「アラアラアラ、もう終わり? これがショーだったら、観客からブーイングが起きるところよ」
アンネリーゼ隊長が頬杖をついたまま、やれやれといった顔をされます。
「それは残念でしたわね。次からはもう少し、腕の立つ演者をご用意することをオススメいたしますわ」
「アラアラアラ、それじゃまるで、私の可愛い【バニーテン】が大根役者みたいな言い草じゃない」
みたいも何も、まさにその通りだと思うのですが。
【バニーテン】のみなさんは決して弱くはなかったですが、それでもわたくしとの間には、相当な実力差があったことは事実ですし。
「これでも【バニーテン】はしっかりと、
「――!」
どういうことです……?
「ま、負け惜しみはやめてください! この勝負は、ヴィクトリア隊長の圧勝だったんですから!」
途端、レベッカさんがアンネリーゼ隊長に喰って掛かります。
「ええ、確かに勝負は【
「「――!」」
……そういうことですか。
「それで、ご感想は?」
「ウフフ、確かにアナタは魔力なしでも呆れるほど強いわ、【
「いえいえお嬢様、私など、ヴィクトリア隊長の足元にも及びませんよ」
その時でした。
どこからともなく、モノクルを掛けたバニーガール姿のイケメンが現れ、アンネリーゼ隊長の真横に立ったのです。
第五部隊の副隊長を務めている、エーミール副隊長ですわ。
エーミール副隊長は、ローゼンシュティール家ではアンネリーゼ隊長の専属執事も務めている、まさに右腕そのもの。
……なるほど、確かにこの方なら。
「ヒイイイイイイイ!?!?」
エーミール副隊長を目の当たりにしたレベッカさんが、またしても自身の鳥肌をさすりながら悲鳴を上げます。
うん、モノクルを掛けたバニーガール姿のイケメンというのも、意味がわからなすぎて寒気がしますわよね。
「そこまで仰るなら、今ここでどちらの剣の腕が上か、白黒つけましょうか?」
わたくしは木剣の切っ先を、エーミール副隊長に向けます。
「アラアラアラ、【
「いえいえご冗談を。私程度の腕で、あの【
エーミール副隊長はハハハと乾いた笑いを浮かべながら、両手を軽く上げて降参のポーズを取ります。
……フム、どうもこの方は前から、イマイチつかみどころがないんですわよね。
「ウフフ、まあいいわ。なかなか面白いものが観れたし、今日のところはこのくらいで許してあげる」
先ほどは、「これがショーだったら、観客からブーイングが起きる」と仰ってましたけどね?
まったく、アンネリーゼ隊長もエーミール副隊長同様、つかみどころがありませんわ。
従者は主に似るのでしょうか?
「それはどうも。では、こちらは返していただきますわね」
わたくしはアンネリーゼ隊長の足元に置かれていた、【
ウム、一度手放そうとしておいて何ですが、やはりこれが腰にあったほうがしっくりきますわね。
「あと、約束通りラース先生は、本日付けで第三部隊に転属とさせていただきます。よろしいですわね?」
「アラアラアラ、とっても残念なことだけれど、約束だものね。特別に許可しましょう。後で手続きはしておくわ」
アンネリーゼ隊長は頬杖をついたまま、上から目線でそう仰います。
何故勝負に負けた側が、そんなに偉そうなのです?
「ア、アンネリーゼ隊長! 短い間でしたが、大変お世話になりました!」
ラース先生がアンネリーゼ隊長に、深く頭を下げます。
「ラースくん、確かラースくんの亡くなった妹さんの名前は、アンネさんだったわよね?」
「……! 何故それを……」
アンネリーゼ隊長からの不意の一言に、ラース先生は大きく目を見開きながら顔を上げました。
アンネリーゼ隊長のことですから、ラース先生が第五部隊に入隊する際に調べさせたのでしょうが、何故このタイミングでそんな話題を出したのかが謎ですわね。
「アラアラアラ、偶然ね。私の名前とそっくりだわ」
「――!」
……まあ、確かに。
だったら何だというのです?
「ウフフ、第五部隊が恋しくなったら、いつでも帰って来ていいのよ、
「……なっ」
こ、この人は……!!
「……し、失礼します」
ラース先生は目元に浮かんだ涙をぐっと堪えながら、早足で訓練場から出て行かれました。
「ラース先生!」
慌ててわたくしもラース先生を追います。
「ヴィ、ヴィクトリア隊長! 私をこんなところに置いていかないでくださいよぉ! ヒィ!?」
レベッカさんが足元に転がっている【バニーテン】のみなさんの死骸(おっと、死んではおりませんでしたわ)に怯えながら、わたくしについて来ます。
「ウフフ、アナタも私に会いたくなったら、またいつでも来ていいのよ、【
アンネリーゼ隊長がわたくしの背中に湿度のある視線を向けながら、そう仰いました。
誰が会いたくなるものですか!
やっぱりわたくしは、あなたのことが嫌いですわッ!
「ラース先生!」
「……! ヴィクトリア隊長……」
訓練場を出たところでポツンと一人佇んでいたラース先生に、声を掛けます。
「ハハ、すいません、情けないところを見せちゃいましたね」
ラース先生は目元の涙をゴシゴシと拭いました。
ラース先生……。
「いえ、あんなことを言われたら、誰だって動揺してしまうのが当たり前ですわ。まったく、アンネリーゼ隊長も、本当に人が悪いのですから」
「ハハハ……。でも、ああ見えて、人望が厚い方なんですよ」
そうなんですわよねぇ。
【バニーテン】のみなさんもそうですが、やたら多くの人から崇拝されてるんですわよね、あの方。
世の中って、そんなにドMが多いのでしょうか?
それとも、怪しい薬で洗脳しているとか……?
……まさか、【魔神の涙】を流しているのは――!
いやいやいや、流石にそれはないですわよね?
「あ、あの、ラースさんて、妹さんを亡くされてるんですか……?」
レベッカさんが恐る恐るといった様子で、ラース先生に尋ねます。
「……はい。2年前に【魔神の涙】の被害に遭って、妹と両親を亡くしました」
「――!」
「僕が騎士団に入ったのは、【魔神の涙】を流している組織を潰して、二度と妹と両親のような被害者を出さないためです」
「……そうだったんですか」
レベッカさんは、両手の拳をギュッと握り込んで、小さく震わせました。
レベッカさんも、
ラース先生のお気持ちがよくわかるのでしょう。
「第三部隊副隊長の、レベッカ・アイブリンガーです。私はあなたを第三部隊に歓迎します、ラースさん」
レベッカさんは右手をラース先生に差し出しました。
「あ、ありがとうございます! ラース・エンデです。精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いします、レベッカ副隊長!」
ラース先生はレベッカさんと握手を交わしました。
うんうん、上手くいきそうでよかったですわぁ。
「た・だ・し、あくまで副隊長は私です! つまりヴィクトリア隊長の右腕はこの私ッ! ヴィクトリア隊長に一番近しい存在なのは、私だということは忘れずにッ!」
お、おや??
途端に暗雲が立ち込めましたわ??
「……! ふふ、ですが、僕はヴィクトリア隊長の小説の師匠です。ヴィクトリア隊長との心の距離は、僕のほうが近いと言えるのではないでしょうか?」
ラース先生まで!?
「ハアアアア!?!? いい度胸じゃないですかッ!? 第三部隊の訓練は、第五部隊ほど甘っちょろくはないですからね!? 精々覚悟しておりてくださいねッ!」
「ふふふ、望むところですよ」
二人は握手している手にギリギリと力を込めながら、睨み合っています。
け、喧嘩はやめてくださいまし~~~~。