「ようこそゲロルト君、アメリーさん。ボクが第二部隊隊長の、ブルーノ・ゲープハルトだ。こちらは副隊長のイルメラ」
「イルメラ・リリエンタールです。どうぞよろしく」
「あっ、ゲロルト・ヒルトマン……です。よろしく……お願いします」
「アメリー・ハーニッシュです。よろしくお願いいたします」
思いの外あっさり異動願いは受理され、今日から僕とアメリーは第二部隊の所属となった。
第二部隊隊長のこのブルーノという男は、曲者揃いの隊長の中では、大人しくて前から懐柔しやすそうだと思ってたから、第二部隊に入れたのはラッキーだ。
ここなら僕の権力を活かして、いずれ僕が隊長の座に収まることも十二分に可能だろう。
ただ、確かブルーノは平民出身だったはず。
だというのに、いくら
一応立場上敬語を使ってやるが、今に見てろよ。
それからこのイルメラというメガネ女。
顔はまあまあの美人だが、如何せん性格がカタそうでいただけない。
所謂委員長タイプってやつだな。
やはり女は、アメリーみたいに従順で可愛げがないと。
「うんうん、ところでゲロルト君、君は騎士団員にとって一番大事なことは、何だと思う?」
「え? 一番大事なこと……ですか」
何だよ急に。
うーん、ここは何と答えるのが正解だ?
「えーと、国民の安全と平和を守ること……ですかね?」
「うん、模範解答だね。だが、国民の安全と平和を守るためには、大前提として、もっと守らなくてはいけないものがある。――それは、『ルール』だよ」
「はあ」
「ルールを守ることこそが、騎士団員にとって何よりも大事なことなんだ。そもそもみんながみんなルールを守って生きていれば、犯罪など起こらないはずなんだ。ルールを破る人間がいるから、平和が乱れる。だからボクたち騎士団員は、ルールを破る人間を決して許してはいけないんだよ。――たとえそれが、同僚だったとしてもね。わかるかい?」
「あ、はい、何となくは」
何だコイツ。
思ってたよりはメンドクサそうな性格してやがるな。
イルメラが委員長タイプだとしたら、コイツは生徒会長タイプってところか。
ある意味お似合いのコンビだな。
「も、申し訳ありませんッ!!」
「っ!?」
その時だった。
全身汗だくで真っ青な顔をした平隊員風の男が、ハァハァ息を切らせながら詰所に入って来た。
「おやおや、42分も遅刻してるじゃないか」
ブルーノは左手の腕時計を確認しながら、溜め息を零す。
「いつも言っているだろう? 騎士団員にとって何よりも大事なことは、ルールを守ることだと」
「ヒイイイイイイイ!?!?」
平隊員は、死刑を宣告された被告人のような顔になった。
な、なんでコイツ、たかが遅刻したくらいで、こんなに怯えてるんだ……?
「ルールを破った者には、相応の罰を与えなくてはね。でないと、平和が乱れる」
「お、お慈悲ををををを!!!」
ブルーノは腰に下げていた鞭を右手で持つと、それで自らの影を叩いた。
「悪意の数だけ罪は増し
罪の数だけ鎖は増し
鎖の数だけ未来は減る
――拘束魔法【
「うわあああああああ!?!?」
「――!!」
ブルーノの影から、夥しい数の黒い鎖のようなものが生えてきて、それが平隊員の手足をガチガチに拘束した。
な、なんだこの不気味な魔法は!?
「42分の遅刻だから、42回ってところだね」
「お、お許しををををを!!!」
「――1」
「があっ!?」
「――!?」
ブルーノが鞭で、平隊員の身体を鎧の上から思い切り叩いた。
鎧を着てれば鞭なんて然程痛くはないと思うのだが、平隊員は断末魔のような悲鳴を上げた。
ど、どういうことだ……?
「ああ、ボクのこの【
「……なっ」
ブルーノが僕の疑問を察したのか、笑顔で解説した。
なんだそのチート武器は!?
この強力な拘束魔法と合わせれば、どんな相手も一方的に蹂躙できるじゃないか!
……クソッ、完全にコイツを舐めてた。
伊達に隊長の座に収まってるわけじゃないらしいな。
下手したら、【
「さて、あと41回だ。よーく自分の罪を噛みしめたまえよ」
「ああああああああ!!!」
「――2、3、4、5」
「ぐあっ!? ああっ!? ごめ!! たすっ!!」
極めて機械的に、淡々と鞭を打つブルーノ。
マ、マジで42回も鞭で打つのかよ……。
たかが遅刻で、いくら何でもやりすぎだろ……。
ブルーノが鞭を打つたび、平隊員の鎧にじわじわと血が滲んでいく。
「――30、31、32、33」
「あ……、やめ……、おね……、が……」
平隊員はガクガクと痙攣し、今にも死にそうな顔になっている。
う、うわぁ……。
「――40、41、42。はい終わり。さあ、これで君も、自分の犯した罪の重さがよくわかっただろう?」
「あ…………う……」
ブルーノが【
これって、僕も遅刻したら、その分だけ鞭で打たれるってことなのか……!?
名門伯爵家の嫡男であるこの僕が……!
「お待たせしたね、ゲロルト君、アメリーさん。今日の
「は……はい」
「はい」
もしかして僕、異動失敗した……?
それにしても、こんな
「さあ、着いた」
第二部隊の一団がやって来たのは、王都の南西にあるキョーハ地区。
ここは数年前に疫病が流行った際に、全住民が立ち退きを余儀なくされて以来廃墟になっているのだが、こういう場所には得てして犯罪者や魔獣等が潜んでいる可能性が高いため、定期的に騎士団が見回りしているのだ。
「これが各隊員の割り振りだ。この通りに、キッチリ見回りをするように」
「「「はい!」」」
「ゲロルト君、これが君の分だ」
「あ、はい」
ブルーノから渡された割り振り表を見ると、僕の担当箇所は5丁目全体になっていた。
うへぇ、この範囲を全部見なきゃいけないのかよ。
こりゃ、軽く2時間は掛かるぞ……。
「もしも何かあれば、各自笛で応援を呼ぶように。では、解散」
「「「はい!」」」
「ゲロルト様、頑張ってくださいね」
アメリーが天使のような笑顔で僕にエールを送ってくれる。
嗚呼、アメリー!
救護班のアメリーはこの集合場所で待機なので、暫くの間アメリーとも離れ離れだ。
「どうか僕が無事戻ることを、祈っていておくれアメリー。君の加護があれば、僕は無敵だから、さ」
アメリーの手をギュッと握り、キメ顔でそう言う僕。
フッ、決まったな!
「はい! ゲロルト様ならきっと大丈夫だって、信じています!」
はい天使。
はい可愛い。
よーし、アメリーのためにも、見回り頑張っちゃうぞお!
「……ハァ」
が、15分も歩いたら、早速飽きてしまった。
こんな何の面白味もないただの廃墟を一人で見回るとか、それこそ拷問だろ。
どうせ犯罪者や魔獣なんかいるわけないんだから、見回るだけ無駄無駄。
何だかバカらしくなってきたな。
そもそも僕は、将来父上から爵位を継ぐための箔付けとして騎士団に所属してるに過ぎない。
本来こんなに、真面目に騎士の仕事をする義務はないんだ。
「よし、ちょっと休憩するか」
僕は目の前にあった民家の扉を開けた。
この家にはそれなりの金持ちが住んでいたらしく、リビングには高価なソファやテーブルが、埃を被って佇んでいた。
ふむ、ちょうどいい。
僕はソファの埃を手で払い、そこに腰掛けた。
ほほう、座り心地は悪くないな。
ここに来るまでも結構歩いたし、何だか眠くなってきた。
少しだけ……少しだけ…………ね…………。
「はうあっ!?」
あれ!?
僕、完全に寝ちゃってた!?
慌てて父上に買ってもらった高級腕時計を確認すると、あれから2時間近く経っていた。
ヤ、ヤバい……!
急いで戻らないと!
「た、只今戻りました!」
息を切らせながら走って集合場所まで戻ると、まだ半分くらいの隊員しか戻っていなかった。
よ、よかった……。
僕が最後じゃなくて。
「お疲れ様でしたゲロルト様。はい、これどうぞ」
天使の笑みを浮かべたアメリーが、レモン水を差し出してくれた。
嗚呼、アメリー!
「ありがとう、いただくよ、君の愛情が込められた、このレモン水を、ね」
僕はキメ顔でレモン水を受け取り、それを一思いに飲む。
くうぅ、仕事の後のレモン水はキくぜ!
「お疲れ様、ゲロルト君。異常はなかったかい?」
今度はブルーノが、悪魔を彷彿とさせるような笑顔で訊いてくる。
あわわ!?
ど、どうする!?
正直に寝てたって言うか……?
いや、それはダメだ……!
そんなことしたら、何発鞭で叩かれるか……。
――よし、ここは。
「あ、はい! くまなく見回りましたが、特に異常はありませんでした!」
これで押し通すしかない!
どうせ異常なんかなかったに決まってるんだからな。
「「「――!!」」」
その時だった。
ピィーというけたたましい笛の音が、
そ、そんな、バカな……!
「おや? 5丁目で何かあったみたいだね。5丁目は君の担当だったよね、ゲロルト君。ちょっと確認してきてもらえるかい?」
「あ、は、はいッ!」
クソッ、マジかよ……!?
頼むから、何かの間違いであってくれよ……!
僕は神に祈りながら、急いで音のしたほうへ駆け出した。
「オラ、大人しくしろよ」
「チッ、わーってるよ」
「――!」
僕が音のしたと思われる場所に着くと、そこには一人の平隊員が、やたら目付きの悪い男を拘束しているところだった。
この男、どこかで見たことがある……。
――あっ、そうだ!
最近指名手配されている、連続窃盗犯じゃないか!
「あっ、お前、今日から配属になった新人だな!? こいつがこの建物の裏に潜んでたんだ。ちゃんと見回りしたのか? 俺がたまたま通り掛からなかったら、見逃すところだったんだぞ!」
平隊員が鬼のような形相で怒鳴ってくる。
クッ……!
「あ、はい! さっき僕が見回った時には、いませんでした!」
「あぁ? いや、俺はずっとここにいたけど、誰も通らなかったぞ」
窃盗犯がしれっとそう言う。
テメェエエエエエ!!!!
余計なこと言うんじゃねえええええ!!!!
「どういうことなのかな、これは?」
「――!!!」
こ、この声は……!!
「あ、ブルーノ隊長、お疲れ様です! 見てください、指名手配中の連続窃盗犯を捕まえました!」
平隊員がキラキラした瞳で僕の後方を見ながら、そう主張した。
全身に冷や汗をかきながらゆっくり振り返ると、そこには悪魔のような笑顔を浮かべたブルーノが、腕を組んで立っていた。
ヒイイイイイイイイイ!?!?
何故ここにブルーノが!?!?
「心配になって念のため見に来たら、こんなことになっているとはね。――ボクは悲しいよゲロルト君」
「いや、あの、これは、その……」
ブルーノがおもむろに【
どうすればいい……!?
どうすればこのピンチを切り抜けられる……!?
「君が仕事をサボっていたこともそうだが、それ以上に君が噓をついて誤魔化そうとしたことがボクは悲しい。――噓をつくことは、この世で最も重いルール違反だ。君には相当の罰を与えなくてはね」
ブルーノは【
「悪意の数だけ罪は増し
罪の数だけ鎖は増し
鎖の数だけ未来は減る
――拘束魔法【
「うわあああああああ!?!?」
ブルーノの影から、夥しい数の黒い鎖のようなものが生えてきて、それが僕の手足をガチガチに拘束した。
「クッ! こ、こんなことをして許されるとでも思っているのか、この平民風情がッ!! 僕はあの、ヒルトマン伯爵家の嫡男だぞッ!! 僕を傷付けたら、僕の父上が黙ってないぞッ!!」
「だが
「ヒィ……!?」
ブルーノの目には、まるで害虫を駆除する前の業者のように、何の感情も乗っていない。
今のブルーノは、僕を害虫としか思っていないんだ……!!
「さて、君は2時間仕事をサボっていたわけだから、2時間は120分。つまり君には、120回鞭を打たなくてはね」
「ひゃ、120回……!?」
そんなに打たれたら、あまりの痛みでショック死してしまうかもしれない……!!
た、助けて……。
誰か……誰か助けてくれ……!!
「うわあああああああああああああ!!!!」
「――1」
「ぎゃああっ!!?」
【
こ、こんなのをあと119回も受けたら、マジで死んでしまう……!
「さあ、しっかりと自分の罪を噛みしめたまえよ。――2」
「がああああッッ!!!」
ぼ、僕が……!
僕が何をしたっていうんだあああああ!!!!