「みなさん、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
ウム、良い返事ですわ。
――イイタ地方での合宿二日目。
今日から本格的なトレーニングを行ってまいりますわ。
わたくしたち第三部隊は現在、都心部から大分離れた、ジャングル地帯に来ております。
イイタ地方は一年を通して気温と湿度が高いので、実に面積の三分の一は、こうしたジャングル地帯で構成されているのです。
ジャングルは独自の生態系を持った凶悪な魔獣が多いことから、トレーニングに持って来いの場所と言えますわ。
ここならフェザーキャットが見付かるかもしれませんしね!
「ではまずは、いつも通り走り込みから! みなさん、わたくしについて来てくださいまし!」
「「「はい!」」」
「途中で魔獣に遭遇した際は、各自撃破するように!」
「「「は、はい!」」」
よし、では、レッツゴーですわ!
「セイッ!」
「ギャバアア!?」
音もなく襲い掛かってきた、わたくしの倍は身長がある、巨大なコウモリ型の魔獣を一刀両断しました。
この魔獣、さっきも斬りましたわね。
何という名前なのか、後でレベッカさんに訊いてみましょう。
――走り込みを始めてから約1時間。
これまでに斬った魔獣は、実に20体を超えております。
どれも王都付近に生息する魔獣よりも強靭で、なかなかに斬り応えがありますわね。
やはりここをトレーニング場所に選んだのは、正解だったようですわ。
「ヴィ、ヴィクトリア隊長ぉ……。待ってくださぁい……」
「――!」
レベッカさんを先頭に他の隊員のみなさんが、全身汗だくになりながら、ゾンビみたいな顔でわたくしに追いつきました。
おっと、ついランナーズハイで、ペースが早くなってしまっていたようですわね。
わたくしも薄っすらとですが、首元に汗をかいています。
やはりジャングルの湿度は半端ないですわ。
そろそろ水分補給しませんとね。
「ウホオオオオオオオ」
「わあああ!! 助けてにゃああああああ!!!」
「「「――!!」」」
その時でした。
魔獣の獰猛な咆哮と共に、小さな男の子の叫び声が、わたくしたちの鼓膜を振るわせました。
――くっ!
「みなさん、参りますわよ!」
「「「は、はい!」」」
わたくしは叫び声のした方向に、全力で駆け出しました。
「ウホオオオオオオオ」
「にゃああああああ!!!」
「――!」
現場に着くと、胸元に白い羽根飾りが着いた民族衣装に身を包んだ10歳くらいの少年が、身長4メートル近くはありそうな、巨大なゴリラ型の魔獣に襲われているところでした。
これは――!
「セイッ!」
「ウホオオオオオオオ」
わたくしはゴリラ型の魔獣を一刀両断――。
「ウホオオオオオオオ!!!」
「――!」
したと思ったのですが、思ったより肉が硬かったらしく、両断はできていませんでした。
流石ジャングル。
一筋縄ではいかないようですわね。
――であれば。
わたくしは【
「炎は踊る 骸と共に
今宵は新月 仮面の宴
四人の男女が心を燃やし
終わらない舞は朝陽に溶ける
――絶技【
「ウホオオオオオオオオオオオオオオ」
【
炎は瞬く間に魔獣の全身を焼き尽くし、後には塵一つ残っていませんでした――。
「フム、これにて一件落着ですわ」
わたくしは剣を鞘に収めました。
「ヴィクトリア隊長、素敵ですううううううッッッッ!!!!!!!!」
例によってレベッカさんが鼻血をダラダラ流しながら、わたくしに抱きついてきました。
それだけしょっちゅう鼻血を出してて、よく貧血になりませんわね!?
「……あ、ありがとうにゃ」
涙目で感謝の言葉を述べる少年の頭には可愛らしい猫耳が、お尻には尻尾がついていました。
どうやらこの少年は、猫獣人のようですわね。
「いえ、ご無事で何よりですわ。僕ちゃんはお一人ですか? ご家族は?」
「――あっ」
「――!?」
途端、少年の顔が、絶望にまみれたものに変わりました。
これは――!
「た、助けてにゃ……!」
少年は縋るように、わたくしの袖を掴んできました。
「――何かあったのですか?」
「と、突然村に
少年は大粒の涙をボロボロ流しながら、ワンワンと泣き出しました。
どうやらこの少年の村が、賊のような連中に襲われたということらしいですわね……。
「僕ちゃん、わたくしたちは王立騎士団の者ですわ」
「――!」
「すぐに僕ちゃんの村に案内してくださいますか?」
「わ、わかったにゃ!」
「よろしい。では失礼」
「にゃ!?」
わたくしは少年を小脇に抱えます。
「村はどちらですか?」
「あっちだにゃ!」
「オーケー。みなさん、わたくしは先に参ります! みなさんも後からついて来てくださいまし!」
「「「はい!」」」
よし。
「ハアアアアアアアア!!」
「にゃあああああああ!?!?」
わたくしは全速力で、少年が指差した方向へと駆け出しました。
「……なっ!」
1分ほど走ると、開けた集落のような場所に出ました。
おそらくここが少年の村でしょう。
――ですが、そこにはおぞましい光景が広がっていました。
辺り一面血の海で、鋭い刃物のようなもので首を斬られた、少年と同じ民族衣装に身を包んだ猫獣人たちの遺体が、無数に転がっていたのです。
ム、ムゴい……。
「……あ……あぁ……、お姉ちゃん……」
「――!」
わたくしの脇から下り立った少年がよたよたと、一人の女性の生首へと歩いて行きました。
……あれが、少年のお姉様。
「お、お姉ちゃん……、お姉ちゃん……!! にゃああああああああ!!!」
お姉様の生首を抱きしめた少年は、世界を割れさせんばかりに慟哭しました。
……くっ、間に合いませんでしたか。
――ですが、おかしいですわね。
他の方の遺体は、胴体のすぐ側に生首が落ちているのに、お姉様の胴体だけは見当たりませんわ。
……いや、他にも何人か、若い女性と思われる生首は、胴体がありません。
犯人が持ち去ったと考えるのが自然ですが、いったい何のために……?
まあ、それはこの先で禍々しい魔力を放っている、犯人に直接訊いてみたほうが早いですわね。
「ヴィ、ヴィクトリア隊長! ――これは」
その時でした。
レベッカさんを先頭に、他の隊員のみなさんも追いついたようです。
「あ……あぁ……、そんな……、これは……、
「――!」
あの時――?
レベッカさんは首を斬られたおびただしい数の遺体を見て、そう呟きました。
「レベッカさん、この犯人について、何かご存知なのですか?」
「う……うわあああああああ!!!」
「レベッカさん!?」
レベッカさんは愛用の魔弓【
ど、どうしたというのですか、レベッカさん!?
「ラース先生と他のみなさんは、僕ちゃんを保護しつつ、わたくしの後に続いてくださいまし!」
「「「はい!」」」
レベッカさん――!
わたくしはレベッカさんの後を追いました――。
「オイオイオイ、まさかこんなとこで会えるとはよぉ。アンタあれだろぉ、かの有名な【
「――!」
レベッカさんに追いつくと、レベッカさんは一人の長髪の男に対して「うううぅ……!!」と獣のように唸りながら、弓を引いているところでした。
ですが、男はレベッカさんをガン無視して、わたくしに蛇のようないやらしい視線を向けてきました。
――そこはあまりにも異常な空間でした。
長髪の男以外にも、20人近くの男が立っているのですが、その全員が上半身裸で、首から下の全身に余すところなく、蛇の鱗のようなタトゥーを彫っていました。
更に全員、まるでダンスのパートナーかのように、
先ほど何体か胴体のない遺体がありましたが、ここにあったのですね……。
「お、お姉ちゃんッ!!」
その時でした。
お姉様の生首を抱えた少年が、ラース先生たちと共に合流しました。
少年は長髪の男が抱いている遺体をお姉ちゃんと呼びました。
……あれが、少年のお姉様なのですね。
「……何者ですか、あなたは」
わたくしは長髪の男に誰何します。
「クカカ! オレは盗賊団【
【
聞いたことのない盗賊団ですわね。
ですが、盗賊団については、世に名が知れ渡っていないからといって、必ずしも格下とは限りません。
それはつまり、目撃者は徹底して消すほどの、実力と慎重さを兼ね備えている可能性もあるからです。
「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」
「クカカカカ! イイねイイね! やっぱ気が強い女の鎖骨は美しいぜぇ。コイツの鎖骨もなかなかだが、アンタの鎖骨に比べると、一段劣るなぁ」
バルタザールは少年のお姉様の鎖骨を、蛇のような長い舌でベロリと舐めました。
……くっ!
「お、お姉ちゃんを返してにゃあッ!!」
「オレはよぉ、鎖骨こそが女の本体だと思ってんだよぉ」
バルタザールは少年の訴えをガン無視して、自分語りを始めました。
つくづく人の話を聞かない男ですわ。
「でも世の中のやつらは、顔こそが女の命だとかぬかしやがる! オレはそれが我慢できなくてよぉ。だからこうして同志を集めて【
つまり【
……ここまで救いようのない人間に会ったのは、随分久しぶりですわ。
「だ、だからあの日、私の姉さんの首も斬ったのかッッ!!!」
「「「――!?」」」
レベッカさん……!?
まさか、レベッカさんのお姉様を殺したのは……!
「ああそうさぁ。お前の姉ちゃんの鎖骨は、それはそれは美しい曲線を描いてたからなぁ。あんな
「フ、フザけるなッ!! じゃあ何故5年前のあの日、私のことは殺さなかった!?」
「それはもちろん、5年前のお前の鎖骨は、まだ未成熟だったからなぁ」
「……なっ」
こいつ……!
「オレくらいになるとわかるんだよぉ。コイツの鎖骨は将来、綺麗な曲線を描きそうだなぁって。だからそういう将来有望な鎖骨を持つ女だけは、ワザと殺さないでおくんだぁ」
「そ、そんな……、そんな、理由で……」
「思った通り、綺麗な鎖骨に成長してくれて嬉しいぜぇ、お嬢ちゃん。今からお嬢ちゃんの
「う、うわあああああああ!!!」
「おっと、危ない危ないぃ」
レベッカさんが顔面目掛けて射った矢を、バルタザールは最小限の動きだけで躱しました。
やはりこの男、なかなかの手練れですわ……。
「レベッカさん、落ち着いてくださいませ。冷静さを欠いたら、相手の思う壺ですわ。――ここはわたくしと協力して、お姉様の仇を討ちましょう」
「ヴィ、ヴィクトリア隊長……! そうですね! ヴィクトリア隊長となら私、何でもできる気がします!」
うん、いつものレベッカさんに戻りましたわね。
わたくしは右手で握っている【
「バルタザール・グラッベ、数々の人間の尊厳を踏みにじったその罪、万死に値します。――ブッ