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第16話:お揃いですわ!

「それでは、後のことはお任せいたしますわ」

「ハッ! 承知いたしました!」


 イイタ地方に降り立ったわたくしたちは、その足でイイタ地方騎士団に被疑者三人を引き渡しました。

 三人は魂が抜けたような虚ろな表情をしながら、大人しく連行されて行きます。


「エラさん……」


 エラさんと意気投合していたレベッカさんは、目元に薄っすらと涙を浮かべながらエラさんの背中を見つめています。

 エラさんはあくまで密室トリックの証人にするために、わたくしたちに接触してきたに過ぎないのでしょうが、レベッカさんと話している時のエラさんは心から楽しそうでしたわ。

 こんな出会いでなかったら、きっと二人は良き友人になれたでしょうに……。


「嗚呼……モニカさん……! 何故だああぁぁ……!!」


 モニカさんに淡い恋心を抱いていたグスタフさんも、四つん這いになりながら号泣しています。

 グスタフさんは、以前も捜査中に恋をした女性が犯人だったことがありましたし、病的に女運が悪いようですわね……。


「それにしてもラース先生、よくあんなマイナーなサイカン弁の意味までご存知でしたわね?」


 確かラース先生もわたくしと同じく、生まれも育ちも王都だったはずですから、サイカン弁に触れる機会はあまりなかったと思うのですが……。


「ああ、以前小説で方言を話すキャラを出したいなと思って、全国の方言を一通り調べたことがあったので、たまたま知っていただけですよ」

「――!?」


 ラース先生は何でもないことのように、サラッとそう仰いました。

 全国の方言を、全て……!?

 そ、そこまでしないと、プロの作家にはなれないものなのでしょうか……。

 プロの道は、長く険しいものですわぁ。

 ――あ。


「ラース先生、それともう一つ、わたくしはどうしてもわからないことがあるのですわ」


 わたくしはあの三人が犯人だということが判明してから、ずっと疑問に思っていたことをラース先生に尋ねます。


「はい、何でしょうか」


 ラース先生は、生徒からの質問に鷹揚に答える教師のようなお顔でわたくしを見つめます。

 きっとラース先生なら、この疑問にもすぐ答えを出してくださるのでしょうね。


「仮にあの三人の密室トリックが成功していたとしても、後日騎士団が調べれば、あの三人が幼馴染だったことは簡単にバレてしまったと思うのです。そうなったら、結局あの三人に容疑の目は向いていたことでしょう。三人もいて、誰もそのことに気付かなかったはずはないと思うのですが……」

「そうですね、それは僕も思いました。――これはあくまで僕の憶測ですが、三人とも心のどこかでは、犯行がバレて捕まることを、半ば覚悟していたのではないでしょうか」

「――!」


 そんな――!

 捕まるとわかっていながら、何故……!?


「まずカミルさんに関しては、あのまま夫人に身も心も蹂躙され続けるくらいなら、たとえ捕まってでも夫人を殺して現状を変えたいという心理に至っていたとしても不思議ではありません」

「ああ」


 言われてみれば確かに。


「僕の学生時代の同級生でも、とあるクラスメイトからあまりに過酷なイジメを受けていたために、ある日そのイジメていた人間を殺してしまった人がいました」

「――!」


 まぁ……。


「カミルさんも、あの時の彼と似たような精神状態だったのかもしれません」


 ラース先生はその彼に思いを馳せるかのように、目を細めながらメガネをクイと上げました。


「では、エラさんとモニカさんは? 直接的な被害者のカミルさんはまだしも、いくら大事な幼馴染だからといって、普通殺人にまで手を貸すものでしょうか?」

「普通は貸さないでしょうね。――ですからあの二人のカミルさんに対する感情は、幼馴染のそれではなかったと推測できます」

「??」


 どういうことです??


「あの二人は、どちらもカミルさんが好きだったのですよ。だからこそ、夫人のしたことが、どうしても許せなかったのです」

「――!?」


 えーーー!?!?!?


「マ、マジですか?」

「マジです。あの二人のカミルさんへの態度を見てれば、誰でもわかりますよ」


 わ、わたくしは全然わからなかったですわぁ……。

 プロの作家には、こういう人の恋心にも気付ける技術まで必要なのですか……!?

 わたくし、本当にプロの作家になれるのか、ほんの少しだけ不安になってきましたわ……。


「そこのおねえさん、これ、いかがですかわん」

「――!」


 その時でした。

 10歳くらいの少年が、手作りと思われるアクセサリーの数々が置かれた立ち売り箱を、わたくしに差し出してきました。

 少年の頭には可愛らしい犬耳が、お尻には尻尾がついています。

 どうやら少年は犬獣人のようですわ。

 イイタ地方は獣人が多く住む土地ですので、こういった立ち売りをしている獣人の少年少女が、そこかしこにいます。

 少年の着ているボロボロの服から、この少年が相当に貧しい暮らしをしていることが窺えますわね……。


「フフ、では、これをお一ついただきますわ」


 わたくしは赤と黒の刺繍糸で編まれたミサンガを手に取りました。


「わあ! ありがとうございますわん! 500サクルですわん!」

「はい、ではこれを」


 わたくしは少年に、500サクル硬貨を手渡します。


「あ、じゃあ、僕も同じものを」


 ラース先生もわたくしと同じ柄のミサンガを手に取り、少年に500サクル硬貨を手渡しました。


「まいどありですわん! またご贔屓にですわん!」


 少年は満面の笑みを浮かべながら、ブンブン手と尻尾を振って走り去って行きました。

 ウフフ、可愛いですわ。

 わたくしとラース先生は、早速左腕にミサンガを着けます。

 確かミサンガって、自然と切れたら願いが叶うっていいますわよね?

 これが切れたら、わたくしもラース先生みたいなプロの作家になれるかもしれませんわ。

 そうなるためにも、今以上に頑張りませんとね!


「ウフフ、これでお揃いですわね、ラース先生」

「ええ、そうですね、ヴィクトリア隊長!」


 ラース先生が天使のような笑顔で、わたくしを見下ろします。

 ――守りたい、この笑顔。


「……それにしても、大変ですね、あのくらいの歳から、働かなくてはいけないなんて」


 一転、ラース先生が憂いを帯びた表情で、少年の背中を見つめます。

 ラース先生……。


「ええ、ああいった貧富の差も、この国が抱える社会問題の一つですわ。……本当はわたくしたち貴族が、もっとこの問題に取り組んでいかねばならないのですが、不甲斐ないことですわ……」

「そんな! ヴィクトリア隊長はあの少年の笑顔を守られたじゃありませんか! そういった小さな努力の積み重ねが、いずれ大きな成果を生むのだと、僕は思いますよ」

「ラース先生……! フフ、そういう点では、ラース先生のほうこそ、既に面白い小説で世界中の少年少女を笑顔にしているのですから、わたくしよりもよっぽど世の中に貢献されてますわね」

「いやいや、僕なんかよりヴィクトリア隊長のほうが――」

「あーッ!? いつの間にお揃いのミサンガなんか買ってるんですかーッ!?」

「「――!?」」


 その時でした。

 鬼のような形相をしたレベッカさんが、わたくしとラース先生のミサンガを交互に指差しながら憤慨しました。


「ラースさん、抜け駆けは絶対に許さないって、私あれだけ言いましたよねッ!?」

「ええ、ですが、こういったことは早い者勝ちだとも言ったはずです」

「何をををををッ!?!?」


 また喧嘩ですわ~~~~????

 何故このお二人は、こんなに仲が悪いのですか~~~~????


 ――こうしてハプニングはありつつも、何とか第三部隊合宿初日は無事過ぎていったのでした。

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