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第24話:完成ですわ!

「ごきげんよう、ホルガーさん」


 相変わらず立て付けの悪い扉を無理矢理開け、【鉄の甲羅】の店内に入ったわたくしたち。

 するとそこには――。


「ハァ……ハァ……ハァ……、今日も逞しい身体が美しいね、鎧ちゃん……」

「「「――!!!」」」


 ホルガーさんがふんどし一丁というエグい格好で、鎧を愛おしそうに抱きしめていたのです。

 ……うわぁ。


「え? あっ、え?」


 あまりの光景にラース先生は頭の処理が追いつかないのか、蛇の交尾を目撃してしまった幼児のような顔をしていますわ。

 うん、わたくしも初めてコレを見た時は、ラース先生とまったく同じ顔をしておりましたわね。


「おお! 誰かと思えば【武神令嬢ヴァルキュリア】とラース先生じゃねーか! 久しぶりだな。おっ! もしかして【武神令嬢ヴァルキュリア】の肩に乗ってるそれは、フェザーキャットか!?」

「ニャッポリート」


 が、当のホルガーさんには変態行為を見られたことを、微塵も気にした様子はありません。

 まあ、こうやって自ら作った武具を愛でることは、ホルガーさんにとっては仕事の一環のようなものらしいので、何ら恥じることではないのでしょう。

 ……わたくしの【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】も、こうやってホルガーさんに愛でられていたのかと思うと、若干複雑ではありますが。


「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」

「カカカ。そういう様式美はいいから」


 様式美とか言わないでくださいましッ!


「……この子はこのたび第三部隊の特別顧問になった、フェザーキャットのニャッポですわ」

「ニャッポリート」

「カカカ! まさか伝説の魔獣を特別顧問にしちまうとはな! 相変わらずおもしれー女だぜ、【武神令嬢ヴァルキュリア】は!」


 それ、本当に褒めてます?


「で、これがご所望の、『フェザーキャットの抜け羽』ですわ」


 わたくしはテーブルの上に、瓶に詰めたニャッポの抜け羽を置きます。


「うん、確かに。よし、これでやっとラース先生の専用装備が作れるな! 実はそろそろアンタらが来る頃だと思っててよ、もう鎧自体は出来てんだ。あとはこれに、この『フェザーキャットの抜け羽』を付与すれば完成だ。すぐ終わらすから、待ってろよ」


 ホルガーさんは先ほど愛おしそうに抱きしめていた鎧を、ポンポンと叩きます。

 えっ? それをラース先生が着るんですか?

 ふと横目でラース先生を窺うと、「えっ? それを僕が着るんですか?」とでも言いたげな顔で、鎧をじっと見つめていました。

 ……ド、ドンマイですわラース先生。

 まあ、これも強くなるための修行の一環だと思って、我慢してくださいまし。

 ――あ、そうですわ。


「因みにホルガーさん、料金はおいくらになりますか?」

「あー、料金かぁ。じゃあよ、この抜け羽、全部は使わないだろうから、余った分を俺が買い取って、それでチャラってことにしよーぜ」


 ああ、わたくしが【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を作っていただいた時と、同じパターンですわね。


「わたくしはそれで構いませんが、ラース先生もよろしいですか?」

「あ、はい、もちろん。……でも、本当にそれでいいんでしょうかホルガーさん? 本来なら専用装備なんて、莫大な金額がかかるものなのでは……」

「カカカ。そりゃあもちろんそうだが、俺たち鍛冶師にとっちゃ、この超貴重な武具の素材こそが、その莫大な金よりも価値のあるもんなのさ」

「――!」


 ラース先生は顎に手を当てて、メガネの奥の目を見開かれます。

 フフフ。


「どんな大金を持ってようが、素材がなけりゃ武具は作れねぇ。金なんてものは、鍛冶師にとっちゃ、それ自体じゃ何の意味もねぇもんなのさ」

「……なるほど、プロフェッショナルな意見ですね」


 ラース先生はメガネをクイと上げながら、深く頷かれます。

 同じ一流のクリエイター同士、通じ合うものがあったのかもしれませんわね。

 くううぅぅ!

 わたくしも早く、そちら側に行きたいものですわ!

 「小説家にとって何より価値があるのは、印税ではなく、小説を書くための超貴重な資料ですわ」とか、言ってみたいですわぁ!


「じゃあ、早速始めるぜ」


 ホルガーさんはテーブルの上に鎧を寝かせ、その上にニャッポの抜け羽をパラパラと散りばめました。

 そして愛用の槌を握って天高く掲げ、それに魔力を込めます。

 何度見ても、このホルガーさんが武具を仕上げるシーンは神々しいですわね。

 ……ふんどし一丁でさえなければ、もっといいのですが。


「鉄の神が背中を押し

 竈の神が道を示し

 槌の神が形を与え

 人の神が名を授ける

 ――顕現せよ【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】」


「「「――!!」」」


 ホルガーさんが槌で鎧を叩くと、ニャッポの抜け羽が鎧に吸収され、鎧が眩く輝き出しました。

 そして光が収まると、鎧はまるで天使が纏う衣のようなデザインに変形していたのです。

 色もニャッポの抜け羽同様、真っ白になっております。

 ほわぁ、綺麗ですわぁ……。


「さあこれで完成だ。名付けて【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】。ラース先生、早速着てくれよ!」

「あ、はい!」

「ニャッポリート」


 うんうん、これはきっと、ラース先生に似合うことでしょう。




「ど、どうでしょうか? 変じゃないですか?」

「「「――!!」」」


 【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】を装着したラース先生は、まさに天使そのものでした。

 まるで宗教画のようですわぁ……。

 天使の降臨ですわぁ……。

 こんなお姿、ラース先生のガチ恋ファンの方々が見たら、卒倒不可避ですわッ!


「ドチャクソ似合っておりますわラース先生ッ!! できることならこのお姿を絵画に収めて、玄関に飾っておきたいくらいですわッ!」

「うんうん! やっぱ俺の見立ては間違ってなかったな。サイズもバッチリじゃねえか」

「あ、あはは、そこまで言われると、照れますね。――本当にありがとうございました、ホルガーさん」


 ラース先生はホルガーさんに、深く頭を下げます。


「へへ、なあに、俺としても、大ファンのラース先生に俺の作った鎧を着てもらえて、鍛冶師冥利に尽きるってもんさ」


 ホルガーさんは誇らしげに、腕を組みます。

 うんうん、ホルガーさんのお気持ち、よくわかりますわぁ。


「ニャッポリート」

「「「――!」」」


 その時でした。

 ニャッポがパタパタと飛んで、ラース先生の左肩にちょこんと乗りました。

 ニャッポ??


「ニャッポリート」

「「「……!!」」」


 そしてその場で、【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】を前足でもみもみし出したのです――。

 こ、これは――!

 猫ちゃんがよくやる、毛布をもみもみするやつですわ――!!

 何でもこれは、猫ちゃんがリラックスしている証拠だとか。

 自分の抜け羽から作られた【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】の匂いが、ニャッポを落ち着かせているのかもしれませんわね。


「ふふ、君にもお礼を言っておかないとね、ニャッポ。【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】が完成したのは、君のお陰だ。ありがとうね、ニャッポ」

「ニャッポリート」


 ニャッポがラース先生の頬に、顔をスリスリします。

 あぁ~~~~。

 実にてぇてぇ光景ですわぁ~~~~。

 昇天してしまいそうですわぁ~~~~。


「よっしゃ! 次は性能テストだな! ちょっと裏に来てくれ」

「あ、はい」


 わたくしたちはホルガーさんに連れられて、【鉄の甲羅】の裏手に向かいました。




 【鉄の甲羅】の裏手は、鬱蒼とした雑木林になっております。

 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】の性能テストも、ここでしましたっけね。


「ではまず、【武神令嬢ヴァルキュリア】が【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】に、魔力を込められるだけ込めてくれ」

「わかりましたわ。ラース先生、失礼いたしますわね」

「あ、はい!」


 わたくしはラース先生の鳩尾の辺りに、そっと手のひらを当てます。

 そして――。


「セイッ!」

「――!?」


 全力で魔力を注ぎ込んだのです。

 オオ!

 これは凄いですわ!

 普通の鎧だったら、わたくしがこれだけ魔力を注いだら、オーバーフローして崩壊してもおかしくないところですが、ビクともしません。

 これが、ニャッポの抜け羽の力――。

 フフ、伝説の魔獣の力は、伊達じゃありませんわね。


「ニャッポリート」


 ラース先生の肩に乗っているニャッポが、誇らしげに鳴きました。

 おっと、そうこうしている内に、これ以上魔力が入らなくなりましたわね。

 容量的には、わたくしの全魔力の3割といったところでしょうか。

 ラース先生とわたくしの魔力量には、ざっと百倍近くの差がありますから、これで【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】には、ラース先生の30倍近くの魔力が蓄積されたことになりますわ。


「どうでしょうかラース先生、わたくしの魔力は感じますか?」

「あ、はい……。凄く暖かいです……。まるでゆりかごの中で、毛布にくるまれてるみたいです……」

「ファッ!?」


 ラース先生は感じ入るように、胸に手を当てて目を閉じます。

 そ、そんな言い方をされたら、照れてしまいますわぁ~~~~。


「オイ、俺もいるってことを忘れないでくれよ二人とも。そういうイチャイチャは、他所でやってくれ」

「ヌッ!? い、いや、これは!」

「あ、あはは、すいません」


 何素直に謝られてるのですかラース先生!?

 それじゃまるで、わたくしたちが本当にイチャついていたみたいじゃありませんか!?


「――さて、こっからが本番だ。せっかくの【武神令嬢ヴァルキュリア】の膨大な魔力も、使いこなせなかったら宝の持ち腐れ。いいかラース先生、魔力発動の呪文は【夜明モルゲンデメルング】だ。詠唱してみな」

「あ、はい。――【夜明モルゲンデメルング】」


 ラース先生が詠唱すると、【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】が輝き出しました。

 オオ!


「ぐっ!? があああああああッ!!!」

「ラース先生!?」

「ニャッポリート」


 その時でした。

 ラース先生が胸を押さえて、苦しみ出したのです。

 ニャッポも心配そうに、ラース先生の頬を前足でペシペシ叩いていますわ。


「ホルガーさん、これは!?」

「案ずるな【武神令嬢ヴァルキュリア】。今ラース先生の身体には、【武神令嬢ヴァルキュリア】の超高濃度の魔力が流れ込んでるんだ。そりゃ苦しくもなるだろう」

「……!」


 なるほど……。

 言わば無理矢理大量の水を飲まされて、胃をパンパンに膨らませているような状態ということですわね。

 ……でもそれでは、ラース先生の身体が。


「ぼ、僕は……、大丈夫、です……、ヴィクトリア隊長……」

「っ! ラース先生……!」


 ラース先生は歯を食いしばって、槍を握ります。

 そのお顔は、まさに騎士の顔でした――。


「本来の……、実力以上の力を得ようとするなら……、相応のリスクは付き物……です……。だから僕は……、この苦しみに……、耐えなきゃ……、いけないん……です……!」

「ラース先生……」

「ニャッポリート」


 そうですわね。

 ラース先生の仰る通りですわ。

 むしろこれでわたくしの魔力に慣れることができたら、ラース先生自身の魔力量も激的に増えるはず。

 さながら毎日ドカ食いしていれば、自然と胃が大きくなるように――。

 身体能力はまだしも、魔力量は後天的に鍛えて伸ばすのが難しいものなのですが、これならラース先生も、いずれはわたくしと同じくらいの、桁外れの魔力を出せるようになるかもしれませんわね。


「わかりましたわ。お辛いとは思いますが、どうか頑張ってくださいまし、ラース先生!」

「ニャッポリート」


 ニャッポがラース先生の頬を、ペロリと舐めました。

 てぇてぇ……!!


「はい……! では試しに……、【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】を、撃ってみます……」


 ラース先生が雑木林に向かって、【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】の構えを取ります。

 ――ゴクリ。


「鶫が語る愛と嘘

 嵐の夜に虚構が生まれる

 男と女が詩を重ね

 紡ぐ悲劇は 過去すら欺く

 ――【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】」


「「「――!?!?」」」


 その時でした。

 ドパーンという轟音を上げながら、ラース先生の槍の先から、いつもの30倍近くは体積のある【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】が発射されたのです。

 えーーー!?!?!?

 その巨大な【嵐ガ丘ワザリング・ハイツ】は前方の雑木林を薙ぎ倒し、目の前は草木一つ生えていない焼野原のような風景になってしまいました。

 まるでわたくしが【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】を撃った後みたいですわ……。

 やはり弟子は、師に似るものなのでしょうか……?


「す、凄い……。これ、僕が……? ――ぐっ!?」

「ラース先生!?」

「ニャッポリート」


 流石に限界だったのか、ラース先生が片膝をつきました。


「うむ、こんなとこだろう。ラース先生、解除の呪文は【黄昏アーベントデメルング】だ」

「ア……【黄昏アーベントデメルング】」


 ラース先生が詠唱すると、【天使ノ衣エンゲル・クライドゥング】の光は消えました。

 フゥ、やはり手軽に使えるものではありませんわね。

 ここぞという時の、切り札的なものとしておいたほうがいいでしょう。


「よし、これで性能テストもクリアだ。やっぱ俺は天才だな」


 ホルガーさんは腕を組みながら、うんうんと深く頷きます。

 そういうこと、自分で言っちゃうんですのね……?

 まあ、ホルガーさんが天才なのは、紛れもない事実ですけど。

 ……同じくらい変態でもありますけどね。


 ――こうしてこの日、ラース先生専用装備の、一つ目が完成したのですわ。

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