「クカカカカ! カッコイイなぁオイ【
「それは不可能ですわ。何故なら貴様はここで死ぬからです、バルタザール」
「クカカ! いやぁ、遠路はるばる
「――!」
バルタザールはおもむろに、鎖の輪がついた鳥籠を持ち上げました。
――その鳥籠の中には、天使のような羽が生えた、全身真っ白な子猫が閉じ込められていたのです。
あれは――!
「ニャッポリート」
子猫は「ニャッポリート」という、独特の鳴き声を上げました。
「にゃあああ!! フェザーキャット様に乱暴はやめてにゃああ!!」
少年が涙声で訴えます。
……全てが繋がりましたわね。
おそらく以前レベッカさんが言っていた、フェザーキャットを神のように崇めている部族というのは、この村の方々だったのですわ。
そしてそのフェザーキャットを、【
「バルタザール、今すぐそのフェザーキャットを解放なさい。そうすれば、苦しまずに一思いで殺してあげますわ」
「クカカ! なんでこんな辺鄙なとこにエリートの王立騎士団がいるのかと思ったが、まさかお前もコイツが目当てだったのかぁ? それなら好都合ってもんだぁ。ホラ、これならお前も、オレに手は出せねぇだろぉ?」
バルタザールは鎖の輪を自らの首に掛け、鳥籠を心臓付近にぶら下げました。
……フム、確かにこれでは、【
「それならこの剣で直接、貴様の首だけを斬り落とせばいい話ですわ」
「クカカ! いいぜぇ、やれるもんならやってみろやぁ! ――すぐ終わらせるから、ちょっとだけ待っててくれよハニィ」
バルタザールは少年のお姉様の遺体を、愛しい恋人をベッドに寝かせるかの如く、そっと地面に下ろしました。
他の【
この無駄に紳士的な行動――却って心の底から狂ってることが窺えますわね。
どうやら女性の鎖骨に対する愛情だけは、本物のようですわ。
「オイお前らぁ、【
「「「ヘイ!」」」
手下たちが一斉に剣を抜いて、襲い掛かって来ました。
ですが、バルタザールだけは無手のままその場に突っ立っています。
素手でどうやって、あんなに綺麗に人間の首を切断したというのでしょうね……。
「みなさん、バルタザールの相手はわたくしとレベッカさんが務めます! みなさんは手下たちをお願いしますわ!」
「「「はい!」」」
ウム、良い返事ですわ。
さて、わたくしはバルタザールの処刑に集中いたしましょう。
「ヴィクトリア隊長、僕もヴィクトリア隊長のサポートをさせていただけませんでしょうか。足手纏いにならないように、全力を尽くしますので!」
ラース先生……!
「わかりました、許可しますわ。ただし、くれぐれもご無理はなさらないように」
「はい!」
「オイオイオイ、オレの前で他の男とイチャつくんじゃねぇよ【
いやいや、わたくしと貴様は赤の他人どころか、可愛い部下の姉の仇ですわよ?
バルタザールが左右の腕を前方に突き出すと、指先に禍々しい魔力が集中しました。
これは――!
「首のない蛇は酒に溺れる
生娘を抱いて深く眠る
――【
「「「――!!」」」
バルタザールの左右の十本の爪が、蛇行しながら鋭く伸びて、わたくしたちに襲い掛かってきました。
――くっ!
わたくしは瞬時に魔力障壁を展開します。
「――なっ!?」
が、バルタザールの爪はわたくしの魔力障壁を突き破り、そのままわたくしの首目掛けて凶刃を伸ばしてきたのです。
「チィッ!」
間一髪、【
魔力障壁を破られたのは、随分久しぶりですわ。
この男、やはり強い……。
「きゃああ!?」
「がああ!?」
「レベッカさん!? ラース先生ッ!」
バルタザールの右の小指の爪がレベッカさんの脇腹を、左の親指の爪がラース先生の左肩を、それぞれ貫通していました。
くっ、十本の爪を同時にここまで器用に操るとは、見掛けによらず、繊細ですわね。
「レベッカさん、ラース先生、大丈夫ですか!?」
「え、ええ! 大したことはありません!」
「このくらい、かすり傷です!」
二人とも爪を引き抜いて、臨戦態勢を取ります。
フム、幸い致命傷ではなかったようですわね。
とはいえ、傷は決して浅くはありません。
これは、長期戦になったらこちらが不利ですわね。
「……あっ」
その時でした。
左腕に違和感があったので手首に視線を向けると、昨日買ったラース先生とお揃いのミサンガが、切れて地面に落ちてしまっていました。
今バルタザールの爪を振り払った際、ミサンガに爪が掠っていたのでしょう。
……嗚呼、ラース先生とお揃いの、わたくしの大事なミサンガが……!!
「バルタザール、絶対に許しませんわあああああ!!!」
わたくしはバルタザールに突貫します。
「クカカ! やっとオレだけを見てくれたな【
マジで一挙手一投足がキモいですわコイツ!
「ハアアアアアアアア!!!」
「おっとっとぉ」
わたくしは左右からバルタザールに剣撃を浴びせます。
ですが、バルタザールはその全てを、蛇のようにうねっている爪で受け流しました。
この爪、まるで柳のようにしなやかで、剣では斬れません。
これほど繊細で絶妙な魔力コントロールを身に付けるまで、いったいどれだけの修練を積んだことか……。
何故この手の凶悪犯は、その努力をもっと世のため人のために活かすという発想がないのでしょうか。
「ニャッポリート」
バルタザールの首に下げられているフェザーキャットが、不安そうに鳴きます。
くっ、フェザーキャットを傷つけないようにすると、どうしても本気が出せませんわ……!
よし、ここは一つ――。
「ラース先生、わたくしの足元目掛けて、【
わたくしは絶え間なくバルタザールに剣を振るいつつも、ラース先生に指示を出します。
「――! わ、わかりました!」
「オイオイオイ、何度も言わせんじゃねぇよ! オレはNTRが大嫌いなんだよぉおおおおおお!!!!」
むしろわたくしは貴様が大嫌いですわッ!
「鶫が語る愛と嘘
嵐の夜に虚構が生まれる
男と女が詩を重ね
紡ぐ悲劇は 過去すら欺く
――【
ラース先生の【
――今ですわ。
「ハッ!」
「なにィ!?」
【
そうなると当然、【
「チッ、喰らうかよぉ!」
ですが、バルタザールも後方に跳び上がって、ギリギリで【
――フフ、掛かりましたわね。
「レベッカさん、今です!」
「はい!」
ここまで虎視眈々と魔力を練っていたレベッカさんが、満を持して弓矢をバルタザールに向けます。
――空中では動きが制限されて、矢も避けづらいでしょう。
「
埋められた林檎
カボチャのランタン
羊の生贄
魔女への祈りが夜明けを貫く
――【
「なにィイイイイ!!?」
レベッカさんの射った漆黒のオーラを纏っている矢が、バルタザールの左の手のひらに突き刺さりました。
よし、これで我々の勝ちですわ――。
「チィイイ! この程度、痛くも痒くもねぇぞぉ!」
着地したバルタザールは、左手の矢を引き抜きます。
――が。
「こ、これはぁ!?」
矢が刺さっていた箇所から、じわじわと腕が紫色に変色してきたのです。
「無駄よバルタザール。私の【
「ハァァアアア!?!?」
これぞわたくしとレベッカさんの必勝戦術。
わたくしが前線で敵の注意を引き付け、その隙にレベッカさんが魔力を練って、【
これまで何人も、この戦法で悪を屠ってきました。
熟練の、コンビネーションのなせる業ですわ。
「やりましたわね、レベッカさん」
「は、はい! ヴィクトリア隊長!」
わたくしはレベッカさんと、左手でハイタッチを決めます。
これで、レベッカさんのお姉様の仇は討ちましたわ――。
「チィイイ!! まだだぁッ!!!」
「「「っ!?」」」
その時でした。
バルタザールが右手の伸びた爪で、毒にまみれた自らの左腕を切断したのです。
ホホウ、そうきましたか。
意外と根性あるではありませんか。
「ハァ……! ハァ……! クソがぁぁあああ!!」
バルタザールはわたくしたちに背を向け、ジャングルの奥地へと逃げ出しました。
チッ、往生際が悪いですわね。
「にゃあああ!! フェザーキャット様あああ!!」
少年が泣きながら、連れ去られたフェザーキャットを案じます。
「ラース先生! ラース先生はこの少年を保護しながら、わたくしたちに後で合流してくださいませ!」
「わかりました、ヴィクトリア隊長!」
「レベッカさんは、わたくしと一緒にバルタザールを追いますわよ!」
「はい、ヴィクトリア隊長!」
絶対に逃がしませんわよ、バルタザール……!