「ヴィ、ヴィクトリア隊長!?」
「これはいったい!?」
「……!」
と、そこへ、騒ぎを聞きつけたらしい巡回中の王立騎士団の方々が駆けつけられました。
ちょうどよかったですわ。
「今し方、【魔神の涙】を服用した犯人を、現行犯で処刑しました。これが犯人の腕ですわ」
「えっ!? 【魔神の涙】!? う、うわっ!?」
わたくしが斬り落とした犯人の両腕を、団員さんに差し出します。
「それからこちらが、【魔神の涙】が入っていた小瓶ですわ。どちらも鑑識に回していただけますか? 何かしら、手掛かりが掴めるかもしれません」
「わ、わかりました!」
とはいえこの数年間、【魔神の涙】を流している組織の有益な情報は、ほとんど判明していないのが実状。
服用した犯人を生け捕りにして情報を聞き出そうにも、そもそもあまりに強くて生け捕りにすること自体が困難ですし、仮に生け捕りにできたとしても、【魔神の涙】を服用した人間は、例外なく数分で命を落としてしまうので、情報を聞き出す暇すらないのですわ。
この薬を作った組織は、悪魔のように狡猾で慎重な連中です。
今回もおそらく無駄足に終わってしまうことでしょうね。
「わたくしは本日は非番なので、後の現場検証等はお任せしてよろしいですか?」
「はい! もちろんですヴィクトリア隊長! お休みのところ、本当にお疲れ様でございました!」
「いえいえ、当然のことをしたまでですわ。――それではラース先生、早速ではございますが、今からわたくしと二人で特訓というのはいかがでしょう?」
「――! いいんですか!」
ラース先生がまたしても雛鳥アイでわたくしを見つめます。
ウフフ、可愛いですわぁ!
「ええ、もちろんですわ」
「ありがとうございます! じゃあ、僕は一度家に帰って装備を整えてきますので、30分ほどお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「承知いたしましたわ」
「では、また後で!」
仔犬の尻尾のようにブンブン手を振りながら駆けて行くラース先生を、わたくしは後方師匠面で見守っていたのでした。
「さて、早速特訓開始ですわよ、ラース先生!」
「は、はい! よろしくお願いします、ヴィクトリア隊長!」
あれからわたくしとラース先生は、街から離れた森の奥深くにやって参りました。
一度家に戻って騎士団用の鎧に着替えたラース先生は、立派な騎士の佇まいをしてらっしゃいます。
持っている武器は、騎士団から支給されている【
ラース先生は槍使いでらっしゃいますのね。
「まずは先生の技量を確かめさせていただきます。殺す気でわたくしに掛かって来てくださいませ」
「こ、殺す気……ですか? ですが、ただの訓練でそれは……」
「フフ、ご心配には及びませんわ。――今のラース先生の実力では、殺す気でやっても、わたくしにかすり傷一つ負わせることは不可能ですから」
「――! そこまで言われてしまっては、僕の男としてのちっぽけなプライドが奮い立ってしまいますね」
ラース先生は【
ホウ、なかなかに良く練られた魔力ですわ。
「はぁ!」
地面を蹴ったラース先生が、【
ウム、槍の突きは、最も避けづらい胴の中心部を狙うのが基本中の基本。
教科書通りの戦法ですわね。
――ですが。
「甘いですわ」
「っ!?」
わたくしはその突きを、左手の【
「くっ! これならッ!」
するとラース先生は払われた勢いを逆に利用し、一回転して今度はわたくしの顔面を刃で薙いできました。
ホホウ、なかなか機転が利きますわね。
「相手がわたくしでなければ、入っていたかもしれませんわね」
「なっ!?」
わたくしは右手の【
十分に勢いの乗った回転薙ぎを、片手だけで受けられたことで、ラース先生の目が動揺で見開かれます。
「う、うおおおおおお!!!」
続いて一歩距離を取ったラース先生は、無数の突きの連打をわたくしに繰り出します。
――ですが。
「うん、なかなか良い突きですわラース先生。連打とはいえ雑にならず、一突き一突きに魂が籠っておりますわ」
「っ!!?」
今度はわたくしは武器すら使わず、身体の捻りのみで、その全ての突きを紙一重で躱しました。
「……ハァ! ……ハァ!」
流石に息が切れたラース先生は、大幅にわたくしから距離を取り、槍を中段に構えます。
「これが隊長を任される人間の実力ですわ。『殺す気で』とわたくしが言った意味、おわかりいただけましたか?」
まあ、中には大した実力もないのに、隊長になっている人間もいるのですけれどね。
「……はい、よくわかりました。世界がどれだけ広いのかということが。――今度こそ、今の僕の本気をお見せします」
「……!」
槍に添えた左手を前方に突き出し、逆に槍を握っている右手はグッと後方に引き絞って、まるで弓矢を引くような構えになったラース先生。
ラース先生から発せられる魔力も、数倍に膨れ上がりました。
――おお!
「鶫が語る愛と嘘
嵐の夜に虚構が生まれる
男と女が詩を重ね
紡ぐ悲劇は 過去すら欺く
――【
「――!」
ラース先生が魔力を込めた槍を突き出すと、その切っ先から空気を斬り裂く轟音を上げながら、濃縮された鋭利な魔力の塊が放出されました。
フフ、これはこれは。
お見事ですわ、ラース先生!
「っ!? あ、危ないッ! 避けてください、ヴィクトリア隊長ッ!」
棒立ちで【
ウフフ、殺す気でと言っておきながら、やはりお優しい方ですわね、ラース先生は。
「心配はご無用ですわ」
「…………なっ」
わたくしは身体から発した魔力で、【
「うん、ここまでにいたしましょう。ラース先生がこの2年間、必死に鍛錬を積み重ねてこられたのが、よーくわかりましたわ」
「……でも、ヴィクトリア隊長が仰っていた通り、ヴィクトリア隊長にはかすり傷一つ付けられませんでしたね」
ラース先生は肩を落とし、ハハハと力なく笑います。
「それは落ち込む理由にはなりませんわ。自分で言うのも何ですが、わたくしは例外中の例外ですから。ある蟻が象に傷を負わせられなかったからといって、その蟻が弱い個体だとは言い切れないのと同じですわ」
「……なるほど、僕とヴィクトリア隊長には、そのくらいの実力差があるということなのですね」
ア、アラ?
ラース先生の背後に、ショボンという擬音が見えますわ。
励ますつもりで言ったのですが、逆効果だったようですわ……!
これは、話題を変えませんと!
「と、ところでラース先生」
「あの、その前に一つすいません」
「ほ?」
ラース先生?
「今更で恐縮なんですが、その『ラース先生』という呼び方はやめていただけないでしょうか」
「……!」
「僕はあくまでヴィクトリア隊長の弟子です。ですからヴィクトリア隊長には師匠として、僕のことは『ラース』と呼び捨てにしていただきたいんです。敬語も使わなくて結構です」
ラース先生はわたくしの目を真っ直ぐに見つめながら、そう仰います。
「……なるほど、お気持ちはよくわかりました。――ですが、却下ですわ」
「……! 何故でしょうか」
「わたくしはラース先生の師である前に、弟子だからですわ。わたくしは小説家としてのラース先生を、心の底から敬愛しているのです」
「け、敬……愛……!?」
ラース先生のお顔が、ポフンと赤く染まります。
んん?
わたくし、何か変なことを言いましたかしら?
「ですからラース先生のことは、今後も敬意を込めて『ラース先生』と呼ばせていただきますわ。これだけは、いくらラース先生でも、譲ることはできませんわ」
「……わかりました。ちょっと照れくさいですけど、頑張って慣れますね」
ラース先生はポリポリと頭を掻きます。
ウフフ、可愛いですわぁ。
「むしろラース先生のほうこそ、わたくしのことは『ヴィク』と呼び捨てにしてくださいまし! わたくし、家族からはそう呼ばれているのですわ」
「えっ!? か、家族……!? い、いやいやいや! いくら何でも、それはまだ気が早いですよ……!」
ラース先生は乙女みたいに両手で顔を覆って、アワアワします。
んんんんんん???
何だかさっきから、会話が噛み合っていないような気がしますわぁ??
「そ、それに……! ヴィクトリア隊長が僕のことを、け……敬愛してくださっているように、僕だってヴィクトリア隊長のことを、心の底から、あい……、じゃなかった――敬愛しているんです! だから敬意を込めて今後も、『ヴィクトリア隊長』と呼ばせていただきます」
「そ、そうですか」
そこまで言われてしまっては、わたくしとしてもこれ以上強くは言えませんわね。
ただ、ラース先生は今、何と言い間違えたのでしょう……?
まあいいですわ。
期せずしてラース先生のメンタルも回復したようですし、次のステップに参りましょう。
「えー、それでは気を取り直して、次の訓練に進みますわ」
「はい! よろしくお願いします、ヴィクトリア隊長!」
「ウム、良い返事ですわ。次の訓練は――走り込みです」
「……! 走り込み、ですか……」
もっと斬新な訓練がくるのかと思っていたのか、ラース先生は肩透かしを喰らったような顔をされます。
「フフ、走り込みを侮ってはなりませんよラース先生。騎士にとっては、足腰こそが要。足腰の強さが、イコールで騎士の強さと言っても過言ではございません。現にわたくしも、人生の大半を足腰を鍛えることに費やしてまいりましたしね」
「な、なるほど! ヴィクトリア隊長がそう仰るなら、その通りですね!」
嗚呼、またしてもラース先生が雛鳥アイを……!
母性が芽生えてしまいそうですわぁ!
「おあつらえ向きに、ここは足場の悪い森の中。ここでひたすら走り込めば、強靭な足腰が出来上がるって寸法ですわ! さあ、わたくしの後について来てくださいまし、ラース先生!」
「はい!」
ウム、実に良い返事ですわぁ!
「……ゼェ……ゼェ……ゼェ」
「っ!?」
が、2時間ほど走ったところでふと振り返ると、ラース先生のイケメンフェイスが、見るも無残に崩壊しておりました。
ラース先生!?
「だ、大丈夫でございますかラース先生!?」
思わず立ち止まって、ラース先生に声を掛けます。
「ぜ……全然……大丈夫……です……。嗚呼……、アンネ……、父さん、母さん……、迎えに来て……くれたんだね……」
「そっちに行ってはダメですわッ!?」
またやってしまいましたわ!
そういえば、普通の人間は森の中を休まず2時間走り続けたら、こうなってしまうのでした。
わたくしは子どもの頃から、5時間は走るのが日常茶飯事でしたから、すっかり失念しておりましたわ……。
「ラース先生、今日の訓練はここまでといたしましょう」
「……! い、いえ、僕はまだやれます、ヴィクトリア隊長……!」
「……その心意気は大変結構ではございますが、過度なトレーニングは、却って逆効果ですわ」
「――!」
「わたくしだって、一朝一夕で強くなったわけではございません。むしろ達人ほど、気の遠くなるような年月を掛けて、コツコツと鍛錬を積んでいるものなのです。――本物の強さを手にするためには、相応の時間が必要なのですわ」
「でも……、僕は一日でも早く、強くならなくてはいけないんです――家族のためにも」
ラース先生は握った拳を震わせながら、天を見上げます。
ううむ、ラース先生のお気持ちもよくわかりますし、わたくしだって、今すぐにラース先生を強くして差し上げたいのは山々なのですが……。
――あっ、そうですわ!
「ラース先生、一つだけございましたわ、今すぐラース先生が劇的に強くなる方法が」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ――これからラース先生には、一緒にとある場所に行っていただきます」
「とある、場所?」
フフ、わたくしもあそこに行くのは久しぶりですわね。
ワクワクしますわ。