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第13話:密室ですわ!

「みなさん、合宿に参りますわよ!」

「「「FOOOOOOO!!!!」」」


 とある朝。

 わたくしが第三部隊のみなさんにそう宣言すると、場は一瞬でお祭り騒ぎになりました。


「合宿……ですか」


 状況が飲み込めていない様子のラース先生が、メガネをクイと上げます。


「ええ、第三部隊では定期的に、各地に合宿して部隊全体の実力アップを図っているんです」


 わたくしの代わりにレベッカさんが説明してくださいます。


「なるほど、それはイイですね。僕は学生時代はずっと帰宅部だったので、運動部の人たちが合宿してるのに、密かに憧れてたんです」


 ラース先生が少年のように瞳をキラキラさせます。

 アラアラ、そうだったのですね。

 ウフフ、相変わらずラース先生は可愛いですわぁ。


「して、ヴィクトリア隊長、今回の合宿先はッ!?」


 レベッカさんがわたくしにグイと顔を近付けながら、そう訊かれます。

 あ、相変わらずレベッカさんは圧が強いですわぁ……。


「えー、今回の合宿先は、ズバリ、イイタ地方ですわ!」

「「――!」」


 ラース先生もレベッカさんも、わたくしが合宿先にイイタ地方をチョイスした理由を、瞬時に察したようです。

 ――そうです、わたくしはこの合宿のついでに、『フェザーキャットの抜け羽』をゲットする計画なのですわ!




「うおおおおお、マジで空飛んでるじゃん!」

「俺、飛空艇乗ったの生まれて初めてだよ!」

「俺も俺も!」

「コラコラみなさん、あまり騒いで、周りのお客さんに迷惑をかけないでくださいましね」

「「「はーい」」」


 そして迎えた合宿当日。

 わたくしたち第三部隊一行は、飛空艇で合宿先であるイイタ地方を目指しておりますわ。

 第三部隊の大半の方は、飛空艇に乗るのは初めてらしく、みなさん大層はしゃいでいます。

 わたくしは子どもの頃から、修行のために、飛空艇でお父様に世界各地を連れ回されたので、あまり飛空艇にいい思い出はないのですが……。

 それこそハイジャック犯に襲われたこともありましたし(お父様とわたくしで瞬殺しましたが)。


「みなさまようこそ空の旅へ。私は本日この第三共有フロアの客室乗務員を担当させていただきます、モニカと申します」


 20代中盤くらいと思われる、大層お綺麗な女性が、わたくしたちの前に現れました。

 嗚呼、客室乗務員のお仕事というのも、実に華やかで女性にとっては憧れの職業ですわぁ。

 わたくしも、もしも生まれ変わったら、客室乗務員になってみたいものですわぁ。


「うおおおおお、おねえさんメッチャ美人ですね! 彼氏はいるんですか!?」

「あっ、お前、抜け駆けはズリィぞ!」

「コラコラみなさん! モニカさんが困ってらっしゃるじゃありませんか!」

「アハハハ……。みなさまは、王立騎士団の方々でらっしゃいますよね?」


 チケットを取る際に王立騎士団の名義で申請したので、モニカさんも我々が騎士団の人間だということは把握しているようですわね。


「はい、そうです! 国民の安全と平和を守るため、日夜寝る間も惜しんで働いてます!」


 第三部隊一のお調子者として有名なグスタフさんが、ビシッと敬礼しながらそう言います。

 噓仰い。

 ちゃんと休みは与えてますわよ?


「この前なんか、アブソリュートヘルフレイムドラゴンていう伝説の魔獣に遭遇しまして、危うく死にかけました! まあ、何とか生き残りましたけど!」

「まあ、それはえらいお仕事ですね」

「いやあ、それほどでも、ハハハハハ」


 まったく、大分調子に乗ってますわね。

 これは後でお説教ですわ。


「ちょっと、そこのアナタ! ワインのおかわり持って来てちょうだい!」

「あ、はい、只今!」


 その時でした。

 共有フロアの奥のソファでふんぞり返っている、40歳前後の厚化粧のマダムが、モニカさんにグラスワインのおかわりを要求しました。

 マダムは顔が真っ赤で、既に随分な量のワインを飲んでいることが窺えます。

 モニカさんは急ぎ足で、スタッフルームのほうへと消えて行きました。


「……ふむ」


 そんなモニカさんの背中を、ラース先生がメガネをクイと上げながら見つめています。

 ラース先生?


「ラース先生、モニカさんに何か気になることでも?」


 ま、まさかラース先生、モニカさんに一目惚れした、とか……!?


「ああ、いえ、何でもありません」


 誤魔化すようにプラプラと手を振るラース先生。

 あ、あれ?

 何でしょうこの気持ち?

 何だか胸が、ムカムカしますわ……。

 ひょっとして不整脈……?


「……奥様、あまり飲みすぎますと、お身体に障りますよ」


 マダムの横に立っている、執事風のイケメン男性が、マダムに注意を促しました。


「うるさいわねぇ! せっかくの飲み放題なんだから、飲めるだけ飲まないともったいないじゃない! 私に口答えするんじゃないよ!」


 マダムは握っていた扇子で、執事さんのお尻をバシンと叩きました。

 マアッ!


「も、申し訳ございませんでした……」

「フン、わかればいいのよ。まったく、それにしても男爵夫人であるこの私が、こんな下賤な平民たちと同じ共有フロアをあてがわれるなんて、後でクレームを入れておかないとね」


 マダムはわたくしたちのほうをジロリと睨みながら、そう呟きました。

 ふぅん、あのお方は男爵夫人なんですのね。

 一応わたくしは伯爵令嬢なので、身分はわたくしのほうが上ですが、ここでそれをひけらかすのも大人気ないですし、スルーするに限りますわ。


「何ですかあの人! 感じ悪いですね! ヴィクトリア隊長のほうが身分は上なんですから、私、言って来ましょうか!?」


 レベッカさん!?


「いやいや、事を荒立てたくはないので、どうか我慢してくださいまし、レベッカさん」

「ぐぬぬぬぬ……。ヴィクトリア隊長がそう仰るなら……」


 フゥ、忠義に厚すぎる部下を持つのも、一苦労ですわ……。


「お、お待たせいたしました。ワインでございます」


 モニカさんがグラスワインのおかわりを、男爵夫人の目の前のテーブルに置かれました。


「フン、遅いわよ! ワインくらい、さっさと持って来なさいよ!」

「も、申し訳ございませんでした……」


 えぇ……。

 モニカさんは最速でワインを持って来たと思うのですが、あれで怒られるのですか……。

 ううん、やはり客室乗務員のお仕事というのも、楽ではないようですわね。

 来世は別の仕事を探すことにいたしましょう。


「よお、そこのべっぴんのねえちゃん、ちょっとええか?」

「――!」


 その時でした。

 サイカン弁の糸目の女性が、わたくしに声を掛けてきました。

 べっぴん!?

 わたくしが!?


「あ、はい、何か御用でしょうか」


 ウフフ、べっぴんと言われると、悪い気はしませんわ。


「さっき小耳に挟んだんやが、ねえちゃんたちは、王立騎士団に所属しとるんか?」

「ええ、その通りですわ」

「ハハァ、ちゅうことは、いろいろとおもろい事件にも遭遇しとるわけやろ? よかったらウチにも、話聞かせてくれや。ああ、ウチはこういうもんや」

「ハァ……」


 女性から差し出された名刺には、『フリーライター エラ・グーゲル』と書かれていました。

 フリーライター、ですか……。


「残念ですがエラさん、騎士団の仕事には守秘義務がございますので、あまり仕事内容を関係者以外の方にお話しするわけにはいかないのですわ」

「まあまあそう固いこと言わんと。さっき聞こえたで。あの伝説の魔獣、アブソリュートヘルフレイムドラゴンにも遭遇したんやろ?」

「ええ、まあ……」

「その話、詳しく聞かせてくれや! この通りや!」


 エラさんは両手を合わせて、わたくしに深く頭を下げます。

 ううむ、どうしたものでしょうか。


「いいじゃないですかヴィクトリア隊長、それくらい! あの時のヴィクトリア隊長は、マジメッチャカッコよかったので、私でよかったら、その時のお話しますよ!」

「オオ! それは助かるで、背の高いねえちゃん!」


 レベッカさん!?

 まったくあなたは……。

 まあ、別にそれくらいなら構いませんが。


「奥様、そろそろ一旦お部屋で休まれたほうが……」

「うるさいわねぇ……。まあでも、流石にちょっと飲みすぎちゃったから、少しだけ横になろうかしら。行くわよ、カミル」

「はい」


 男爵夫人は執事さんと共に、個室のあるフロアへと歩き始めました。

 ふうん、あの男爵夫人は、個室も予約してたんですのね。

 どうせ2時間くらいの短いフライトなのですから、わざわざ個室を取るまでもないと思うのですが。

 個室はそこそこの料金がするはずですが、その辺でも庶民に対してマウントを取りたかったのかもしれませんわね。

 その割には飲み放題のワインをがぶ飲みしている辺り、お金に対しては相当意地汚い性格をしていることが窺えます。

 やれやれ、随分肩が凝りそうな生き方ですわ。


「アラ!? この時計、止まっちゃってるじゃない!? 高かったのにッ!」


 男爵夫人が自身の腕時計を見ながら、甲高い声を上げます。


「もう! カミル、これ、なおしておきなさい!」

「は、はい」


 男爵夫人は腕時計を執事さんに渡しました。


「まったくもう! 今日は厄日だわ!」


 男爵夫人はプリプリしながら、執事さんと共に個室フロアに消えて行きました。

 あなたの日頃の行いが悪いせいでは?


「ほうほう! で!? で!? そんでどうなったんや!?」

「はい! そこでヴィクトリア隊長のキメ台詞、『その罪、万死に値します。――ブッころですわッ!』が炸裂したのです!」

「かぁ~! カッコエエなぁ!」


 レベッカさん!!?

 こちらはこちらで、大盛り上がりですわ!


「ふうむ」

「ラース先生?」


 一方ラース先生は、顎に手を当てながら、何かを深く考え込んでいます。


「どうかなさったのですか、ラース先生?」

「ああ、いえ、何でもないんです」

「そうですか……」


 今日のラース先生は、どうにも様子がおかしいですわね。

 ラース先生も飛空艇に乗るのは初めてらしいですから、緊張しているのでしょうか?


「……ハァ」


 男爵夫人から『カミル』と呼ばれていた執事さんが一人で戻って来て、溜め息をつきながらソファに座って項垂れました。

 男爵夫人を個室に寝かせてきたのでしょうね。

 あんな傲慢そうな主人に仕えるのは、さぞかし気苦労も多いことでしょう……。

 他人事ながら、同情してしまいますわ。




「なるほどぉ、べっぴんのねえちゃんは、【武神令嬢ヴァルキュリア】って呼ばれるほど、強いんやな」

「そうなんです! ヴィクトリア隊長は、本当に凄いお方なんです!」


 あれから約20分。

 エラさんとレベッカさんはすっかり意気投合したらしく、依然としてわたくしの話で盛り上がっていますわ。

 いい加減恥ずかしさで顔から火が出そうなので、勘弁していただきたいのですが……。


「そろそろ、かな……」


 その時でした。

 執事のカミルさんが、ボソッとそう呟きながら、個室フロアに消えて行きました。

 個室で休んでいる男爵夫人の様子を見に行かれたのかもしれませんわね。


「なあなあ、【武神令嬢ヴァルキュリア】ちゃんの活躍劇、もっと聞かせてくれや!」

「えー、しょうがないですねぇ。ではとっておきの、『全裸パーカーオジサン事件』のお話をしてあげましょう!」

「何それメッチャオモロそうやんけぇ!!」


 ちょっとレベッカさんッ!!?

 流石にそのお話は、いくら何でも……。


「奥様ぁ!! 返事をしてください、奥様ぁ!!」

「「「――!!」」」


 個室フロアのほうから、カミルさんの叫び声が聞こえてきました。

 ただならぬ雰囲気に、場に緊張が走ります。


「何や!? 事件か!?」


 フリーライターの血が騒いだのでしょうか。

 エラさんがいち早く、声のしたほうに駆け出しました。

 わたくしたちもエラさんの後を追います。

 ――この時わたくしの胸には、言いようのない不安が渦巻いていました。




「奥様ぁ!! 奥様ぁ!!」

「どないしたんや!?」


 個室フロアに着くと、カミルさんが個室のドアをドンドンと叩きながら、室内にいると思われる男爵夫人に、大声で呼び掛けていました。


「そ、それが、さっきからいくら呼び掛けても、奥様から一向に返事がないのです……。眠りの浅い方なので、今までこんなことは一度もなかったのですが……」

「なにィ!? 貸してみい!」


 エラさんはドアノブをガチャガチャと回して鍵が掛かっていることを確認すると、思い切りドアを叩き始めました。


「オォイ、厚化粧のオバハン!! 寝てるんかぁ!? 起きとるなら、返事せんかい!!」

「な、何をッ!?」


 突然のエラさんの暴言に、カミルさんの顔が青ざめます。

 ですが、依然として室内からの返答はありません。

 ……これは。


「お客様、どうなさいましたか!?」


 その時でした。

 騒ぎを聞きつけた客室乗務員のモニカさんが、慌てた様子で駆けて来ました。


「この個室の中にいる厚化粧のオバハンが、いくら呼び掛けても起きてけえへんのや。――こりゃ、中で死んでるかもしれへんで」

「「「――!」」」

「そ、そんな!? い、今、マスターキーを持って参ります!」


 モニカさんは急ぎ足で、スタッフルームのほうへと消えて行きました。

 中で……死んでいる!?

 そんなまさかと思う一方で、わたくしの中の嫌な予感は、どんどんと膨らんでいきます……。




「お、お待たせいたしました!」


 程なくして、マスターキーを持ったモニカさんが戻って来ました。


「お客様! 緊急のため、鍵を開けさせていただきます!」


 一応室内に向けて断ってから、鍵を開けるモニカさん。


「失礼いたします!」


 ドアを開けたモニカさんが、一人で室内に入りました。

 ――すると。


「きゃあああああああああ!!!」

「「「――!?」」」


 室内からモニカさんの悲鳴が――!

 ――くっ!


「ごめんあそばせ!」


 わたくしは人垣を搔き分けて、室内に入りました。

 そこには――。


「……なっ」


 自らの心臓にナイフを突き刺して、虚ろな表情をしている男爵夫人が、ベッドに横たわっていたのです――。

 これは――!

 咄嗟に室内を見回すと、わたくしたち以外に人影はないようでした。

 一つしかない窓の鍵も掛かっておりますし、テーブルの上には、この部屋の鍵と思われるものが置かれています。


「ああ……! そんな……!! 奥様ぁあああ!!!」


 男爵夫人の遺体を目にしたカミルさんが、頭を搔き毟りながら絶叫しました。

 ――わたくしは最近ミステリー小説も読んでますので、こういう状況を何と呼ぶか知っていますわ。

 これこそは――。


「……密室ですね」


 極めて冷静なお顔で、ラース先生がそう呟かれました。

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