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第5話:裏技ですわ!

「ここですわ」

「……!」


 わたくしがラース先生をお連れしたのは、【鉄の甲羅】という看板が掛かった、古びた小さな鍛冶屋です。


「鍛冶屋……ですか」

「ええ、時間を掛けずに今すぐ人を強くする唯一の裏技、それが、良い装備を整えることですわ!」

「なるほど、言い得て妙ですね。確かにそれなら、僕も多少はマシになるかもしれません。……でも、失礼を承知で言いますが、このお店で、その……大丈夫なのでしょうか?」


 お世辞にも繫盛しているようには見えないお店の佇まいに、ラース先生は不安げな表情を隠せません。

 フフ、まあ、無理もありませんわね。


「その点はご心配なく。店主さんの腕は超一流ですから。わたくしのこの【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】も、こちらで誂えていただいたのですわ」

「そ、そうなんですか! それなら安心ですね」

「……ただ、如何せん店主さんが職人気質というか、なかなかに気難しい方ですので、注文をお受けしてくださるかは、出たとこ勝負といったところです」

「……なるほど」

「まあ、ここでウダウダ言っていても始まりませんし、とりあえず入ってみましょう」

「はい」


 わたくしは相変わらず立て付けの悪い扉を無理矢理開け、【鉄の甲羅】の店内に入ります。


「ごきげんよう、ホルガーさん」

「アァン? おお! 誰かと思えば【武神令嬢ヴァルキュリア】じゃねーか! 随分久しぶりだな」


 筋骨隆々で全身が浅黒く日焼けされた、ザ・鍛冶師といった風貌のホルガーさんが、ケラケラと笑います。


「もう、その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」

「何言ってんでい。武人からしたら、【武神令嬢ヴァルキュリア】ってえのは、最高の二つ名じゃねぇか」

「わたくしは武人ではなく、淑女ですわ!」


 まったくもう!


「カカカ。で? 今日は何の用なんだ? ――そっちのにいちゃんは見ねえ顔だな」

「あ、はじめまして。僕は最近王立騎士団に入団した者でして――」

「帰んな」

「え?」


 あらあら。


「大方俺に装備を作ってほしいってとこだろ? だが残念だったな。俺は強い人間にしか腕は振るわねえって決めてんだ。職人にとっちゃ、作品は自分の子どもも同然。その命より大事な子どもを、弱い奴に渡してボロボロにされたら、堪らねーからな」

「……!」


 まったく、やっぱりこうなってしまいましたか。

 ホルガーさんのお気持ちもわからなくもないですが、そんなんだから、せっかく良い腕をお持ちなのに、常に経営がギリギリなんですわよ。


「ホルガーさん、わたくしからもお願いいたしますわ。このお方は、確かに今はまだ駆け出しかもしれませんが、わたくしが直接指導しておりますし、やる気にも満ち溢れてございます。いずれは歴史に名を残す、ビッグな男になると確信しておりますわ!」


 まあ、そもそも既に小説家としては、歴史に名を残すレベルになられてますしね!


「ヴィ、ヴィクトリア隊長……!」


 嗚呼、またラース先生が雛鳥アイを……!

 母性が……!

 母性がエクスプロージョンしそうですわぁ!


「フン、【武神令嬢ヴァルキュリア】にそこまで言わせるとはな。――だが断る」

「「――!」」

「誰に何と言われよーと、俺は俺がこの目で認めた人間にしか、作品こどもは渡さねぇ。これだけは、たとえ国王陛下の命令だとしても、譲るつもりはねーよ」


 ホルガーさんは両手を組みながら、わたくしたちに背を向けてしまわれました。

 ふむぅ。


「そういうことでしたら、致し方ありませんわね。他を当たりましょう、ラース先生」

「……はい」


 とはいえ、ホルガーさん並みに腕の立つ鍛冶師となると……。


「っ!? ちょ、ちょっと待て! 今、『ラース先生』って言ったか!?」

「「?」」


 ホルガーさん?


「はい、確かにそう言いましたわ」

「も、もしかしてアンタ――小説家の、ラース・エンデ先生かッ!?」

「あ……はい、そうですけど」

「うおおおおおおお!!! マジかよおおおおおおおお!!!!」

「「っ!?」」


 ホルガーさんは両手の拳をテーブルに叩きつけ、雄叫びを上げました。

 ホルガーさん???


「俺、デビュー当時からずっと、アンタの作品の大ファンなんだよッ! 今まで発売した本は、全部持ってるぜ!」

「「っ!?!?」」


 ホルガーさんは駆け足で店の裏に消えると、すぐに7冊の本を抱えて戻って来ました。

 そんな!?

 こう言っては何ですが、小説とは無縁そうなホルガーさんが、まさかラース先生のガチファンだったなんて……!

 つくづく人というのは、見掛けによらないものですわ……。


「特に俺はこの、『朝焼けのポートフォリオ』が一番好きなんだよ! ラストの主人公の台詞が実にエモいんだよなぁ。あれだけの苦難を乗り越えた人間だからこそ、出てきた台詞だもんな!」

「あ、はは、恐縮です」

「ちょっとホルガーさん!? わたくしはまだその作品は読んでないのですから、ネタバレはやめてくださいまし!」

「アァン? 何だよ【武神令嬢ヴァルキュリア】。オメェ如何にもラース先生と親しそうなムーブしといて、にわかかよ」

「ぐぬぬぬぬぬ」


 確かにわたくしは今日ラース先生のファンになったばかりの新参ですが、そうやって古参アピールでマウント取られるのは、ドチャクソムカつきますわぁ!

 剣術の世界でも、古参が新参を見下すような流派は廃れる運命にあると、歴史が証明しておりますのよ!?


「フ、フン! そういうホルガーさんこそ、『自分、鍛冶にしか興味ないっすから』みたいなムーブしておいて、文学も嗜むなんて、随分可愛らしい一面をお持ちですのね!」


 こうなったらわたくしも、エスプリの効いた嫌味で応戦ですわ!


「いやいや、わかってねぇなぁ。鍛冶師だからこそ、文学も嗜んでんだぜ、俺は」

「は?」


 というと?


「作品を創造するという点じゃ、鍛冶師も小説家も同じだ。――つまりはどっちもクリエイターさ」

「「――!」」

「だからこそ、一流の鍛冶師は感性を磨くために、一流の小説を読むのさ。【武神令嬢ヴァルキュリア】の【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】だって、ラース先生がアキュターガワ賞を受賞した、『夜の太陽と昼の月』って小説から着想を得て作ったんだぜ」

「そうだったのですか!?」


 ま、まさかわたくしの愛剣のルーツが、ラース先生だったなんて……!

 これはやはり、わたくしとラース先生が出逢ったのは、運命だったとしか思えませんわ!


「ああ、どうりで。言われてみれば、【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】のデザインは、『夜の太陽と昼の月』の世界観を彷彿とさせますね」

「へへ、だろだろ、ラース先生! 俺は『夜の太陽と昼の月』の、シニカルでシュールで、だがどこか温かみのある世界観が大好きでよ! それを剣で表現したいって思って出来たのが、コレってわけよ」

「いやあ、実によく再現できてると思います」

「カカカ! そうだろそうだろ!」


 ムウウウウウ!!

 何わたくしを除け者にして、お二人でイチャイチャしてるのですか!?

 ジェラシーですわあああああああ!!!


「よし決めた。――俺がラース先生専用の、オリジナル装備を作ってやるよ」

「「――!?」」


 まあ!?


「い、いいんですか!?」

「ああ、ラース先生だったら、まったく何の問題もねーよ。むしろこっちから頭を下げて、お願いしたいくらいさ。その代わりと言っちゃ何だが、この本にサインくれねーか」


 ホルガーさんはデレデレしながら、7冊の本を差し出します。

 完全にただのミーハーファンになってますわ!?


「あ、それはもちろん。……でも、本当によろしいんでしょうか? ホルガーさんの見立て通り、正直今の僕はまだまだ弱いです。強い人間にしか腕は振るわないと、先程は仰ってましたが……」


 ラース先生……。


「何言ってんでい! アンタは十二分に強いじゃねーか、ラース先生!」

「え?」


 フフフ。


「ホルガーさんの仰る通りですわ。――ラース先生は小説という唯一無二の武器で、こんなにわたくしたちの心をこれでもかと揺さぶっているのですから、そのラース先生が、強くないはずがございませんわ。強さというのは、何も腕っ節だけに限った話ではないのですわ」

「あっ、【武神令嬢ヴァルキュリア】! それ、俺が言おうとしたやつだぞ!」

「フフン、こういうのは早い者勝ちですわ」


 さっき古参マウントを取ってきたことの、意趣返しですわ!


「は、はは、じゃあ、僕が頑張って小説を書いてきたことも、無駄じゃなかったってことですね」

「その通りですわ!」

「その通りだぜ!」


 おっと、期せずしてホルガーさんとハモってしまいましたわ。


「ですからラース先生、どうか遠慮せず、ホルガーさんに装備を誂えてもらってください」

「オウヨ! 最高の逸品に仕上げてみせるぜ!」

「……はい、よろしくお願いします」


 ラース先生はうっすらと目元に涙を浮かべながら、ホルガーさんに深く頭を下げたのでした。

 よかったですわああああああああああ。

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