「と、言いてえところだが、生憎今、素材を切らしててよ」
「「……え?」」
ホルガーさん!?
あんな感動的な空気を作っておいて、とんだちゃぶ台返しですわ!?
「まあまあ、そんな顔するなよ【
「ま、まあ、それは」
【
あの時は、素材集め自体が、わたくしの強さをホルガーさんに証明するための試験も兼ねていたのですわ。
「だから今回も、素材はそっちで用意してほしい。素材さえあれば、俺は全身全霊を傾けて、ラース先生の装備を作ることを約束するぜ」
「わかりました。お安い御用ですわ。ラース先生もそれでよろしいですか?」
「は、はい! もちろんです! 僕の装備なんですし、自分で素材も集めたほうが、愛着も湧きますしね」
ウフフ、ラース先生ったら、あんなに目をキラキラさせて。
ラース先生も男の子なんですのね。
可愛いですわぁ。
「よし、交渉成立だな。ラース先生の得意武器は、槍でいいんだよな?」
ホルガーさんがラース先生の持つ【
「はい、そうです」
「ふむふむ――そんじゃまず、槍の素材で欲しいのは、『ドッペルフォックスの爪』だな」
「ドッペルフォックス? あまり聞いたことのない魔獣の名前ですわね」
「そりゃあ超希少な伝説の魔獣だからな。【
「ああ、レベッカさんのことですわね」
確かに大の魔獣マニアのレベッカさんなら、詳しく教えてくれそうですわね。
「そんで、鎧の素材で欲しいのが、『フェザーキャットの抜け羽』だな。フェザーキャットも同様に伝説の魔獣だから、背の高いねえちゃんに訊いてくれ」
「了解ですわ」
フフフ、これは、久しぶりに腕が鳴りますわね。
「以上だ。よろしく頼むぜ」
「ホルガーさんこそ、素材が揃った暁には、くれぐれもよろしくお願いいたしますわよ」
「ぼ、僕からも、よろしくお願いいたします!」
ラース先生はホルガーさんに、深く頭を下げられました。
「へへ、まさかあのラース先生に、頭を下げてもらえる日がくるとはな。ささっ! 約束通り、サインくれよ、サイン!」
「あ、はい!」
デレデレしながらホルガーさんが差し出した本に、ラース先生は慣れた手付きでサインを書かれたのでした。
――こうしてラース先生の修行初日は、好調なスタートを切ったのですわ。
わたくしはサインをされているラース先生を、後方師匠面で見守っておりました。
嗚呼、今夜は良い夢が見れそうですわ!
……ところが一夜明けた朝。
「オイ【
「ゲッ」
王立騎士団第三部隊の詰所に出勤したわたくしを待っていたのは、
ああもう、せっかくルンルン気分で出勤いたしましたのに、ゲロルトのせいで台無しですわ!
「『ゲッ』とは何だ『ゲッ』とは!? 文句を言いたいのはこっちのほうだぞ! いいから早く、サインをよこせ」
ゲロルトの差し出した2枚の書類は、ゲロルトと救護班のアメリーさん、それぞれの異動願いでした。
ゲロルトの隣に立つアメリーさんは、感情の読めない能面のような微笑みを浮かべながら、無言で立っています。
……なるほど、そういうことでしたのね。
わたくしとの婚約を破棄したゲロルトが異動願いを出すのはまだわかるとして(それでもイラッとはしますが)、アメリーさんも一緒ということは、つまり二人は以前からそういう関係だったということですわね?
まったく、上司の婚約者を寝取っておいて、そんな平然とした態度が取れるなんて、可愛いお顔をして、意外と肝が据わってますわね。
――これは、今回の婚約破棄も、裏で糸を引いていたのはアメリーさんの可能性もございますわ。
わたくしは無言で二人分の異動願いにサインをすると、それをゲロルトに返しました。
「……フン、今まで世話になったな」
「短い間でしたが、お世話になりました、ヴィクトリア隊長」
いや、何ちょっとだけ感傷的な空気を出してるのですかゲロルト?
しれっと浮気して婚約破棄してきたのはそっちなのですからね?
言っておきますがわたくしは、しっかり根に持っておりますからね?
「ああ、因みに、一昨日君に蹴られて怪我をした分の慰謝料は、後日ちゃんと請求させてもらうからな」
「ハ、ハァ!?」
慰謝料???
いやいやいや、あれはあなたを助けるためにやったことですわよ!?
あなたの愛しのアメリーさんに、回復魔法ですぐに治療してもらってましたし!
そもそもわたくしは浮気された挙句婚約破棄された側なのですから、慰謝料が欲しいのはこっちのほうですわッ!
「それじゃ、行こうか、アメリー」
「はい、ゲロルト様」
言いたいことだけ言ったゲロルトは、アメリーさんとまるで新婚夫婦のような空気を醸しながら、詰所から出て行きました。
クソがあああああああああ!!!!!!
「何ですか今の態度ッ!?!? 絶対に許せませんッ!!!」
「――!? ……レベッカさん」
その時でした。
レベッカさんが、文字通り地団駄を踏みながら、両手をブンブン振り回しました。
「ああ、いくら何でもあの言い方はあんまりですよッ!」
「俺たちのヴィクトリア隊長の顔に、泥を塗りやがってッ!」
「俺、文句言って来ますッ!」
「……みなさん」
他の隊員のみなさんも、一様に怒りを露わにされてますわ。
ウフフ、わたくしは本当に、部下に恵まれておりますわね。
「いえ、その必要はございませんわ」
「で、でも、ヴィクトリア隊長……!」
「ここで短慮な行動に出てしまっては、あの二人と同レベルの人間になってしまう。――そうは思われませんか、みなさん?」
「「「――!!」」」
「わたくしは誇り高い淑女ですわ。淑女たるもの、どんな時でも冷静に、毅然とした態度を取るべきですわ。……あの二人とは、いずれ然るべき場で決着をつけます。ですからどうかそれまでみなさんには、事態を見守っていただきたく存じますわ」
「ヴィ、ヴィクトリア隊長おおおおおお!!!!」
またしてもレベッカさんが盛大に、鼻血を噴き出されました。
今のどこにそんな、鼻血を出す要素が?
「さすがヴィクトリア隊長! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「一生ついていきます、ヴィクトリア隊長!」
「ヴィクトリア隊長、バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
あらあら、期せずして第三部隊の結束が、より深まってしまったようですわね。
理不尽に婚約破棄されたことでこうなるとは、何とも皮肉な話ですわ。
「というわけでレベッカさん、新たな副隊長には、あなたを任命いたしますわ」
「わ、私がですか!?」
元々実力でいったら、我が隊ではわたくしを除けば、レベッカさんが一番でしたしね。
ゲロルトは家柄だけで副隊長の座に就いていた、お飾り副隊長だったのですわ。
「おお、そりゃあいい! レベッカなら、安心してヴィクトリア隊長を任せられるしな!」
「ヴィクトリア隊長を頼むぜ、レベッカ!」
「推しカプキターーー!!!」
「わ、わかりました! 私の全ては、ヴィクトリア隊長に捧げますッ!」
いや、全てを捧げる必要はございませんのよ?
あと、推しカプというのはどういう意味です?
「よろしくお願いいたしますわ。さて、では早速レベッカさんには、副隊長としての、最初のお仕事を言い渡しますわ」
「は、はい! 何なりと!」
「――わたくしと一緒に、
「え? 第五部隊?」
待っていてくださいましね、ラース先生!