「なあなあ【
わたくしとラース先生が第三共有フロアに戻るなり、エラさんがそう絡んできました。
「――いや、この件はれっきとした殺人事件です」
「ハァ!?」
「「「――!!」」」
ラース先生のこの発言に、場は騒然となりました。
「ご静粛に! 只今からこちらのラース先生が、この事件の真相を説明してくださいます!」
とはいえ、わたくしもまだラース先生から真相を聞いてはおりませんので、どんな話が飛び出すのか、内心ドキドキなのですが。
「ラース先生……? ひょっとしてアンタ、小説家のあのラース・エンデ先生か!?」
「ええ、一応は」
「かー! ウチ、アンタの本全部持ってるで!」
「それはありがとうございます」
ラース先生はエラさんにニッコリと微笑みます。
フフ、相変わらずラース先生は有名人ですわね。
わたくしもラース先生の一番弟子として、鼻が高いですわ。
「ただ、これが殺人事件ちゅうのは流石に小説の読みすぎやろ。ミステリー小説の探偵気取りは、ちぃとイタいで、ラース先生?」
ムッ!?
ラース先生をイタい人呼ばわりとはッ!
天が許しても、ラース先生の一番弟子である、このわたくしが許しませんわよッ!
「いえ、断言します、これは殺人事件です」
ですが、ラース先生はエラさんの挑発を歯牙にも掛けずに、きっぱりとそう仰いました。
ラ、ラース先生……!
素敵ですわ……!
「ほ、ほなら、誰が犯人か、言うてみい!」
「はい、それは――あなたです」
「「「――!!」」」
ラース先生は、
えーーー!?!?!?
「そ、そんな……! 私が奥様を殺すはずがないではありませんか! 私は今日までずっと、奥様にお仕えしてきたのですから……! それに、仮に私が犯人だとするなら、あの密室はどう説明するつもりなんですか!?」
確かに。
あの後念のためテーブルの上に置かれていた鍵を調べたところ、やはりあの鍵は本物でした。
犯人が偽物の鍵とすり替えたという線は消えましたが……。
「せ、せやせや! あの部屋に鍵が掛かってたんは、ウチもしっかりと確認しとる! このにいちゃんが犯人やとしたら、どうやって鍵を掛けたんや!?」
「いえ、あの部屋には、
「「「っ!?」」」
えーーー!?!?!?
そそそそそ、それはどういうことですか、ラース先生???
「ハァ!? ウチが噓をついてたとでも言うつもりか!?」
「そうです、あなたもカミルさんの共犯です、エラさん」
「「「っ!?!?」」」
そんなッ!?
エラさんが……共犯ッ!?
「あなたたち二人は鍵の掛かっていない部屋を、お互い鍵が掛かっているように演技していたのです」
「……なっ」
な、なるほど……!
確かにそれなら、疑似的な密室を作り上げられますわね。
実際は密室でも何でもない部屋を、心理的に密室に見せ掛けた、何とも大胆不敵な犯行ですわ。
「手順はこうです。最初にあの個室に夫人と訪れたカミルさんは、夫人をナイフで殺害し、個室の鍵で一旦鍵を掛けてから、この共有フロアに戻って来た。そして20分経ってからまた個室に戻り、鍵を開けて室内のテーブルの上に鍵を置き、部屋から出る。後は鍵の掛かったフリをしながら大声を出して我々を呼べば、密室の完成です」
「ちょっと待ってください! それはおかしいです! 私はマスターキーで部屋を開ける際、鍵が掛かっていたことを確認してますから!」
モニカさんが声を上げました。
ヌッ!?
そ、そうなってくると、また話は変わってきますわね……。
「いえ、それも噓です。――何故ならあなたも共犯だからですよ、モニカさん」
「「「――!?!?」」」
えーーー!?!?!?
さっきからわたくし、「えーーー!?!?!?」しか言ってませんわあああああ!!!
「……な、何を……。私は今日初めて、こちらのお客様とお会いしたんですよ! それなのに、私が殺人に協力するはずがないじゃありませんか!」
「せ、せやせや! ウチだってこのにいちゃんとは初対面や! 殺人に協力する義理なんかあらへんわッ!」
「それも嘘ですね。少なくともあなたたち三人は、地元は同じはずです。年も近いようですし、ひょっとして同級生なのではないですか?」
「「「――!?」」」
んんんんんんんん!?!?
「な、何を根拠にそんな……」
「もちろん根拠はあります。因みにエラさん、あなたはサイカン地方出身ですよね?」
「あ、ああ、そうや」
まあ、コテコテのサイカン弁を話していることからも、それは容易に想像できますわね。
「せやけど、この二人は標準語を喋ってるやんけ! それでなんで、ウチがこの二人と地元が同じや言うねん!」
「確かに普段はお二人とも標準語を使っていますが――どちらも一回だけ、ついサイカン弁を使ってしまった時があったのです」
「……なっ」
そ、そんなことありましたっけ??
「モニカさん、あなたは先ほどグスタフ先輩の『アブソリュートヘルフレイムドラゴンに遭遇して、危うく死にかけた』という発言に対して、『それはえらいお仕事ですね』と返しましたよね?」
「…………あっ!」
ああ、そういえば、そんな会話があったような?
でも、それが何か?
「この会話、若干違和感があったんです。『危うく死にかけた』に対して、『偉いお仕事ですね』というのは、文脈がおかしいです」
フム?
言われてみれば。
「でも、確かサイカン弁で『えらい』は、『大変』という意味になるんですよね? これなら会話は成立します。あなたは本当は、『大変なお仕事ですね』と言いたかったんです」
「……」
そうなのですか!?
知りませんでしたわ……。
「そ、そんな……、モニカさん……」
グスタフさんが絶望にまみれた顔で、その場に
実に短い恋でしたわね……。
「そして次はカミルさんです」
「――!」
続いてラース先生は、カミルさんをじっと見据えます。
おそらくカミルさんの目には、ラース先生は死を宣告する死神に見えていることでしょう。
「わ、私は一切、サイカン弁を話した覚えはありませんよ!」
「ええ、あなた自身はサイカン弁を話してはいません。――ですが、夫人の発言を、サイカン弁と勘違いしていたのです」
「……!」
と、いうと??
「これを見てください」
「……あっ」
ラース先生はハンカチを広げ、先ほど個室のゴミ箱から拾い上げた、
それが、何か??
「これは夫人の個室のゴミ箱に捨ててあったものです。これを捨てたのはあなたですよね、カミルさん?」
「あ……あぁ……」
「あなたは何故、この腕時計を捨ててしまったのですか? 夫人はあなたに、これを『なおしておきなさい』と言っていましたよね?」
ああ、そういえば言ってましたわね。
それなのに腕時計を捨ててしまっているのは、おかしいですわ。
「飲み放題のワインを何杯もおかわりする夫人のことです。ちょっと動かなくなったくらいで、この高級そうな時計を捨てさせるとは思えません。夫人はあなたに、この時計を『修理しておけ』と言ったのです」
「……ぐっ!」
「ですが、あなたは勘違いした。――サイカン弁で『なおす』は、『片付ける』という意味だからです」
えーーー!?!?!?(n回ぶりn回目)
そそそそそ、そうなのですかああああ!?!?
これまた知らなかったですわああああ!!!
勉強になりますわああああ!!!
「だからあなたは、『この時計はもう壊れてしまったから、片付けておけ』と夫人から言われたと認識したのです。――どうですか、何か弁明はありますか? 因みに戸籍を調べれば、簡単にあなたたちの出身地と年齢はわかりますので、誤魔化すだけ無駄ですよ」
「くっ……! スマン、堪忍してくれ、エラ、モニカ……」
「カミル! そんなん言いっこなしやって、何度も言うたやろ!」
「せやでカミル! 私もエラも、これっぽっちも後悔なんかしてへんよ!」
途端にサイカン弁になったカミルさんとモニカさん。
実質これは、罪の告白に等しいものでした。
「あなたたちは、何故こんなことを……?」
思わずわたくしは、三人に尋ねます。
「……ウチら三人は、生まれた時からずっと一緒の、幼馴染やったんや」
エラさんがとつとつと語り始めました。
「楽しいことも辛いことも、全部三人で共有しながら人生を過ごしてきた。大人になってからは三人とも就職先はバラバラで、離れ離れになってまったけど、年に数回は必ず会って近況を報告し合っとった」
ああ、いいですわねそういう関係。
わたくしは物心ついてからずっっっっと修行しかしてきませんでしたから、そういった青春には、心の底から憧れますわ……。
「――せやけどカミルがあのババアに仕え出してから、カミルの様子が露骨におかしなっていったんや」
「「「……!」」」
「ウチとモニカはカミルを問い詰めた。……そしたらカミルは泣きそうな声で、とんでもないことを告白したんや……!!」
とんでもない、こと……!?
「エラ、それ以上は!」
思わずモニカさんがエラさんを止めます。
「いや、モニカ、俺のことなら大丈夫や。……こっからは俺が自分の口で言う」
「カ、カミル……!」
モニカさんの瞳から、大粒の涙が零れました。
「…………俺はあの女から、性的虐待を受けてたんです」
「「「――!!!」」」
……なっ!?
「いくら俺が嫌やって言うても、毎晩俺の部屋に来て、俺の……身体を……! ――うっ!」
トラウマがフラッシュバックして吐き気を催したのか、カミルさんは口元を押さえます。
ウウム、昨今は女性から男性への性的虐待も増えているとは聞いていましたが、こうやってその被害者本人から直にその話を聞くと、あまりの怒りで頭がどうにかなりそうですわ……!
しかも貴族の犯罪は、得てして揉み消されやすいのが実状。
今も昔もこの国は、権力を持つ者はどんな我儘も許され、持たない者は泣き寝入りをするしかない、圧倒的な格差社会なのです……。
「もうええ!! もうええよカミル!!」
「カミルゥ!!」
エラさんとモニカさんが、左右からカミルさんを抱きしめました。
「せやからウチらは三人で協力して、あのババアをブッ殺すって決めたんや! カミルからそれとなくババアにイイタ地方への旅行を提案させ、モニカが乗っとるこの便のチケットを予約させる。そんでウチも同じチケットを取れば、準備完了や。――せやけど、直接手を下すんはカミルや。もし直前で怖くなったら、くれぐれも無理はすんなとは言った」
まあ、それはそうでしょうね。
いくら殺したいほど憎い相手とはいえ、実際に殺してしまったら、一生罪の意識に苛まれながら生きることになりますもの。
「ええ、正直俺も直前でビビッて、やっぱ無理やってなったんですけど、あの女は……、あの個室で二人になった途端、俺の服を無理矢理脱がそうとしてきたんや……!」
「「「――!!」」」
なっ……!!
こんなところでも……!!
本当に、救えない女ですわ……。
もしかして最初からそのつもりで、わざわざ個室を取ったのでしょうか?
……とんだ色ボケババアですわね。
「それで思わずカッとなって……! 気が付いたらあの女の胸に、深くナイフを突き刺してたんや……」
「カミル!!」
「カミルゥ!!」
三人は号泣しながら、お互いを慰め合うかのように、固く抱き合いました。
……本当に、やるせない事件でしたわね。
「あなたたち三人の心中、察するに余り有りますわ。――ですが、その上で言わせていただきます。もっと慎重に、他の方法を考えていただきたかったですわ」
これであなたたち三人が罪人の汚名を着せられるのは、あまりにも理不尽ではありませんか――。
「うぅ……!」
「うわぁ……!」
「うわああぁぁ……!!」
三人の嗚咽と、飛空艇が風を切るゴウゴウという音だけが、わたくしたちの鼓膜をいつまでも震わせていました――。