「みなさん、四日間の合宿、お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした!」」」
「ニャッポリート」
「今回の合宿はいろいろとトラブルは尽きなかったものの、その分いつも以上にみなさんの血と肉になったことと存じますわ」
「「「はい!」」」
「ニャッポリート」
「ではこれにて解散といたしますわ。各自、気を付けてお帰りくださいませ」
「「「はい!」」」
「ニャッポリート」
ウム、良い返事ですわ。
――イイタ地方での合宿を終えたわたくしたち第三部隊一行は、飛空艇でここ王都へと帰って参りましたわ。
みなさん合宿前と比べて、精悍な面構えをされています。
さもありなん。
合宿初日の密室殺人事件。
二日目の【
三日目のパラサイトモンキー大量発生事件。
そして最終日である本日起きた、全裸パーカーオジサン事件リターンズと、数々の困難を乗り越えてきたのですから――。
今回の合宿は、大変だった分、本当に得るものも多かったですわ。
――まったく、合宿は最高ですわ!!
「さあボニャルくん、一緒に帰ろうね」
「うんにゃ!」
レベッカさんがボニャルくんと手を繋ぎます。
今日からボニャルくんは、レベッカさんと一緒に暮らすことになったのですわ。
「ではヴィクトリア隊長、お先に失礼いたします」
「いたしますにゃ!」
レベッカさんとボニャルくんが、ビシッと敬礼します。
フフ、こうして見ると、本当に姉弟みたいですわね。
「お疲れ様ですわ。お気を付けて」
わたくしも二人に敬礼します。
二人は仲睦まじく見つめ合いながら、夕陽を背に去って行かれました。
ボニャルくんの尻尾が、夕陽を浴びて煌めいています。
実にてぇてぇ光景ですわぁ。
他の隊員のみなさんも三々五々、散って行きます。
グスタフさんは「これから飲みに行くやつ手ぇ上げてー!」と、飲み仲間を集っていますわ。
フフ、相変わらず元気ですわね。
「ラース先生、わたくしはこれからこの足で【鉄の甲羅】に向かおうと思うのですが、よろしければご一緒していただけませんか?」
一刻も早くこのニャッポの抜け羽で、ラース先生の鎧をホルガーさんに作っていただきたいですからね。
「はい、もちろんです!」
ラース先生は少年のように瞳をキラッキラさせております。
ラース先生も念願だった専用装備を前に、気分が高揚されているのでしょうね。
フフフ、可愛いですわぁ。
「ニャッポリート」
わたくしの左肩に乗っているニャッポが、「自分も行くよ」とでも言いたげに、わたくしの頬に顔をスリスリしてきました。
この数日で、すっかりそこがニャッポの定位置になりましたわね。
フフフ、ニャッポも可愛いですわぁ。
「では三人で参りましょう」
「ニャッポリート」
どんな鎧が出来るのか、わたくしも楽しみですわ!
「そういえばラース先生、わたくし帰りの飛空艇の中で、エミル・クレーデル先生の『螺旋の研究』を読んだのですわ! まさかゴブリンが犯人だったなんて、あの結末には度肝を抜かれましたわ!」
飛空艇乗り場からの林道を歩きながら、先ほど読んだばかりの小説の感想を、ラース先生に伝えます。
「おお! もう読まれたんですね! あれはエミル先生の作品の中では比較的マイナーですが、あの『ゴブリンが犯人』という斬新なオチは、発売当時大変話題になったそうです! まあ、僕が生まれる前のことなので、あくまで聞き齧った話ですけど」
ラース先生はメガネをクイと上げながら、早口で捲し立てます。
ウフフ、ラース先生はエミル先生のことになると、とても早口になりますわよね。
やはりラース先生にとってのエミル先生は、わたくしにとってのラース先生のような存在なのですわね。
――初めてラース先生にわたくしの書いた小説を批評していただいて以来、わたくしはラース先生からお借りした小説をたくさん読み、それを参考に書き直してはまたラース先生にダメ出しされ、また追加でお借りした小説をたくさん読んで、それを参考に書き直してはまたダメ出しされというのを、これまで5回も繰り返しております。
今日までにわたくしが読んだ小説の累計は、軽く100冊を超えております。
エミル先生の作品だけでも、20冊以上は読みましたわ。
「やはりエミル先生の作品は、小説としての完成度がとても高いですわよね」
「そうなんですよ! 表現も詩的なのに、決して回りくどくなくわかりやすい。更にキャラクターもサブキャラに至るまで、実に魅力的で読者から愛される要素を詰め込んでいる。――そして何よりその斬新なオチ! 長い人類の歴史上、まだ誰も思いつかなかったような革新的なオチを、新作を発表するたび僕たち読者に提供してくれる! エミル先生お一人だけで、小説の歴史を100年早めたとも言われているほどの、まさに神様ですよ」
ラース先生は胸に手を当てながら、それこそ神様に祈るように、天を見上げました。
ウフフ、可愛いですわぁ。
――ただ。
「ラース先生の仰ることにはまったくもって同意なのですが、エミル先生の小説には、正直読んでいてどこか違和感があるのです」
「違和感? といいますと?」
ラース先生はメガネをクイと上げながら、わたくしを見つめます。
「えーと、上手く言葉にできないのですが、ラース先生の小説にはあって、エミル先生の小説にはないものが、あるというか……」
「僕の小説にだけある? ……フム、僕程度の作家が、エミル先生に
ラース先生は顎に手を当てながら、考え込みます。
「そんなことはございませんわ! 確かにエミル先生の作品はどれも名作揃いですが、わたくしはやはり、ラース先生の作品が――世界で一番好きですわ」
「えっ!?」
途端、ラース先生のお顔が、耳まで真っ赤になりました。
ラース先生??
「わ、わたくし何か、おかしなことを言いましたでしょうか?」
「あっ、いえいえいえ! 何でもないんです! ヴィクトリア隊長が
そういう意味、とは???
「ニャッポリート」
ニャッポが「やれやれ」とでも言いたげな顔で、低く鳴きます。
何なのですか、二人とも!
「……ただ、わたくしはこのままで本当によろしいのでしょうか?」
「え? どういうことでしょうか?」
「今わたくしがやっていることといえば、ラース先生からお借りした本をひたすら読んで、それを参考に小説を書くということだけですわ。……正直自分が作家として成長しているのか、自信がないのです」
「……ヴィクトリア隊長」
「あ、いえ! 別にラース先生の教えを疑っているわけではないのですわ! ……ただ、名作を読めば読むほど、プロの先生方と今の自分とのあまりの実力差に、途方に暮れることがあるのです……」
「……」
途端、ラース先生が講師の顔になりました。
ラース先生……!
「お気持ちはよくわかります。僕も実際にプロになる前は、ヴィクトリア隊長とまったく同じ心持ちでした。……いえ、プロになった今でさえ同じです。世の中にはエミル先生をはじめ、僕なんかより圧倒的な実力を持った先生方が星の数ほどいらっしゃいます。その一生懸けても埋まらないかもしれない壁の高さに、絶望して心が折れそうになることも、よくあります」
「そんな……!」
ラース先生ほどの偉大な先生でも、そうなのですか……!
だったらわたくしなんて、尚更……。
「ですが、経験上、結局コツコツ地道に研鑽を積む以外に道はないとも思っているのです」
「――!」
ラース先生――!
「そういう意味では剣術と同じです。ヴィクトリア隊長は、長い年月を懸けて、ひたすら地道に剣を振り続けた結果、そこまでの腕を持つまでに至ったのですよね?」
「え、ええ、まあ」
「小説も、今すぐプロになれるような、手軽な練習方法なんて存在しません。とにかくひたすら読みまくって書きまくる。一見遠回りのようですが、結果的に、それがプロになるまでの一番の近道だと僕は思っています。急がば回れってやつです。――少なくとも僕は、そうやってプロになりましたから」
「……」
嗚呼、何と含蓄のある言葉なのでしょう。
やはり実際にプロになった方のお言葉は、説得力が違いますわ……!
「それに心配しなくても大丈夫ですよ。ヴィクトリア隊長は、作家として着実に成長されています。それはずっとヴィクトリア隊長の小説を読んできた僕が、保証します」
「――!」
ラース先生はわたくしの前で、拳をグッと握りました。
ラ、ラース先生えええええええ!!!!
「ありがとうございますわ、ラース先生! わたくし、一生ラース先生についてまいりますわ!」
「い、一生……!」
「??」
またしてもラース先生は、耳まで真っ赤になりながらアワアワしています。
ラース先生???
「ニャッポリート」
ニャッポが退屈そうに、低く鳴きました。
「「「――!!」」」
その時でした。
桁外れの膨大な魔力が、背後から物凄い速さでこちらに向かって来るのを感じました。
――この魔力はッ!
「ヴィイイイイイクゥゥウウウウ!!!!」
「クッ!?」
咄嗟に振り向いたわたくしは、全力で魔力障壁を展開させます。
――が。
「ぐぅっ!?」
その人物が放った右ストレートパンチは、当然の如く魔力障壁を貫通してきました。
わたくしは【
――ですが。
「があああッ!!」
「ヴィクトリア隊長ッ!!?」
「ニャッポリート」
それでも勢いは殺しきれず、そのままわたくしは林の中に吹き飛ばされました。
樹を何本も薙ぎ倒しながら100メートルほど飛ばされたところで、やっと巨木にぶつかり、何とか止まったのです。
……やれやれ、魔力障壁を張っていたのでわたくしにダメージはないですが、また自然をこんなに破壊してしまいましたわね。
今回のわたくしは被害者側なので不可抗力ですが、それでも申し訳ない気持ちでいっぱいですわ。
「ニャッポ、怪我はありませんか?」
「ニャッポリート」
ニャッポはわたくしの頬をペロリと舐めます。
よかった、ニャッポも無事のようですわね。
「ヴィクトリア隊長、ご無事ですかッ!!」
ラース先生が大層慌てた様子で、こちらに駆けて来ました。
「ええ、わたくしもニャッポも、この通り怪我はありませんわ」
「そ、そうですか……。よかった」
「ガッハッハ! まだまだ修行が足りねぇなぁ、ヴィクよ」
ラース先生の後方から、身長2メートル近くはある、巨漢の中年男性がのしのしと歩いて来ます。
「……お久しぶりですわ、お父様」
それはわたくしのお父様であり、ザイフリート伯爵家の現当主でもある、ヴォルフガング・ザイフリート伯爵でした――。