目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

第21話:誰か助けてくれええええええええ!!!!!!(ゲロルト視点)

「おはよう、諸君」

「「「おはようございます!」」」

「昨日はよく眠れたかな?」

「「「はい!」」」


 ハァ……ダリィなぁ……。

 ――イイタ地方での合宿二日目。

 今僕たち第二部隊一行は、都心部から大分離れた、ジャングル地帯に来ている。

 まったく、なんで合宿先がこんな何もない田舎なんだよ。

 どうせ合宿するなら、もっと楽しそうなとこがよかったなぁ。


「ブルーノ隊長、一つご質問をよろしいでしょうか?」


 その時だった。

 おもむろにアメリーが、ブルーノに向かって手を上げて発言した。

 ア、アメリー……!?


「うん、何だい、アメリーさん」

「ブルーノ隊長は、何故合宿先を、このイイタ地方にされたのでしょうか?」


 ああ、それは確かに僕も気になってはいたけど。

 でも、そんな疑問を躊躇なくブルーノに投げ掛けられるなんて、やはりアメリーは見掛けによらず肝が据わっている……。

 僕なんて鞭打ちの刑あの一件以来、怖くてブルーノと目も合わせられないってのに……。


「イイ質問だねアメリーさん。それはね――今現在このイイタ地方では、【武神令嬢ヴァルキュリア】率いる、第三部隊の一行も合宿を行っているからさ!」


 えっ!?

 そうなのっ!?

 こんな辺鄙なところに、【武神令嬢ヴァルキュリア】も……。

 まあ、あの女ならやりかねないとは思うが……。

 だが、【武神令嬢ヴァルキュリア】が合宿してるからって、なんで第二部隊僕たちも同じところで合宿する必要があるんだ?


「ボクはね、【武神令嬢ヴァルキュリア】こそが、騎士の理想だと思っているんだよ……」


 ブルーノは、まるで神を崇めるかのような仰々しいポーズを取る。

 【武神令嬢ヴァルキュリア】が、騎士の理想……!?

 バカなッ!

 あんな暴力的な脳筋女の、どこが!


「たゆまぬ努力の末に辿り着いたであろう、確固たる強さ! そして何より、曲がったことは決して許しはしない、正義感の高さ! 彼女こそが、本来騎士が目指すべき、理想の姿なのさッ!」


 いやいやいや、それはアイツを美化しすぎだってッ!

 現に僕は、何度あの女に殺されかけたことか!

 僕は何一つ、間違ったことはしていなかったというのに!

 みんながみんなアイツを目指したら、騎士は脳筋だらけになって、この国は終わるぞ!?


「だからボクは、【武神令嬢ヴァルキュリア】の行動は逐一チェックして、なるべく我が隊にも取り入れることにしているのさ。今回は【武神令嬢ヴァルキュリア】がこのイイタ地方で合宿するという噂を聞いたんで、急いでボクも申請を出したんだ。まあ、残念ながら、同じ飛空艇のチケットは取れなかったけれどね」


 えっ!?

 今コイツ、サラッとヤバいこと言わなかったか!?

 ま、まさかあんな脳筋女に、こんなストーカーがいたとは……!


「どうやら聞いた話によると、【武神令嬢ヴァルキュリア】はここに来る飛空艇の中でも、一件殺人事件を解決したそうだよ。いやぁ、流石【武神令嬢ヴァルキュリア】だよね。改めて惚れ惚れするよ」


 ハアアアァァ!?

 マジかよそれ!?

 相変わらず、とんだトラブルメーカーだなアイツ!


「……だというのに、世の中にはそんな【武神令嬢ヴァルキュリア】とのせっかくの婚約を破棄してしまうような愚か者もいるというのだから、つくづく理解に苦しむよ」

「――!」


 ブルーノは僕に向かって、ゴミを見るような目を向けてきた。

 ……チッ、そういうことかよ。

 どうりで僕に対して、当たりが強いと思ったよ。

 ……いや、そんなことはないか。

 コイツは誰に対しても等しく厳しいからな。

 ま、まあ、いずれにせよ、僕に対して嫉妬しているのは事実だろうし、まったくいい迷惑だ!

 婚約を破棄した後まで僕に迷惑をかけ続けるとは、とんだ疫病神だな、あの女はッ!

 僕の父上が出張から戻り次第、さっさと【武神令嬢ヴァルキュリア】の実家に慰謝料を請求してもらわないと!

 あと、僕に理不尽な体罰を与えたブルーノのことも、絶対クビにしてもらうッ!


「そういうわけだ。この合宿を通じて、諸君も【武神令嬢ヴァルキュリア】に一歩でも近付けるように、精一杯励むように!」

「「「はい!」」」

「よし、では割り振り通りの班に分かれて、訓練開始!」

「「「はい!」」」


 ハァ……、マジダリィ……。




「同じ班になれてよかったですね、ゲロルト様!」

「そ、そうだね!」


 よし、アメリーと同じ班になれたことだけは、不幸中の幸いだな!

 やはり僕とアメリーは、運命の赤い糸で結ばれているに違いない!


「今は訓練中ですよ、お二人とも。私語は慎むように」

「あ、すいませんでした」

「……! す、すいません……でした」


 副隊長であるイルメラが、メガネをキュッと上げながら注意してきた。

 チッ、あとはこの生真面目委員長が、僕とアメリーの班の教育係でさえなければなぁ……。

 なんで副隊長自らが、教育係になるんだよ。

 これじゃサボれないじゃないか……。


「これからお二人には、実戦の中で研鑽を積んでいただきます。基本的に私は手を出さず監視しておりますので、お二人だけで、このジャングルの魔物たちを狩ってください」

「ハァ!? ちょっと待て! ……じゃなかった、待ってくださいよ! アメリーは救護班だから前線には出れません! だから実質、僕一人だけで魔物と戦うことになるんですけど!?」

「ええ、そうですね。それが何か問題でも? あなたも騎士の端くれなのですから、一人で凶悪な魔物と対峙しなくてはいけない場面は、今後いくらでもあるのですよ?」

「グッ……!?」


 いや、そりゃ、下っ端の騎士はそうかもしれないけど、僕は名門伯爵家の嫡男だぞ!?

 万が一僕の身に何かあったら、国家の損失と言っても過言ではないのに、責任取れるのか!?


「ゲロルト様、私が全力でサポートしますから、きっと大丈夫ですよ! ――私を信じてください、ゲロルト様」

「ア、アメリー……!」


 アメリーが天使のような微笑みを浮かべながら、僕の手をギュッと握ってくれる。

 ――たったそれだけのことで、僕の中から無限のエネルギーが湧き上がってくるのを感じた。


「そうだね! 僕、やってみるよアメリー!」

「はい! その意気です、ゲロルト様!」

「よろしい、覚悟は決まったようですね。では早速参りましょう」


 よぉし、どんな魔獣でも掛かって来いやぁ!




「ギャバアア!!」

「うわああああああああああ!?!?」


 な、何だこの巨大なコウモリ型の魔獣はッ!?

 僕の身長の倍近くはあるじゃないか!?

 こんなの王都じゃ見たことないぞ!?


「ギャバアア!! ギャバアア!!」

「ヒィィ!? ヒィィイイッ!!?」


 まるで杭のように太くて鋭い爪を剣で何とかいなすが、こんなのまともに喰らったら、命がいくつあっても足りないぞ!?


「ゲロルト様、頑張ってくださーい!」


 アメリー!?

 いや、君も応援するだけじゃなくて、助けてくれないかなッ!?

 さっきの「全力でサポートする」っていうのは、まさかその応援のことじゃないだろうね!?


「ホウ、これはギガントバットですね。コウモリ同様超音波による反響定位で、夜中でも獲物の位置を正確に捉えて狩る、なかなかに厄介な魔獣です」


 生真面目委員長が、メガネをキュッと上げながら解説する。

 オイ生真面目委員長!?

 こんな時でも生真面目に解説なんかしてんじゃねえッ!

 お前も見てるだけじゃなくて助けろよッ!

 僕が怪我したら、どう責任取るつもりなんだッ!?


「ゲロルトさん、戦闘中によそ見は禁物ですよ」

「え?」

「ギャバアア!!」

「ぎゃっ!?」


 ギガントバットの鋭い爪が、僕の左肩を抉った。


「ぎゃあああああ!!!! 痛い痛い痛い痛いよおおおおお!!!!」


 鎧を貫通してくるなんて、どんなパワーだよ!?

 もう嫌だ……!

 もう帰りたいよおおおおおお!!!!


「ゲロルト様、負けないでください! ――この魔物に勝ったら、後で私がしてあげますからぁ!」


 ――えっ!?

 イ、イイコト……!?

 それってつまり――を、アメリーが僕にしてくれる……ってコト!?


「う、うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 ――不思議だ。

 今なら僕は、どんな相手にだって勝てる気がする――。


「英雄の名は雷鳴と共に響く

 ――魔法剣【英雄が振るう雷の剣スル・カイツァキン】ッ!」


「ギャバアア!?」


 僕の【英雄が振るう雷の剣スル・カイツァキン】が、一撃でギガントバットを屠った――。

 オオ!?

 マジで倒せた!?

 僕、前より強くなってないかこれ!?


「やったぁゲロルト様! カッコイイですー!」

「ア、アメリー……!」


 ああそうか……。

 これが、愛の力というやつなんだね――。


「ありがとう、アメリー、君のお陰で勝てたよ。――この勝利を、君に捧げる、よ」


 僕は全力のキメ顔で、アメリーに投げキッスをした。

 フフ、決まったなッ!


「まだ終わりではありませんよ、ゲロルトさん」

「え?」


 生真面目委員長が、メガネをキュッと上げる。

 オイオイ、せっかくの僕とアメリーのイイシーンに水を差すなよ生真面目委員長。

 本当に空気の読めない女だ。


「ウホオォォ……」

「――!?」


 その時だった。

 ギガントバットの死骸の口の中から、ヒョロくて小さい、猿みたいな魔獣が出て来た。

 な、何だコイツ……!?


「これはパラサイトモンキーという、イイタ地方のジャングルにしか生息しない、非常に珍しい魔獣です。このように普段は他の魔獣の体内に隠れて生活しているという、極めて慎重な性格が特徴です」


 へぇ、それは確かに珍しいな。

 ――でも、今の無敵の僕なら、こんな弱そうな雑魚、瞬殺してやるぜ!


「ウホオオオオオオオ」

「――!?!?」


 その時だった。

 人間の子どもくらいの大きさしかなかったパラサイトモンキーが、見る見るうちに肥大化し、4メートル近くはある、巨大なゴリラみたいな容姿になったのである。

 えーーー!?!?!?


「だからまだ終わりではないと言ったでしょう? 慎重な性格だからといって、弱いとは限りません。むしろパラサイトモンキーは、このジャングルでも屈指の強さを持つ魔獣です。油断して掛かると、命に関わりますよ」


 生真面目委員長が、メガネをキュッと上げる。

 そ、そんな……!


「ゲロルト様、頑張ってください! ゲロルト様なら、そんなやつ瞬殺ですよ!」

「ア、アメリー……!」


 そうだよね……!

 僕には勝利の女神がついてるんだ。

 ――この僕が、負けるわけない。

 覚悟しろ、この雑魚猿が!


「英雄の名は雷鳴と共に響く――」

「ウホオオオオオオオ」

「ぶべらっ!?!?」


 雑魚猿の丸太のように太い腕による、目にも止まらぬ右ストレートが、僕の胸に直撃した――。

 鎧はバラバラに砕け散り、僕はそのまま錐揉み回転しながら吹っ飛び、奥にそびえ立っていた大木に激突した……。


「ガ……ガハッ……、ゴホッ……」


 息ができない――。

 目がかすむ――。

 心臓に折れた肋骨が突き刺さっているような気さえする――。

 ……クソッ、僕はこんなところで……、死ぬのか……。


 ――僕の意識は、深い闇に飲まれていった――。










「……ハッ!?」

「あっ、目が覚めましたか、ゲロルト様」

「アメリー!?」


 目を開けると、目の前にアメリーの天使のような笑顔があった。

 どうやら僕は仰向けに寝かされているらしい。

 ――そしてこの後頭部の柔らかな感触。

 まさか僕、アメリーに膝枕されてる!?


「君が助けてくれたのかい、アメリー!」

「はい、私の回復魔法で治しておきました」


 いつの間にか僕の胸の痛みは、綺麗に消えていた。

 嗚呼、やはりアメリーは、僕の女神だ!

 アメリーほどの回復魔法の使い手が他にいるだろうか!? いや、いない!(反語)

 ――あっ、そういえば、あの雑魚猿はどうなった!?


「まったく、情けないですね。あの程度の魔獣すら倒せないとは」

「――!」


 生真面目委員長が、メガネをキュッと上げながら、ゴミを見るような目を僕に向けてきた。

 クッ、ブルーノといい、どいつもこいつも、名門伯爵家の嫡男であるこの僕を見下しやがって……!

 いや、今はそれよりも――。


「あの、パラサイトモンキーは!?」

「もう私が倒しましたよ」

「は? ――なっ!?」


 起き上がって辺りを見回した僕は、思わず絶句した。

 ――そこには、、パラサイトモンキーの死骸が転がっていたのである。

 こ、これ全部、生真面目委員長が、一人、で……!?


「パラサイトモンキーは、仲間が死ぬとその匂いを嗅ぎつけて寄って来る性質がありますからね。あなたが気絶している間、訓練も兼ねて私が相手をしていました」


 サラッと言う生真面目委員長だが、この僕でさえ、勝てなかった魔獣を……。

 もしかしてこの女も、ブルーノ並みの実力を持っているとでもいうのか……!?


「いや、二人が恋人になることは、絶対にないからああああああ!!!!」

「――!?」


 その時だった。

 遠くのほうから、女の絶叫が響いてきた。

 この声は、レベッカ……!?

 ……どうやら第三部隊がこの付近で合宿しているというのは、本当らしいな。


「さあ、目が覚めたなら訓練の続きです。はあなたが相手をしてください」

「え?」

「ウホオオオオオオオ」

「ウホオオオオオオオ」

「ウホオオオオオオオ」

「ウホオオオオオオオ」

「っ!?」


 仲間を何匹も殺されて鬼のような形相になったパラサイトモンキーが、わらわらと集まって来た……!

 ヒィ……!?


「ち、違う……!! お前たちの仲間を殺したのは、僕じゃないんだッ!」

「ウホオオオオオオオ」

「無駄ですよ。あなたが気絶している間、あなたの足にタップリと、から」

「――!?」


 生真面目委員長が、メガネをキュッと上げながら、僕の下半身に目線を向ける。

 見れば、確かに僕の足は、獣の血のようなもので真っ赤に染まっていた。

 えーーー!?!?!?


「ゲロルト様、頑張ってください! ゲロルト様なら、きっと勝てます!」


 アメリーッ!?

 段々僕は、君からの信頼が怖くなってきたよッ!


「ウホオオオオオオオ」

「ウホオオオオオオオ」

「ウホオオオオオオオ」

「ウホオオオオオオオ」

「ヒッ……!?」


 じりじりとにじり寄って来る、パラサイトモンキーたち。

 その瞳には、純然たる殺気が籠っている――。

 ……だ、誰か。


「誰か助けてくれええええええええ!!!!!!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?