「みなさんご静粛に! わたくしは王立騎士団第三部隊隊長の、ヴィクトリア・ザイフリートですわ! 只今からこの現場は、わたくしが取り仕切らせていただきます!」
「「「――!」」」
こういう時は、まずは現場の維持が最優先。
「周りのものには一切手を触れずに、わたくし以外の方はゆっくりと室内から出て行ってくださいまし。無用な混乱を避けるためにも、わたくしが許可を出すまでは、この件は他の乗客のみなさんには他言無用です」
「は、はい……」
「ヴィクトリア隊長、できれば僕も一緒に、この現場を検証させていただけないでしょうか?」
ラース先生がメガネをクイと上げながら、そう仰います。
ラース先生……!
「わかりました。ラース先生だけは残ってくださいまし」
「ありがとうございます」
「あ、あの、艇長にだけは、この件を報告して来てもよろしいでしょうか?」
震える声でモニカさんがそう仰います。
「許可いたしますわ。ただ、念のため護衛をつけさせていただきます」
「あっ、それなら俺が一緒に行きますよ!」
先ほどモニカさんを口説こうとしていたグスタフさんが、元気に手を上げます。
フム、私情を挟まないか若干不安ではありますが、まあ、グスタフさんなら大丈夫でしょう。
「ではグスタフさん、お願いしますわ」
「了解です! では行きましょうか、モニカさん」
「あ、はい」
グスタフさんとモニカさんは、二人で部屋から出て行かれました。
「レベッカさん、レベッカさんは室外で見張りをお願いしますわ」
「承知いたしました!」
「その他の第三部隊のみなさんは、5名を残して、それ以外は艇内に怪しい人物がいないか、それとなく探ってくださいまし」
「「「はい!」」」
ビシッと敬礼しながら、スタスタと出て行くレベッカさんと第三部隊のみなさん。
その後に、それ以外の方々も続きます。
室内には、わたくしとラース先生だけが残りました。
「……完全に亡くなっているようですわね」
念のため男爵夫人の首元に触れてみますが、案の定脈は止まっていました。
遺体の状態からして、ざっと死後20~30分といったところでしょうか。
つまり夫人がカミルさんと共にこの部屋に入った直後に、夫人は死亡したことになります。
「ラース先生、どう思われますか? 状況から推測する限りですと、夫人の自殺ということになりそうですが」
「そうですね、この部屋が密室であった以上、そう考えるのが普通ですが。――個人的には、これが自殺だとはどうしても思えないのです」
ラース先生はメガネをクイと上げながら、そう仰います。
「フフ、わたくしも同感ですわラース先生。こちらの夫人とは今日が初対面でしたが、とても自殺なんかするようなタマには見えませんでしたし」
「ただ、これが仮に他殺だとすると、どうやって犯人はこの密室状態を作ったのかという謎は残ります」
そうですわねぇ。
もし他殺だとすると、状況的に一番怪しいのはカミルさんですが、この部屋の鍵は室内に置かれてましたし、誰にも気付かれずにスタッフルームからマスターキーを盗み出し、それをまた誰にも気付かれずに戻したというのも、考えづらいことですわ。
「これは一度みなさんから証言を聞くべきかと思うのですが、どうでしょうラース先生?」
「ええ、僕もそう思います」
よし、そうとなったら、善は急げですわ。
わたくしとラース先生は、一旦室外に出ました。
「なあ【
「――!」
すると開口一番、エラさんが大層興奮しながら迫って来ました。
「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」
「まあまあ、そう固いこと言わんと!」
「……現状ではまだ何とも申し上げられませんわ。一度みなさんにも事情聴取させていただきたいので、第三共有フロアに集まっていただけますか」
みなさん無言で、コクリと頷かれます。
「レベッカさんは、引き続きここで見張りをお願いしますわ」
「承知いたしました!」
万が一犯人がここに戻って来たとしても、レベッカさんなら返り討ちにできますからね。
わたくしたちは重苦しい空気の中、第三共有フロアへと歩き出しました。
「さて、では順に、これまでの状況を整理させていただきますわね」
「「「……」」」
第三共有フロアに戻ったわたくしは、みなさんの顔をざっと見回しながらそう宣言します。
みなさん一様に困惑の色を浮かべており、一見するとこの中に殺人犯がいるとは思えません。
――ですが、わたくしは仕事柄、凶悪な人間ほど演技が病的に上手いことも知っていますわ。
先入観にはとらわれず、あくまで冷静に判断しませんとね。
「整理も何も、あの部屋が密室だった以上、厚化粧のオバハンの自殺に決まっとるやろ?」
エラさんがサラッとそう仰います。
フム。
「現時点でそう断言するのは危険ですわ。捜査はあらゆる可能性を考慮した上で行うべきですので。――それとも、自殺でないと、何か都合が悪いことでも?」
「そ、そんなわけないやろ!?」
この慌てよう……。
怪しいですわね……。
まあいいですわ。
「ではまずはそちらの男性――カミルさんと仰いましたよね?」
「あ、は、はい」
「お話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい……」
カミルさんはゾンビのように青ざめた顔をしています。
仕えていた主人が目の前であんな死に方をしていたのですから、さもありなんといったところですが。
……それとも、自分の手で人を殺した直後だから、動揺している?
「カミルさんが夫人と共にこの第三共有フロアから出て行かれてから、夫人の遺体を発見するまでの詳細を、ご説明いただけますでしょうか?」
「はい……、奥様を個室にお連れした私は、そこで奥様から、『少しだけ寝るから20分経ったら起こせ』と言われました。そして私だけが個室から出ました。この時奥様が、室内から鍵を掛けたのを確認しています。そして私はこの共有フロアに戻って来たのです」
フム、ここまでは特に矛盾点はありませんわね。
「ちょうど20分経ってから個室に戻ったのですが、ドアをいくらノックしても返答がないので、大きな声で呼び掛けたところ、それでも返事はありませんでした。その直後みなさんが合流されて、後はご存知の通りです」
「ありがとうございます。結構ですわ」
「ヴィクトリア隊長、艇長をお連れしました!」
その時でした。
グスタフさんとモニカさんが、50歳前後の、立派なお鬚を携えたイケオジと一緒に帰って来ました。
この方が艇長さんですのね。
「私が艇長のオイゲンです。話は彼女から聞きました。いやはや、何と申し上げてよいか……」
「心中お察しいたしますわ。わたくしは王立騎士団第三部隊隊長のヴィクトリアと申しますわ。この件を取り仕切らせていただいております。早速ですがオイゲンさん、マスターキーの保管方法は、どのようになっておりますでしょうか?」
「はい、マスターキーはスタッフルームで厳重に保管されているうえ、常にスタッフルームには複数のスタッフが控えておりますので、個人が勝手にマスターキーを持ち出すのは不可能です。そうだよね、君?」
「は、はい、その通りです!」
モニカさんが深く頷きます。
そうなると、やはり犯人がマスターキーをコッソリ持ち出した線は薄そうですわね……。
さて、どうしたものでしょうか。
ざっと状況を確認しましたが、犯人がどうやってあの密室を作り出したのか、現時点では見当もつきませんわ。
それともやはり、この件は夫人の自殺なのでしょうか……?
いや、どう考えてもそれは不自然ですわ。
仮に夫人に自殺念慮があったとしても、わざわざこんな飛空艇の個室で死ぬ理由がございませんもの。
「……ヴィクトリア隊長、もう一度だけ、現場を確認して来てもよろしいでしょうか?」
「――!」
ここまでずっと真剣な表情で静観されていたラース先生が、メガネをクイと上げながら、そう仰いました。
ラース先生の瞳には、何かを確信したかのような光が宿っています。
まさか――!
「ええ、わたくしも一緒に参りますわ」
「ありがとうございます。では行きましょう」
「すぐに戻って参りますので、みなさんは暫しここで待機していてくださいませ」
「「「……」」」
依然として重苦しい空気が漂う中、わたくしとラース先生は、再度現場へと向かいました。
「なあなあねえちゃん、何かあったんだろ? 俺にだけ教えてくれよ」
個室フロアに戻ると、レベッカさんに中年の男性が絡んでいるところでした。
この方も個室を使用している一人なのかもしれませんわね。
個室で休んでいたら、何やら外が騒がしくなったので、出て来てレベッカさんに事情を訊いたといったところでしょうか。
「ですから、まだ何もお伝えすることはできないんです」
「いやいや、ちょっとくらいいーじゃねーかよ」
まったく、どこの世界にも野次馬というのはいるものですわね。
「失礼、わたくしは王立騎士団の者ですが」
「っ!?」
わたくしは中年男性に声を掛けます。
「ちょっとお尋ねしたいことがございますので、お時間よろしいでしょうか?」
「な、何だよ!? 俺は今忙しいんだよ! 後にしてくれ!」
男性は大層慌てながら、自分の個室へと逃げるように入って行ってしまいました。
忙しい割には、レベッカさんに絡む時間はあったようですがね。
あの男性が犯人とは思えませんが、念のため後で話は訊いたほうがいいかもしれませんわね。
「レベッカさん、今の男性以外に、ここを訪れた人物はいましたか?」
「いえ、他には誰も」
「そうですか。わたくしとラース先生は、もう一度室内をチェックいたしますわ」
「はい、了解です」
わたくしはラース先生と二人で、再度事件現場へと入りました。
当たり前ですが、現場は先ほどとまったく同じ状態です。
ベッドに横たわる夫人の遺体に、しっかりと鍵の掛かった窓。
そしてテーブルの上の部屋の鍵。
そういえば、まだこの鍵が本当にこの部屋の鍵かは、確認してませんでしたわね。
犯人が偽物の鍵とすり替えて、本物は犯人が持っている可能性もゼロではありませんわ。
可能性は低いとは思いますが、後で確認しておきませんと。
「……やはり」
「? ラース先生?」
その時でした。
ラース先生が部屋の隅に置かれているゴミ箱の中を見ながら、そう呟かれました。
「どうかされたのですか、ラース先生?」
「ここに、こんなものが捨てられていました」
「――!」
ラース先生はハンカチで丁寧に包んで、ゴミ箱の中から
こ、これは――!
「これで密室トリックの謎が解けました。――そして、犯人の正体も」
「なっ!?」
ラース先生はメガネをクイと上げながら、そう断言したのです。
えーーー!?!?!?