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第9話:嫌いですわ!

「アラアラアラ、もう終わり? これがショーだったら、観客からブーイングが起きるところよ」


 アンネリーゼ隊長が頬杖をついたまま、やれやれといった顔をされます。


「それは残念でしたわね。次からはもう少し、腕の立つ演者をご用意することをオススメいたしますわ」

「アラアラアラ、それじゃまるで、私の可愛い【バニーテン】が大根役者みたいな言い草じゃない」


 みたいも何も、まさにその通りだと思うのですが。

 【バニーテン】のみなさんは決して弱くはなかったですが、それでもわたくしとの間には、相当な実力差があったことは事実ですし。


「これでも【バニーテン】はしっかりと、のよ?」

「――!」


 どういうことです……?


「ま、負け惜しみはやめてください! この勝負は、ヴィクトリア隊長の圧勝だったんですから!」


 途端、レベッカさんがアンネリーゼ隊長に喰って掛かります。


「ええ、確かに勝負は【武神令嬢ヴァルキュリア】の勝ちよ。――でもね、私の本当の目的は、【武神令嬢ヴァルキュリア】のを知ることだったのよ」

「「――!」」


 ……そういうことですか。


「それで、ご感想は?」

「ウフフ、確かにアナタは魔力なしでも呆れるほど強いわ、【武神令嬢ヴァルキュリア】。――でも、、アナタよりも強い人間は何人かいる。例えばこのエーミールとかね」

「いえいえお嬢様、私など、ヴィクトリア隊長の足元にも及びませんよ」


 その時でした。

 どこからともなく、モノクルを掛けたバニーガール姿のイケメンが現れ、アンネリーゼ隊長の真横に立ったのです。

 第五部隊の副隊長を務めている、エーミール副隊長ですわ。

 エーミール副隊長は、ローゼンシュティール家ではアンネリーゼ隊長の専属執事も務めている、まさに右腕そのもの。

 ……なるほど、確かにこの方なら。


「ヒイイイイイイイ!?!?」


 エーミール副隊長を目の当たりにしたレベッカさんが、またしても自身の鳥肌をさすりながら悲鳴を上げます。

 うん、モノクルを掛けたバニーガール姿のイケメンというのも、意味がわからなすぎて寒気がしますわよね。


「そこまで仰るなら、今ここでどちらの剣の腕が上か、白黒つけましょうか?」


 わたくしは木剣の切っ先を、エーミール副隊長に向けます。


「アラアラアラ、【武神令嬢ヴァルキュリア】はこう言ってるけど、どうするエーミール?」

「いえいえご冗談を。私程度の腕で、あの【武神令嬢ヴァルキュリア】様に敵うはずがないではありませんか」


 エーミール副隊長はハハハと乾いた笑いを浮かべながら、両手を軽く上げて降参のポーズを取ります。

 ……フム、どうもこの方は前から、イマイチつかみどころがないんですわよね。


「ウフフ、まあいいわ。なかなか面白いものが観れたし、今日のところはこのくらいで許してあげる」


 先ほどは、「これがショーだったら、観客からブーイングが起きる」と仰ってましたけどね?

 まったく、アンネリーゼ隊長もエーミール副隊長同様、つかみどころがありませんわ。

 従者は主に似るのでしょうか?


「それはどうも。では、こちらは返していただきますわね」


 わたくしはアンネリーゼ隊長の足元に置かれていた、【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】を手に取り、左右の腰に差します。

 ウム、一度手放そうとしておいて何ですが、やはりこれが腰にあったほうがしっくりきますわね。


「あと、約束通りラース先生は、本日付けで第三部隊に転属とさせていただきます。よろしいですわね?」

「アラアラアラ、とっても残念なことだけれど、約束だものね。特別に許可しましょう。後で手続きはしておくわ」


 アンネリーゼ隊長は頬杖をついたまま、上から目線でそう仰います。

 何故勝負に負けた側が、そんなに偉そうなのです?


「ア、アンネリーゼ隊長! 短い間でしたが、大変お世話になりました!」


 ラース先生がアンネリーゼ隊長に、深く頭を下げます。


「ラースくん、確かラースくんの亡くなった妹さんの名前は、アンネさんだったわよね?」

「……! 何故それを……」


 アンネリーゼ隊長からの不意の一言に、ラース先生は大きく目を見開きながら顔を上げました。

 アンネリーゼ隊長のことですから、ラース先生が第五部隊に入隊する際に調べさせたのでしょうが、何故このタイミングでそんな話題を出したのかが謎ですわね。


「アラアラアラ、偶然ね。私の名前とそっくりだわ」

「――!」


 ……まあ、確かに。

 だったら何だというのです?


「ウフフ、第五部隊が恋しくなったら、いつでも帰って来ていいのよ、

「……なっ」


 こ、この人は……!!


「……し、失礼します」


 ラース先生は目元に浮かんだ涙をぐっと堪えながら、早足で訓練場から出て行かれました。


「ラース先生!」


 慌ててわたくしもラース先生を追います。


「ヴィ、ヴィクトリア隊長! 私をこんなところに置いていかないでくださいよぉ! ヒィ!?」


 レベッカさんが足元に転がっている【バニーテン】のみなさんの死骸(おっと、死んではおりませんでしたわ)に怯えながら、わたくしについて来ます。


「ウフフ、アナタも私に会いたくなったら、またいつでも来ていいのよ、【武神令嬢ヴァルキュリア】」


 アンネリーゼ隊長がわたくしの背中に湿度のある視線を向けながら、そう仰いました。

 誰が会いたくなるものですか!

 やっぱりわたくしは、あなたのことが嫌いですわッ!




「ラース先生!」

「……! ヴィクトリア隊長……」


 訓練場を出たところでポツンと一人佇んでいたラース先生に、声を掛けます。


「ハハ、すいません、情けないところを見せちゃいましたね」


 ラース先生は目元の涙をゴシゴシと拭いました。

 ラース先生……。


「いえ、あんなことを言われたら、誰だって動揺してしまうのが当たり前ですわ。まったく、アンネリーゼ隊長も、本当に人が悪いのですから」

「ハハハ……。でも、ああ見えて、人望が厚い方なんですよ」


 そうなんですわよねぇ。

 【バニーテン】のみなさんもそうですが、やたら多くの人から崇拝されてるんですわよね、あの方。

 世の中って、そんなにドMが多いのでしょうか?

 それとも、怪しい薬で洗脳しているとか……?

 ……まさか、【魔神の涙】を流しているのは――!

 いやいやいや、流石にそれはないですわよね?


「あ、あの、ラースさんて、妹さんを亡くされてるんですか……?」


 レベッカさんが恐る恐るといった様子で、ラース先生に尋ねます。


「……はい。2年前に【魔神の涙】の被害に遭って、妹と両親を亡くしました」

「――!」

「僕が騎士団に入ったのは、【魔神の涙】を流している組織を潰して、二度と妹と両親のような被害者を出さないためです」

「……そうだったんですか」


 レベッカさんは、両手の拳をギュッと握り込んで、小さく震わせました。

 レベッカさんも、でお姉様を亡くされてますからね……。

 ラース先生のお気持ちがよくわかるのでしょう。


「第三部隊副隊長の、レベッカ・アイブリンガーです。私はあなたを第三部隊に歓迎します、ラースさん」


 レベッカさんは右手をラース先生に差し出しました。


「あ、ありがとうございます! ラース・エンデです。精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いします、レベッカ副隊長!」


 ラース先生はレベッカさんと握手を交わしました。

 うんうん、上手くいきそうでよかったですわぁ。


「た・だ・し、あくまで副隊長は私です! つまりヴィクトリア隊長の右腕はこの私ッ! ヴィクトリア隊長に一番近しい存在なのは、私だということは忘れずにッ!」


 お、おや??

 途端に暗雲が立ち込めましたわ??


「……! ふふ、ですが、僕はヴィクトリア隊長の小説の師匠です。ヴィクトリア隊長との心の距離は、僕のほうが近いと言えるのではないでしょうか?」


 ラース先生まで!?


「ハアアアア!?!? いい度胸じゃないですかッ!? 第三部隊の訓練は、第五部隊ほど甘っちょろくはないですからね!? 精々覚悟しておりてくださいねッ!」

「ふふふ、望むところですよ」


 二人は握手している手にギリギリと力を込めながら、睨み合っています。

 け、喧嘩はやめてくださいまし~~~~。

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