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第17話:ブッ殺ですわッ!

「みなさん、おはようございます」

「「「おはようございます!」」」


 ウム、良い返事ですわ。

 ――イイタ地方での合宿二日目。

 今日から本格的なトレーニングを行ってまいりますわ。

 わたくしたち第三部隊は現在、都心部から大分離れた、ジャングル地帯に来ております。

 イイタ地方は一年を通して気温と湿度が高いので、実に面積の三分の一は、こうしたジャングル地帯で構成されているのです。

 ジャングルは独自の生態系を持った凶悪な魔獣が多いことから、トレーニングに持って来いの場所と言えますわ。

 ここならフェザーキャットが見付かるかもしれませんしね!


「ではまずは、いつも通り走り込みから! みなさん、わたくしについて来てくださいまし!」

「「「はい!」」」

「途中で魔獣に遭遇した際は、各自撃破するように!」

「「「は、はい!」」」


 よし、では、レッツゴーですわ!




「セイッ!」

「ギャバアア!?」


 音もなく襲い掛かってきた、わたくしの倍は身長がある、巨大なコウモリ型の魔獣を一刀両断しました。

 この魔獣、さっきも斬りましたわね。

 何という名前なのか、後でレベッカさんに訊いてみましょう。

 ――走り込みを始めてから約1時間。

 これまでに斬った魔獣は、実に20体を超えております。

 どれも王都付近に生息する魔獣よりも強靭で、なかなかに斬り応えがありますわね。

 やはりここをトレーニング場所に選んだのは、正解だったようですわ。


「ヴィ、ヴィクトリア隊長ぉ……。待ってくださぁい……」

「――!」


 レベッカさんを先頭に他の隊員のみなさんが、全身汗だくになりながら、ゾンビみたいな顔でわたくしに追いつきました。

 おっと、ついランナーズハイで、ペースが早くなってしまっていたようですわね。

 わたくしも薄っすらとですが、首元に汗をかいています。

 やはりジャングルの湿度は半端ないですわ。

 そろそろ水分補給しませんとね。


「ウホオオオオオオオ」

「わあああ!! 助けてにゃああああああ!!!」

「「「――!!」」」


 その時でした。

 魔獣の獰猛な咆哮と共に、小さな男の子の叫び声が、わたくしたちの鼓膜を振るわせました。

 ――くっ!


「みなさん、参りますわよ!」

「「「は、はい!」」」


 わたくしは叫び声のした方向に、全力で駆け出しました。




「ウホオオオオオオオ」

「にゃああああああ!!!」

「――!」


 現場に着くと、胸元に白い羽根飾りが着いた民族衣装に身を包んだ10歳くらいの少年が、身長4メートル近くはありそうな、巨大なゴリラ型の魔獣に襲われているところでした。

 これは――!


「セイッ!」

「ウホオオオオオオオ」


 わたくしはゴリラ型の魔獣を一刀両断――。


「ウホオオオオオオオ!!!」

「――!」


 したと思ったのですが、思ったより肉が硬かったらしく、両断はできていませんでした。

 流石ジャングル。

 一筋縄ではいかないようですわね。

 ――であれば。

 わたくしは【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と、【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えながら、魔力を込めます。


「炎は踊る 骸と共に

 今宵は新月 仮面の宴

 四人の男女が心を燃やし

 終わらない舞は朝陽に溶ける

 ――絶技【円舞曲四重奏マスカレード】」


「ウホオオオオオオオオオオオオオオ」


 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と、【昼ノ月ミターク・モーント】の刀身に漆黒の炎を纏わせたわたくしは、魔獣の身体を左右から袈裟斬りし、そのまま返す剣で胴を一文字に斬り裂きました。

 炎は瞬く間に魔獣の全身を焼き尽くし、後には塵一つ残っていませんでした――。


「フム、これにて一件落着ですわ」


 わたくしは剣を鞘に収めました。


「ヴィクトリア隊長、素敵ですううううううッッッッ!!!!!!!!」


 例によってレベッカさんが鼻血をダラダラ流しながら、わたくしに抱きついてきました。

 それだけしょっちゅう鼻血を出してて、よく貧血になりませんわね!?


「……あ、ありがとうにゃ」


 涙目で感謝の言葉を述べる少年の頭には可愛らしい猫耳が、お尻には尻尾がついていました。

 どうやらこの少年は、猫獣人のようですわね。


「いえ、ご無事で何よりですわ。僕ちゃんはお一人ですか? ご家族は?」

「――あっ」

「――!?」


 途端、少年の顔が、絶望にまみれたものに変わりました。

 これは――!


「た、助けてにゃ……!」


 少年は縋るように、わたくしの袖を掴んできました。


「――何かあったのですか?」

「と、突然村にが来て、村のみんなを……。ボクのお姉ちゃんは、ボクだけでも逃がすために、身代わりになったにゃ……! うぅ……うわああぁぁ……!!」


 少年は大粒の涙をボロボロ流しながら、ワンワンと泣き出しました。

 どうやらこの少年の村が、賊のような連中に襲われたということらしいですわね……。


「僕ちゃん、わたくしたちは王立騎士団の者ですわ」

「――!」

「すぐに僕ちゃんの村に案内してくださいますか?」

「わ、わかったにゃ!」

「よろしい。では失礼」

「にゃ!?」


 わたくしは少年を小脇に抱えます。


「村はどちらですか?」

「あっちだにゃ!」

「オーケー。みなさん、わたくしは先に参ります! みなさんも後からついて来てくださいまし!」

「「「はい!」」」


 よし。


「ハアアアアアアアア!!」

「にゃあああああああ!?!?」


 わたくしは全速力で、少年が指差した方向へと駆け出しました。




「……なっ!」


 1分ほど走ると、開けた集落のような場所に出ました。

 おそらくここが少年の村でしょう。

 ――ですが、そこにはおぞましい光景が広がっていました。

 辺り一面血の海で、鋭い刃物のようなもので首を斬られた、少年と同じ民族衣装に身を包んだ猫獣人たちの遺体が、無数に転がっていたのです。

 ム、ムゴい……。


「……あ……あぁ……、お姉ちゃん……」

「――!」


 わたくしの脇から下り立った少年がよたよたと、一人の女性の生首へと歩いて行きました。

 ……あれが、少年のお姉様。


「お、お姉ちゃん……、お姉ちゃん……!! にゃああああああああ!!!」


 お姉様の生首を抱きしめた少年は、世界を割れさせんばかりに慟哭しました。

 ……くっ、間に合いませんでしたか。

 ――ですが、おかしいですわね。

 他の方の遺体は、胴体のすぐ側に生首が落ちているのに、お姉様の胴体だけは見当たりませんわ。

 ……いや、他にも何人か、若い女性と思われる生首は、胴体がありません。

 犯人が持ち去ったと考えるのが自然ですが、いったい何のために……?

 まあ、それはこの先で禍々しい魔力を放っている、犯人に直接訊いてみたほうが早いですわね。


「ヴィ、ヴィクトリア隊長! ――これは」


 その時でした。

 レベッカさんを先頭に、他の隊員のみなさんも追いついたようです。


「あ……あぁ……、そんな……、これは……、……」

「――!」


 あの時――?

 レベッカさんは首を斬られたおびただしい数の遺体を見て、そう呟きました。


「レベッカさん、この犯人について、何かご存知なのですか?」

「う……うわあああああああ!!!」

「レベッカさん!?」


 レベッカさんは愛用の魔弓【魔女ノ髪ヘクセ・ハール】を構えながら、禍々しい魔力がするほうに駆け出しました。

 ど、どうしたというのですか、レベッカさん!?


「ラース先生と他のみなさんは、僕ちゃんを保護しつつ、わたくしの後に続いてくださいまし!」

「「「はい!」」」


 レベッカさん――!

 わたくしはレベッカさんの後を追いました――。




「オイオイオイ、まさかこんなとこで会えるとはよぉ。アンタあれだろぉ、かの有名な【武神令嬢ヴァルキュリア】だろぉ?」

「――!」


 レベッカさんに追いつくと、レベッカさんは一人の長髪の男に対して「うううぅ……!!」と獣のように唸りながら、弓を引いているところでした。

 ですが、男はレベッカさんをガン無視して、わたくしに蛇のようないやらしい視線を向けてきました。

 ――そこはあまりにも異常な空間でした。

 長髪の男以外にも、20人近くの男が立っているのですが、その全員が上半身裸で、首から下の全身に余すところなく、蛇の鱗のようなタトゥーを彫っていました。

 更に全員、まるでダンスのパートナーかのように、を、愛おしそうに抱えていたのです――!

 先ほど何体か胴体のない遺体がありましたが、ここにあったのですね……。


「お、お姉ちゃんッ!!」


 その時でした。

 お姉様の生首を抱えた少年が、ラース先生たちと共に合流しました。

 少年は長髪の男が抱いている遺体をお姉ちゃんと呼びました。

 ……あれが、少年のお姉様なのですね。


「……何者ですか、あなたは」


 わたくしは長髪の男に誰何します。


「クカカ! オレは盗賊団【首のない蛇アジ・ダハーカ】のリーダー、バルタザール・グラッベ。会えて嬉しいぜぇ【武神令嬢ヴァルキュリア】。思ってた通り、綺麗な鎖骨してるなぁ」


 【首のない蛇アジ・ダハーカ】……?

 聞いたことのない盗賊団ですわね。

 ですが、盗賊団については、世に名が知れ渡っていないからといって、必ずしも格下とは限りません。

 それはつまり、目撃者は徹底して消すほどの、実力と慎重さを兼ね備えている可能性もあるからです。


「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」

「クカカカカ! イイねイイね! やっぱ気が強い女の鎖骨は美しいぜぇ。コイツの鎖骨もなかなかだが、アンタの鎖骨に比べると、一段劣るなぁ」


 バルタザールは少年のお姉様の鎖骨を、蛇のような長い舌でベロリと舐めました。

 ……くっ!


「お、お姉ちゃんを返してにゃあッ!!」

「オレはよぉ、鎖骨こそが女の本体だと思ってんだよぉ」


 バルタザールは少年の訴えをガン無視して、自分語りを始めました。

 つくづく人の話を聞かない男ですわ。


「でも世の中のやつらは、顔こそが女の命だとかぬかしやがる! オレはそれが我慢できなくてよぉ。だからこうして同志を集めて【首のない蛇アジ・ダハーカ】を作り、世界中のお宝を盗む傍ら、女から邪魔なものを削ぎ落として回ってるってわけよぉ」


 つまり【首のない蛇アジ・ダハーカ】は、狂信的な鎖骨フェチ集団ということですか……?

 ……ここまで救いようのない人間に会ったのは、随分久しぶりですわ。


「だ、だからあの日、私の姉さんの首も斬ったのかッッ!!!」

「「「――!?」」」


 レベッカさん……!?

 まさか、レベッカさんのお姉様を殺したのは……!


「ああそうさぁ。お前の姉ちゃんの鎖骨は、それはそれは美しい曲線を描いてたからなぁ。あんな邪魔なものを乗せておくのは、一人の男として忍びなかったんだよぉ」

「フ、フザけるなッ!! じゃあ何故5年前のあの日、私のことは殺さなかった!?」

「それはもちろん、5年前のお前の鎖骨は、まだ未成熟だったからなぁ」

「……なっ」


 こいつ……!


「オレくらいになるとわかるんだよぉ。コイツの鎖骨は将来、綺麗な曲線を描きそうだなぁって。だからそういう将来有望な鎖骨を持つ女だけは、ワザと殺さないでおくんだぁ」

「そ、そんな……、そんな、理由で……」

「思った通り、綺麗な鎖骨に成長してくれて嬉しいぜぇ、お嬢ちゃん。今からお嬢ちゃんの邪魔なものも削ぎ落として、【武神令嬢ヴァルキュリア】の鎖骨と一緒にたっぷり愛でてやるからなぁ。クカカカカ!!」

「う、うわあああああああ!!!」

「おっと、危ない危ないぃ」


 レベッカさんが顔面目掛けて射った矢を、バルタザールは最小限の動きだけで躱しました。

 やはりこの男、なかなかの手練れですわ……。


「レベッカさん、落ち着いてくださいませ。冷静さを欠いたら、相手の思う壺ですわ。――ここはわたくしと協力して、お姉様の仇を討ちましょう」

「ヴィ、ヴィクトリア隊長……! そうですね! ヴィクトリア隊長となら私、何でもできる気がします!」


 うん、いつものレベッカさんに戻りましたわね。

 わたくしは右手で握っている【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】の切っ先を、バルタザールに向けます。


「バルタザール・グラッベ、数々の人間の尊厳を踏みにじったその罪、万死に値します。――ブッころですわッ!」

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