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第2話:夢を見付けましたわ!

「……ハァ」


 クソデカ溜め息を吐きながら、一人で街中を彷徨い歩くわたくし。

 あぁ、昨日は散々でしたわ。

 まさかゲロルトから婚約破棄されてしまうなんて……。

 しかもあんなに大勢の部下が見ている前で。

 あれでは流石に誤魔化しきれませんわ。

 近日中に、わたくしのお父様の耳にも入ってしまうことでしょう。

 そうしたらお父様から、どんなお𠮟りを受けるか……。

 今から憂鬱ですわ。

 今日が非番で部下たちと会わずに済んでいるのが、不幸中の幸いでしたわね。

 お互い気まずいったらないですもの。


 我がザイフリート伯爵家は、代々偉大な騎士を輩出してきた騎士家系。

 その流れで、女であるわたくしも、長年お父様から地獄のような修行を受け、こうして今では王立騎士団第三部隊隊長にまでなったのですが、本当はわたくしだって、もっと淑女らしい人生を送りたかったですわ!

 同年代の貴族令嬢のみなさんが、刺繡やピアノといった淑女らしいお稽古を受けている間も、わたくしはただひたすらに、剣と魔法! 剣と魔法の日々!!

 挙句の果てに、ついた二つ名が【武神令嬢ヴァルキュリア】。

 全然淑女っぽくありませんわ~~~~。


「……ハァ、わたくしももっと、淑女らしい職に就きたいものですわ」

「さあさあ! ラース・エンデ先生サイン会の最後尾はこちらですよー!」

「?」


 その時でした。

 本屋の店員さんらしき方が、行列の最後尾で呼び込みをされていました。

 フム、ラース・エンデ先生といえば、何年か前にアキュターガワ賞を受賞した、有名な小説家の先生じゃありませんか。

 どうやら最近発売されたラース先生の新作小説を買うと、その場でその小説に、ラース先生がサインをしてくださるといったイベントのようですわ。

 ……小説ですか。

 本なんて武術書と魔導書くらいしか読んだことがないわたくしですが、よく考えたら小説を読むというのも、淑女の代表的な趣味の一つですわよね。

 これも何かの縁!

 ちょっとわたくしも並んでみましょう!




 そして待つこと20分ほど。

 いよいよわたくしの番が近付いてきました。

 うぅ、ドキドキいたしますわ!

 こんなにドキドキしたのは、12歳の時に、修行でマウンティア山脈の奥地に、一人で置き去りにされた時以来ですわ!


「あの、ラース先生! 私、デビュー当時から、ずっとラース先生のファンでした! あ、握手してください!」

「はは、ありがとうございます」


 わたくしの前の女性が、目をハートにしながら、ラース先生に握手を求めています。

 ラース先生はメガネと黒髪のクセっ毛がチャーミングな、いかにも文学青年といった風貌のイケメンでした。

 歳はわたくしの少し上、20歳前後といったところでしょうか。

 売れっ子作家でこんなにイケメンでしたら、さぞかし女性からおモテになることでしょう。

 その証拠に、サイン会に並んでらっしゃるお客さんは、大半が若い女性です。

 それにしても、ラース先生のお顔、どこかで見たことがあるような……?

 まあいいですわ。

 次はやっとわたくしの番。

 淑女らしく、笑顔で挨拶いたしますわよぉ!


「ご、ごきげんよう、ラース先生。本日はお日柄もよく――」

「――! あなたは……!?」

「ほ?」


 ラース先生はわたくしの顔を見るなり、そのお綺麗な黒い目を見開きました。


「え、えーと、どこかでお会いしたことがございましたでしょうか?」


 やはりわたくしとラース先生は、顔見知り?

 でも、わたくしは小説家の先生とお会いしたような記憶はございませんが……。


「あ、いえ……、何でもないです。えーと、こちらがサイン本になります」

「あ、はぁ」


 ラース先生からサイン本を受け取ったわたくしは、横にいた店員さんに本の代金を支払いました。

 何だか釈然としませんが、無事にサイン本もゲットしましたし、よしといたしましょう。

 さあて、淑女らしく、お洒落なテラスカフェで読書いたしますわよぉ!




「さて、と」


 本屋さんの近くにあった、お洒落なテラスカフェで紅茶を注文したわたくし。

 紅茶を飲みながら読書とか、如何にも淑女っぽいですわぁ!

 むしろ今のわたくしは、淑女という概念そのもの!

 嗚呼、自分の淑女っぷりが怖いですわぁ!


「あっつッ!?」


 勢い余って紅茶をがぶ飲みしたら、ドチャクソ熱かったですわぁ!?

 紅茶ってこんなに熱い飲み物だったのですわね……。

 任務中はスポドリくらいしか飲まないから、知らなかったですわ……。

 ま、まあいいですわ。

 気を取り直して、ラース先生のご本を読みましょう。


「えーと、タイトルは、『光への逃走』ですか。フムフム、何となくですが、名作の予感がしますわ!」


 わたくしは逸る気持ちを抑え、おもむろにページを捲りました――。




「……オォ! オォン! オオオォォォン!!!」


 涙が……!!

 涙が止まりませんわ……!!

 何という名作だったのでしょう!

 これはまさに、歴史に残る傑作ですわ!

 息をもつかせぬハラハラする展開!

 そして主人公の令嬢と騎士団長との、甘く切ない恋模様!!

 あまりの感動で号泣してしまい、周りのお客さんからドン引きされていますが、それがまったく気にならないほどの多幸感が、わたくしの全身を包んでいます。

 ――これが、小説の力。

 ……やっとわたくしも、夢を見付けましたわ!

 わたくしもラース先生のような、たくさんの読者を幸せにする小説家になりますわッ!

 そうと決まったら善は急げ。

 ラース先生が今日サイン会を開かれていたのは、まさしく運命!

 早速ラース先生に直談判して、弟子にしていただきますわぁ!

 おっと、その前に、せっかくですからおかわりをいただいた紅茶を飲みますわ。


「あっつッ!?」


 紅茶はドチャクソ熱い飲み物だということを、すっかり失念していましたわぁ!




「ラース先生、本日は本当にありがとうございました。お陰様で、当店開店以来の、最高売上を叩き出しました」

「いえいえ、こちらこそ。こうしてファンの方々のお顔が直接見れて、嬉しかったです。作家というのは、孤独な仕事なので」


 わたくしがサイン会の会場に戻ると、ちょうど撤収のお時間だったらしく、ラース先生が店長さんらしき方と談笑しているところでした。

 これは千載一遇のチャンスですわ!

 早速弟子入り志願ですわ!


「……嗚呼、ラース先生……やっと会えました」

「「「……!」」」


 その時でした。

 一人の痩身の女性が、虚ろな表情をしながらラース先生に近付いて行かれました。

 ……あの方。


「あー、すいません、もうサイン会は終わっちゃったんですよ」


 店長さんが女性の前に立ちます。


「邪魔よ! どきなさいッ!」

「ぐえっ!?」

「「「っ!?」」」


 女性は店長さんを突き飛ばし、懐から小振りなナイフを取り出しました。

 ――くっ!


「ラース先生、私と一緒に死んでくださいッ!!」


 女性はそのナイフを、ラース先生に突き出しました。

 ――ラース先生ッ!


「フンッ!」

「ぎゃっ!?」

「「「っ!!?」」」


 その時でした。

 ラース先生は手刀で女性の手からナイフを落とすと、その流れで女性の腕の関節を極め、拘束したのです。

 おおおお!?!?


「王立騎士団第五部隊所属、ラース・エンデです! あなたを傷害罪で現行犯逮捕します!」


 えーーー!?!?!?

 ラース先生も、わたくしの同僚だったのですかああああ!?!?

 そ、そういえば、最近第五部隊にメガネのイケメン新人が入隊したと話題になっていましたわね。

 まさかそれが、ラース先生だったなんて……。

 世界は案外狭いものですわね。


「う……うぅ……! ラース先生……なんで……!」


 ストーカーらしき女性は、ラース先生のことを恨めしそうに睨みつけています。

 ううむ、有名になるというのも、良いことばかりではないのですわね。


「私は……、私は絶対に先生と一緒に死ぬんです……!」


 その時でした。

 ストーカーさんは懐から、血のように赤黒い液体が入った小瓶を取り出し、その中身を一思いに飲み込みました。

 ――ま、まさか、あれはッ!?


「なっ!? そ、それは……!!」


 ラース先生のお顔が、一瞬で真っ青になりました。

 ラース先生……!?


「――う、ぐ、グアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「「「――!!?」」」


 ストーカーさんの身体が見る見るうちに肥大化していき、頭から禍々しい2本の角が生え、背中からは巨大なコウモリの羽のようなものが生えてきました。

 そして両手の爪は、猛禽類のように鋭く尖ったのです。

 まるで悪魔のような風貌になってしまいました――。

 ……間違いないですわ。

 先ほどストーカーさんが飲んだ液体は、ここ数年裏社会に出回っている違法薬物――通称【魔神の涙】。

 あれを飲んだ人間は、身も心も化け物に変容してしまうのです――。

 今から2年ほど前、わたくしも任務中に一度だけ、【魔神の涙】で変容した人間を討伐したことがございます。

 今のストーカーさんの風貌は、まさしくあの時の化け物と酷似しておりますわ。

 ああなってしまったが最後、もう二度と人間には戻れません……。


「ラララララララースセンセエエエエエエエ」

「ぐぅっ!?」


 ストーカーさんは丸太のように肥大化した腕でラース先生の首を絞め、そのままラース先生の身体を持ち上げました。

 ――くっ!


「ラースセンセエエエエエエエ……、ラースセンセエエエエエエエ」

「が……はっ……」

「――その汚い手を、今すぐラース先生からお放しなさい」

「「「――!!?」」」


 わたくしは【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と【昼ノ月ミターク・モーント】で、ストーカーさんの両腕を一刀両断しました。


「アアアアアアアアアアアアアア」


 ストーカーさんの腕の切断面から、紫色の血が吹き出ます。


「大丈夫ですか、ラース先生」

「あ……はい、あ、ありがとう、ございます」


 お姫様抱っこでラース先生をキャッチしたわたくしは、地面にそっとラース先生を寝かせます。


「今片付けますから、そこでお休みになっていてくださいませ」

「は……はぁ」


 ラース先生に淑女らしく微笑んだわたくしは、ストーカーさんと相対します。


「如何なる理由があろうと、わたくしにとっては神であるラース先生を殺めようとしたその罪、万死に値します。――ブッころですわッ!」


 わたくしは【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と、【昼ノ月ミターク・モーント】を十字に構えながら、魔力を込めます。


「アアアアアアアアアアアアアア」


 その時でした。

 ストーカーさんの両腕が、見る見るうちに再生し、元通りになってしまいました。

 ――なっ!?

 何という再生力――!

 2年前に倒した化け物には、ここまでの力はなかったはず……。

 この2年で、【魔神の涙】は更に進化している……?


「そういうことなら、再生する間も与えずに、消滅させればいいだけの話ですわ」

「アアアアアアアアアアアアアア」


「炎は踊る 骸と共に

 今宵は新月 仮面の宴

 四人の男女が心を燃やし

 終わらない舞は朝陽に溶ける

 ――絶技【円舞曲四重奏マスカレード】」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 【夜ノ太陽ナハト・ゾネ】と、【昼ノ月ミターク・モーント】の刀身に漆黒の炎を纏わせたわたくしは、ストーカーさんの身体を左右から袈裟斬りし、そのまま返す剣で胴を一文字に斬り裂きました。

 炎は瞬く間にストーカーさんの全身を焼き尽くし、後には塵一つ残っていませんでした――。


「フム、これにて一件落着ですわ」


 わたくしは剣を鞘に収めました。

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