ファッ!?」
ラース先生は感じ入るように、胸に手を当てて目を閉じます。
そ、そんな言い方をされたら、照れてしまいますわぁ~~~~。
「オイ、俺もいるってことを忘れないでくれよ二人とも。そういうイチャイチャは、他所でやってくれ」
「ヌッ!? い、いや、これは!」
「あ、あはは、すいません」
何素直に謝られてるのですかラース先生!?
それじゃまるで、わたくしたちが本当にイチャついていたみたいじゃありませんか!?
「――さて、こっからが本番だ。せっかくの【
「あ、はい。――【
ラース先生が詠唱すると、【
オオ!
「ぐっ!? があああああああッ!!!」
「ラース先生!?」
「ニャッポリート」
その時でした。
ラース先生が胸を押さえて、苦しみ出したのです。
ニャッポも心配そうに、ラース先生の頬を前足でペシペシ叩いていますわ。
「ホルガーさん、これは!?」
「案ずるな【
「……!」
なるほど……。
言わば無理矢理大量の水を飲まされて、胃をパンパンに膨らませているような状態ということですわね。
……でもそれでは、ラース先生の身体が。
「ぼ、僕は……、大丈夫、です……、ヴィクトリア隊長……」
「っ! ラース先生……!」
ラース先生は歯を食いしばって、槍を握ります。
そのお顔は、まさに騎士の顔でした――。
「本来の……、実力以上の力を得ようとするなら……、相応のリスクは付き物……です……。だから僕は……、この苦しみに……、耐えなきゃ……、いけないん……です……!」
「ラース先生……」
「ニャッポリート」
そうですわね。
ラース先生の仰る通りですわ。
むしろこれでわたくしの魔力に慣れることができたら、ラース先生自身の魔力量も激的に増えるはず。
さながら毎日ドカ食いしていれば、自然と胃が大きくなるように――。
身体能力はまだしも、魔力量は後天的に鍛えて伸ばすのが難しいものなのですが、これならラース先生も、いずれはわたくしと同じくらいの、桁外れの魔力を出せるようになるかもしれませんわね。
「わかりましたわ。お辛いとは思いますが、どうか頑張ってくださいまし、ラース先生!」
「ニャッポリート」
ニャッポがラース先生の頬を、ペロリと舐めました。
てぇてぇ……!!
「はい……! では試しに……、【
ラース先生が雑木林に向かって、【
――ゴクリ。
「鶫が語る愛と嘘
嵐の夜に虚構が生まれる
男と女が詩を重ね
紡ぐ悲劇は 過去すら欺く
――【
「「「――!?!?」」」
その時でした。
ドパーンという轟音を上げながら、ラース先生の槍の先から、いつもの30倍近くは体積のある【
えーーー!?!?!?
その巨大な【
まるでわたくしが【
やはり弟子は、師に似るものなのでしょうか……?
「す、凄い……。これ、僕が……? ――ぐっ!?」
「ラース先生!?」
「ニャッポリート」
流石に限界だったのか、ラース先生が片膝をつきました。
「うむ、こんなとこだろう。ラース先生、解除の呪文は【
「ア……【
ラース先生が詠唱すると、【
フゥ、やはり手軽に使えるものではありませんわね。
ここぞという時の、切り札的なものとしておいたほうがいいでしょう。
「よし、これで性能テストもクリアだ。やっぱ俺は天才だな」
ホルガーさんは腕を組みながら、うんうんと深く頷きます。
そういうこと、自分で言っちゃうんですのね……?
まあ、ホルガーさんが天才なのは、紛れもない事実ですけど。
……同じくらい変態でもありますけどね。
――こうしてこの日、ラース先生専用装備の、一つ目が完成したのですわ。