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第19話:流石伝説の魔獣ですわ!

「そ、それ以上寄るんじゃねぇ!」

「「――!」」


 開けた場所に出ると、そこは断崖絶壁でした。

 バルタザールはその崖の際に立って、右手の伸びた爪の先に、フェザーキャットが入った鳥籠をぶら下げています。


「それ以上寄ったら、このフェザーキャットを谷底に投げ捨てるぞぉ! そうなったら、お前らも困るんじゃねぇかぁ?」

「ニャッポリート」


 フェザーキャットが鳥籠をカリカリと掻きながら、抗議するように鳴きます。

 おそらく何もなければフェザーキャットはあの天使のような羽で空を飛べるのでしょうが、ああやって鳥籠に閉じ込められていたら、それも難しいでしょう。

 この高さから落ちたら、流石に助かりませんわ。


「ひ、卑怯よバルタザールッ! 今すぐフェザーキャットを解放しなさい!」

「オイオイオイ、お嬢ちゃん、オレがそう言われて、素直に言うことを聞くような男だと思うのかいぃ?」

「くっ……!」


 聞かないでしょうね。

 わたくしも仕事柄この手の悪人には何度も遭遇してきましたが、ここから素直に改心した例は、今のところ一度もございませんもの。

 こういう人間は、死の間際まで、自分の行いを微塵も反省しないものですわ。


「フェ、フェザーキャット様をイジメないでにゃああ!!」


 その時でした。

 ラース先生と一緒に、少年もわたくしたちに合流しました。

 神と崇めているフェザーキャットにあんな仕打ちをされて、少年も身が引き裂かれる思いでしょう。

 わたくしも、もしもラース先生が同じようなことをされたらと思うと、胸が痛みます……。


「フフ、大丈夫ですわ僕ちゃん。――フェザーキャットは、わたくしが必ず助け出しますわ」

「にゃ?」


 わたくしは少年の頭を軽く撫でてから、バルタザールに対峙します。


「バルタザール、これが最後通牒ですわ。大人しくフェザーキャットを解放なさい」


 わたくしはバルタザールにスタスタと近付きます。


「オ、オイィ!? オレの話を聞いてなかったのかぁ!? 近付いたらコイツを落とすって言っただろうがぁ!?」

「ニャッポリート」

「ええ、できるものならやってごらんなさい」

「ハァァアア!?」


 バルタザールは化け物でも見るような顔で、わたくしを睨みます。

 フフ、そんなに狼狽えて、みっともないですわね。

 わたくしはバルタザールの忠告をガン無視して、どんどんバルタザールに近付きます。


「オ、オイィ! オレはマジだぞぉ!? マジでコイツをここから落とすからなぁ!!」

「ニャッポリート」

「ですから、できるものならやってごらんなさいと、何度言わせるのですか?」


 あと4歩で、剣の間合いに入りますわ。

 3……。

 2……。

 1……。


「うぅぅ……!! うわああああああああああ!!!」

「ニャッポリート」

「「「――!!」」」


 こらえきれずバルタザールは、鳥籠を谷底に放り投げました――。

 ――よし。


「セイッ!」

「なぁッ!?」

「「「っ!?!?」」」


 わたくしは谷に身を投げ、右手の【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】を突き出しました。

 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】の刃先はギリギリで鳥籠の鎖に引っ掛かり、わたくしは空中で鳥籠をキャッチしたのです。

 フウ、間一髪でしたわね。


「「ヴィクトリア隊長ッ!!」」


 レベッカさんとラース先生が、同時に悲鳴を上げます。

 フフ、相変わらず二人は、息ピッタリですわね。


「ク、クカカカカッ!!! バカがぁ!! そんな猫一匹のためなんかに、命を投げ出すとはよぉ!」


 まあ、貴様には一生かかっても理解はできないでしょうねバルタザール。

 常に自分のことしか考えていないような、貴様のような人間には。


「ニャッポリート」

「よしよし、今出してあげますわね」


 わたくしは谷底に落ちながら、鳥籠の扉を開けフェザーキャットを解放しました。


「さあ、これであなたは自分の羽で飛べますわよね?」


 わたくしは地面にぶつかる直前に魔力障壁を展開させれば、多分死にはしませんから、心配はご無用ですわ。


「ニャッポリート」

「……え?」


 その時でした。

 鳥籠から出たフェザーキャットは、そのままパタパタと羽を羽ばたかせながらふわりと飛び、わたくしの左肩に止まったのです。

 んんんん??


「……なっ!?」


 わたくしの全身に、フェザーキャットから魔力が流れ込んできます。

 こ、これは――!


「な、なんじゃそりゃぁぁあああああ!?!?」


 あまりの出来事に、バルタザールが何ともマヌケな悲鳴を上げます。

 それもそのはず。

 わたくしの背中から、フェザーキャットと同じような天使の羽が生えたのですから。

 とはいえ、フェザーキャットの小振りな羽と比べると、わたくしの羽は随分大型で、全身がすっぽり隠れるくらいのサイズがありますわ。

 ――これが、フェザーキャットの力。

 フフフ、流石伝説の魔獣ですわ。

 空を飛行できる魔法なんて、歴史上数えるほどしか確認されてませんからね。

 わたくしは羽を羽ばたかせて空を駆り、レベッカさんとラース先生がいる場所まで戻って来ました。


「ただいま戻りましたわ、レベッカさん、ラース先生」

「「ヴィクトリア隊長オオオオオオオオ!!!!」」


 レベッカさんとラース先生は、いつもの『ヴィクトリア隊長♡』と書かれたうちわを両手に持ちながら、大歓喜しています。

 だからそれ、どこに仕舞っていたのですか!?


「フェザーキャット様ぁ! よかったにゃああ!!」

「ニャッポリート」


 少年の胸に飛び下りたフェザーキャットは、少年の頬を愛おしそうにペロペロと舐めます。

 実にてぇてぇ光景ですわ……。

 おや?

 フェザーキャットが離れた途端、わたくしの背中の羽が消えましたわね。

 どうやらこの飛行魔法が使えるのは、フェザーキャットから直接魔力を流してもらっている時だけみたいですわ。


「さて、と」


 わたくしは改めて、バルタザールと対峙します。

 先ほどと決定的に違うのは、もうバルタザールには、切り札が残っていないということですわ。


「くっ、うぉぉぉおおおおおお!!!」


 バルタザールが右手の5本の爪を蛇行しながら伸ばし、わたくしの首筋を狙います。

 ――ですが。


「セイッ!」

「なぁッ!?!?」


 わたくしは左手の【昼ノ月ミターク・モーント】で、爪を5本とも一刀両断しました。


「あ、有り得ねぇ……! どんな斬撃も受け流すはずの、オレの無敵の【十岐大蛇トマタノオロチ】がぁ……!」

「確かに先ほどまでの貴様の爪は、実にしなやかで柳のようでしたわ。――ですが、大分今は動揺で魔力が乱れているようですわね。あれではただの紙切れ同然。わたくしにかかれば、斬り裂くのは児戯にも等しかったですわよ」

「ク、クソがぁぁあああああ……!!」

「「ヴィクトリア隊長オオオオオオオオ!!!!」」


 さて、ラース先生はまだしも、レベッカさんはこのままだと鼻血で失血死しかねないので、そろそろ終わりにいたしましょう。

 わたくしは【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えながら、魔力を込めます。


「月夜に流れる悪魔の調べ

 十六の奏者が天使を嗤う」


「ま、待ってくれぇ!! オレが悪かったぁ!! 降参するぅ!! 降参するからぁ、命だけは助けてくれぇ!!」


 どうせ貴様は今まで、そうやって命乞いしてきた相手を、数え切れないくらい無残に殺してきたのでしょう?

 何故それで、自分の時だけは許してもらえると思ったのですか?


「太陽は月の夢を見て

 月は太陽を夢に見る」


「う、うわぁぁぁあああああああああああああああああ」


「――絶技【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】から放たれた十六の漆黒の斬撃が、バルタザールの全身をズタズタにしました。


「あぁ……、あがぁ……が……」


 ホウ、やはりこの男、強いですわね。

 【夜想曲十六重奏アイネクライネナハトムジーク】をまともに喰らいながら、まだギリギリ人の形を保っているなんて。


「ク、クカカカカ……。許さねえぞぉ【武神令嬢ヴァルキュリア】ァ……。お前の首はいつか……、オレ……が…………」


 糸が切れた操り人形のように力が抜けたバルタザールは、そのまま谷底に落下していきました。


「フム、これにて一件落着ですわ」


 わたくしは剣を鞘に収めました。

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