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第12話:批評ですわ!

「ラ、ラース先生、よろしくお願いしますわ」

「はい、拝見します」


 今日はわたくしもラース先生も非番だったので、わたくしがラース先生の『光への逃走』を読んだ際に訪れた、お洒落なテラスカフェに二人で来ておりますわ。

 そこでわたくしはラース先生に、この一週間、文字通り寝る間も惜しんで書いた短編小説をラース先生に批評してもらうことになったのです。

 ラース先生から、練習がてらまずは2万文字くらいの短編を書くことを提案されたので、試しに書いてみたのですが、まさか小説を書くというのが、こんなに大変なことだったなんて……!

 いざ書くとなると、書きたいことがあまりにも多すぎて、2万文字に纏めるのが本当に大変でした。

 ですが、魂を込めて書いただけあり、ハッキリ言ってかなりの自信作に仕上がりましたわ!

 きっとこれならラース先生も、太鼓判を押してくださるはず……!


「ふむ」


 メガネをクイと上げて、真剣なお顔でわたくしの原稿を見つめるラース先生。

 嗚呼、ラース先生のこのメガネを上げる動作、萌えますわぁ。


「……!」


 その時でした。

 原稿を読み始めたラース先生の表情が、にわかに険しくなりました。

 ラ、ラース先生……?


「……うぅむ」


 その後も顎に手を当てながら、黙々と原稿を読み進めていくラース先生。

 こ、これは……。

 あまりにも重苦しい沈黙に、わたくしは時間の流れが無限に感じられました。




「……拝見しました」

「……!」


 一口も口をつけていない紅茶が、すっかり冷めてしまった頃。

 ラース先生はわたくしの原稿を綺麗に揃えながら、そう仰いました。

 ゴ、ゴクリ……。


「そ、それで……、わたくしの作品は、どうでしたでしょうか?」

「……改めて確認させていただきますが、ヴィクトリア隊長は、プロの小説家を目指されてるんですよね?」

「え?」


 ラース先生?


「は、はい、もちろんですわ! わたくしの夢は、ラース先生のような、偉大な小説家になることですわ!」

「承知しました。では、僕も心を鬼にして指摘させていただきますが――ハッキリ申し上げて、これでは全然ダメです」

「――!」


 そんな――!!


「ど、どこがダメだったのでしょうか……?」

「そうですね、いろいろとあるのですが」


 いろいろとあるのですかッ!?


「一番マズいのは、この冒頭部分です」

「冒頭……!?」


 バカな……!

 冒頭は、特に気合を入れて書いた箇所ですのに……!

 わたくしはラース先生から返された原稿の、冒頭部分を再度読み返します。







 時はウェドム歴1638年。ウェドムントから放出されるウェドム因子によって、世界中でウェドガルダーが覚醒し、第一次ウェドガルダー大戦が勃発。世界は混沌に包まれた。ウェドロシュテインの第一王女であるウェッドは、ウェドバースとしてウェドリュートを駆り、ウェードローズを目指していた。物語は、ウェッドがウェドシュンタールで、ウェドバーサーである、ウェードと出会うところから始まる――。







「こ、これのどこがマズかったのでしょうか?」

「そうですね、一言で言うなら、固有名詞が多すぎます」

「固有名詞……!」

「はい、あと、最初に世界観の説明から入るのは悪手なので、避けたほうが無難です」

「そんな……!? でも、この世界観、わたくしなりに一生懸命考えたのですわ! とても思い入れのある世界観なのです! ですから読者のみなさんにも、この世界観を是非共有していただきたいのですわ!」

「はい、そのお気持ちは僕も痛いほどよくわかります。――ただ、残念ながら大半の読者というのは、世界観には然程興味はないものなのです」

「…………なっ」


 ラース先生からのあまりに残酷な一言に、わたくしは目の前が真っ暗になります。

 世界観に……興味が、ない……?

 わたくしがこんなに心血を注いで創り上げた、この世界観、に……?


「しかも本作については、固有名詞がどれも似通っているうえ、それに対する説明が一切ないので、内容がまったく頭に入ってきません。おそらく9割以上の読者が、この冒頭部分で脱落することでしょう」

「あ……あぁ……」


 ほとんどの読者が、読んですらくれない……?

 わたくしの目の前の風景が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくような感覚がしました。


「……でも、わたくしは読んでもらいたいのです。……わたくしが一生懸命考えたこの世界観を、たくさんの読者に認めてもらいたいのです」

「――それは、作者の我儘というものですよ」

「――!」


 ラース先生は幼子を諭す親のような、優しく静かな声で、そう仰いました。

 ラ、ラース先生……。


「いいですか、プロの作家というのは、あくまで読者を楽しませるのが仕事なのです。読者を楽しませた対価として、お金をいただくわけです。そういう意味ではレストランと同じです。お客さんが美味しいと感じる料理を提供して、その代価をいただく。それなのに、もしもお客さんが料理を食べる前に、シェフがその料理に対する説明を延々何十分もするようなレストランがあったらどうなるでしょうか? たちまち閑古鳥が鳴いて、お店は潰れてしまうことでしょう」

「……あぁ」


 ……それは、そうかもしれませんが。


「では、わたくしはこの世界観を、全て捨てなくてはならないのでしょうか?」


 そうして読者が求めるものだけを提供する。

 ――そんなの、もうただの文字書きマシーンではありませんか!


「いえ、捨てる必要はありません」

「……え?」


 ラース先生???


「僕は、見せ方を工夫するべきだと言いたいのです」

「見せ、方……?」

「はい、さっきはああ言いましたが、僕は、こだわりを持つこと自体はとても良いことだと思っています」

「――!」


 ラース先生……!


「こだわりがあるからこそ、作品に魂が宿る。そういった作品のほうが、読者の胸に深く刺さる傾向にあります。――ただし、読者がストレスなく読み進められるように、順路を整えてあげる必要はあります」

「順路……ですか」

「本作でいうなら、冒頭の世界観の説明は全て後回しにし、ウェッドとウェードが出会うシーンから始めてもいいと思います。本作はあくまで恋愛小説なのですから、ヒロインとヒーローが出会うシーンこそが、まず読者が読みたいものだからです」

「な、なるほど」

「ただし、全体的に固有名詞はもう一度考え直すことをお勧めします。今はあまりにもどれも似通いすぎていて、目が滑るからです」

「ふむふむ」

「まずは最初に読者の興味を引くシーンを出して、世界観の説明はその都度小出しにする。むしろ、ストーリーの本筋に関係のない設定は、極力出さないほうが無難です」

「――!」

「本作でいうなら、このウェドバースとウェドバーサーの設定が、完全に死に設定になってしまっています。この設定は無くてもストーリーが成立するので、思い切って削除するのも手かもしれません」

「あ……確かに」


 世界観を考えている時は、テンションが上がっていろいろと詰め込みましたが、言われてみればウェドバースとウェドバーサーは、まったく必要ありませんでしたわね……。

 こういうことは、第三者の目線でないと、なかなか気付けないものですわ。


「ただでさえ、2万文字という限られた文字数しかないのですから、不要なものは極力出さないのが基本です。――もちろん一流の作家は、それでも敢えて無駄なものを出して、作品に奥行きを持たせたりもするのですが、初心者のヴィクトリア隊長には、それはまだ早いです。まずは基本に忠実に。剣術と一緒ですよ」

「はい! 承知しましたわ!」


 確かに剣術の世界も、基礎が何より大事ですものね!

 よーし、やる気が出てきましたわよおおおおお!!!


「参考になりそうな本を、僕のほうでいくつか見繕っておきました」

「……え?」


 ラース先生はおもむろに、テーブルの上に本を並べました。

 ふおっ!?


「正直ヴィクトリア隊長は、まだまだ圧倒的に読書量が足りていないです。まずはインプットから始めましょう。特にこの、エミル・クレーデル先生の本は、僕が小説家を志すキッカケになった作品でして。基本に忠実で、とても読みやすい作風にもかかわらず、今まで誰も思いつかなかったような斬新なオチが毎回待っているので、小説としての一つの到達点だと思っています!」


 ラース先生は憧れのヒーローについて語る、少年のようなキラキラした瞳をしてらっしゃいます。

 嗚呼、そのエミル先生は、きっとわたくしにとってのラース先生のような方ですのね。


「フフ、では、大事に読ませていただきますわ」

「はい、これで足りなかったら、まだまだうちには数千冊の本があるので、いくらでも持って来ますよ」


 そんなに……!?

 ラース先生はプロになるまでに、それだけの数の小説を読んできたということですのね……。

 ……小説家への道は、長く険しいものですわぁ。

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