「ごきげんよう」
「し、失礼します」
「っ!? ヴィクトリア隊長!?」
突如レベッカさんと共に第五部隊の詰所に入って来たわたくしを見て、ラース先生がメガネの奥の目を見開きました。
ウフフ、ラース先生には
「アラアラアラ、これはこれは【
玉座のような豪奢な椅子に左手で頬杖をついてふんぞり返っている、第五部隊隊長のアンネリーゼ隊長が、わたくしに湿度のある視線を向けます。
アンネリーゼ隊長は筆頭公爵家であるローゼンシュティール家のご令嬢で、騎士としての実力は皆無なのですが、その圧倒的な家柄のみで隊長にまで上り詰めた異端児。
第五部隊はただ一人の例外なく煌びやかなイケメンのみで構成されており、今日も多種多様なイケメンを侍らせているアンネリーゼ隊長は、さながら女王蜂のようですわ。
ラース先生の入隊先が第五部隊だったのも、さもありなんといったところ。
大方アンネリーゼ隊長直々に指名したに違いありませんわ。
それにしても、いつもながらアンネリーゼ隊長の紫髪の縦ロールに、紫の豪奢なドレスといった出で立ちは、完全にわたくしとキャラが被っているので、自重していただきたいものですわ!
「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」
「それで【
「……回りくどい言い方は苦手なので単刀直入に申し上げますが――ラース先生のヘッドハンティングに参りましたわ」
「ヘ、ヘッドハンティング!?」
「ヴィクトリア隊長!?」
レベッカさんとラース先生が、同時に声を上げます。
ウフフ、お二人はリアクションが似てますわね。
「……ふうん、アナタも面食いだったのね。
……流石アンネリーゼ隊長ですわね。
わたくしがゲロルトから婚約破棄された情報は、既に掴んでいましたか。
「面食いなつもりはございませんわ。ゲロルトは親が決めた婚約者でしたし。ラース先生についても、あくまでわたくしは、小説家としての腕に惚れたのですわ」
「ほ、惚れ……!?」
「そんな!? ヴィクトリア隊長ッ!?」
ん?
わたくし今何か、変なこと言いましたかしら?
ラース先生は耳まで真っ赤になっておりますし、レベッカさんは逆に、まるで好きな人を寝取られたみたいな、絶望的なお顔をしてらっしゃいますわ?
「アラアラアラ、どうやらあの噂は本当だったようね。
「……!」
ホウ。
まさかそのことまでご存知とは。
昨日の今日のことですのに。
ラース先生の困惑した表情からして、ラース先生から聞いたというわけでもないようですし。
筆頭公爵家のご令嬢ともなると、国中に耳と目を持っているようですわね。
「え? 小説家?? ヴィクトリア隊長、が??」
事情をまったく知らないレベッカさんは、頭に疑問符を65535個くらい浮かべています。
「ええ、その通りですわレベッカさん。やっとわたくしにも、小説家という夢が見付かったのですわ」
「で、でも……じゃあ、騎士団は辞めちゃうってことですか……!?」
レベッカさんはさっき以上に絶望的なお顔になります。
……あー。
「まあ、それは、何と言いますか……」
「いえ、ヴィクトリア隊長は騎士団を辞めませんよ」
「……!」
ラース先生!?
「騎士の仕事を続けながらだって、小説家にはなれます。――他でもないこの僕が、それを実証しているのですから。だからヴィクトリア隊長は、今後も騎士団は辞めません。そもそもこんなに偉大な騎士であるヴィクトリア隊長が、その職務を放棄するはずがないじゃありませんか。――そうですよね、ヴィクトリア隊長?」
ラース先生は有無を言わさぬような、圧が強めの笑顔で、わたくしを見つめます。
オ、オォフ……。
「あー、まあ、そ、そうですわね」
とりあえずここは、こう言っておくしかない空気ですわ……。
「そ、そっかあ! ヴィクトリア隊長がいない騎士団なんて、ルーがないカレーみたいなものですもんね!」
それはただのライスでは?
流石のわたくしも、そこまで騎士団にとって重要な存在ではないと思うのですが……。
「アラアラアラ、この私を放置してキャッキャウフフするとは、いい度胸じゃない、【
アンネリーゼ隊長が頬杖をついたまま、不敵な笑みを浮かべます。
いや、別にキャッキャウフフしているつもりはないですわよ?
「え、えー、そういうわけで、わたくしの夢を叶えるためにも、できればラース先生には、我が第三部隊に来ていただきたいのですわ」
「アラアラアラ、清々しいほどの公私混同ね」
「ええ、その点については仰る通りですので、言い訳するつもりはございませんわ。横紙破りをしている自覚はございますので、もちろんタダでとは申しません。――わたくしにできる範囲のことでしたら、どんな対価も差し出す覚悟ですわ」
「そ、そんな、ヴィクトリア隊長……! 僕なんかのために、そこまでしていただかなくても……」
「いいえ、ラース先生、あくまでこれはわたくしの我儘ですので、ラース先生が気に病む必要はございませんわ」
「ヴィクトリア隊長……」
「アラアラアラ、感動的なシーンに水を差すようで悪いのだけど、私にとってもラースくんは、今一番お気に入りの部下なのよね。並大抵の対価では、釣り合わなくってよ? ――例えばそう、アナタのその、愛剣くらいでないと」
「――!」
アンネリーゼ隊長は【
……くっ。
「ヴィクトリア隊長!? いくら何でもそれはダメですよ!?」
「そ、そうです! ホルガーさんに何を言われるか!」
レベッカさんとラース先生が、慌ててわたくしを止めます。
確かに【
……ですが。
「――わかりましたわ。どうぞ、ご査収ください」
「あ、あぁ……」
「ヴィクトリア隊長……」
わたくしは【
ホルガーさんには、後で誠心誠意、土下座で謝罪いたしますわ。
わたくしは【
……ですが、ラース先生のいない人生だけは、最早考えられないのですわ。
「アラアラアラ、まさか本当に差し出すなんて。ここまでされちゃ、流石に断れないわね」
「ほ、本当ですか!」
やった!
これでラース先生も、我が第三部隊の一員ですわ!
「とでも、言うと思ったかしら?」
「……!?」
そんな!?
わたくしが断腸の思いでここまでいたしましたのに、そりゃないですわッ!
「アラアラアラ、そんな顔しないでよ【
「チャンス?」
とは?
「これじゃ傍からは、私が【
見えちゃうも何も、まさにその通りでは?
「だからここは一つ、賭けをしましょう」
「……! それは、どういう……」
「ウフフ、今からアナタは、私の【バニーテン】と模擬戦をしなさい。――ただし、アナタは魔力の使用は一切不可で」
「「「――!!」」」
ホウ。
「それでアナタが勝ったらラースくんはアナタにあげるし、愛剣も返してあげる。その代わり、アナタが負けたらラースくんは渡さないし、愛剣も私がもらう。どう? なかなかに面白い勝負だとは思わない?」
「ええ、実に面白いですわ」
つまりこの勝負にわたくしが勝てば、タダでラース先生をゲットできるってことですものね!
滾りますわぁ!
「で、でも、ヴィクトリア隊長、いくらヴィクトリア隊長でも、それは……」
ラース先生が心配そうな瞳で、わたくしを見つめます。
【バニーテン】の実力を毎日間近で見ているラース先生だからこそ、この勝負は、わたくしに分が悪いと思ってらっしゃるのですわね。
「心配はご無用ですわラース先生。――わたくしは必ず勝ちます。だからどうか、わたくしを信じてくださいまし」
「――! は、はい!」
ラース先生はいつもの雛鳥アイになりました。
ウフフ、可愛いですわぁ。
「ヴィクトリア隊長!! 私は微塵もヴィクトリア隊長の勝利を疑ってはいませんでしたよッ!!」
うるさッ!?
耳元で怒鳴らないでくださいまし、レベッカさん!
「アラアラアラ、では賭けは成立ね。ウフフ、出て来なさい、私の可愛い【バニーテン】!」
「「「「「「「「「「はい、アンネリーゼ様!」」」」」」」」」」
「「「――!?」」」
アンネリーゼ隊長が右手の指をパチンと鳴らすと、どこからともなく
……相変わらず、凄い絵面ですわぁ。