「ハァ……ハァ……」
「もう、遅いですわよ、ゲロルト」
本日わたくしが隊長を務める王立騎士団第三部隊は、最近行商人が何人も失踪しているという、フォレスティア大森林の調査に訪れているところですわ。
ですが、わたくしの婚約者であり、第三部隊の副隊長でもあるゲロルトは、まだ2時間ほどしか歩いていないにもかかわらず、ゾンビみたいな顔になっております。
まったく、相変わらず体力がないのですから。
親が決めた婚約者とはいえ、本当に情けない男ですわ。
「ぼ、僕を君みたいな【
「その名で呼ぶのはやめてくださいまし。わたくしの名前はヴィクトリアですわ」
しかも頭脳担当などとおこがましい。
あなたが一度でも、頭脳で我が隊の役に立ったことがございましたかしら?
そもそも本当に頭の良い人間は、自分のことを頭脳担当などとは言わないものですわ。
「フン……、よく君は、そんな格好でこんな森の中を歩けるな」
「アラ、ドレスとハイヒールは淑女の戦闘服ですもの。これこそが、わたくしにとって一番動きやすい服装ですわ」
わたくしはその場で一回転し、お気に入りの深紅のドレスのスカートを、フワリと浮かせます。
「嗚呼、ヴィクトリア隊長! 今日も素敵ですッ! 金色に光り輝く縦ロールもフワッフワで、お人形さんみたいですッ!」
そんなわたくしのことを、女性隊員のレベッカさんが、目をハートにしながら絶賛します。
ウフフ、レベッカさんはお可愛いですわね。
「レベッカさんこそ、今日もすらりと高い背がお美しいですわ。羨ましいです」
「そ、そんな! むしろ私は、女なのに背が高いのがコンプレックスなので……。私は、ヴィクトリア隊長みたいな可愛い女性に憧れてるんです!」
「レベッカさん……!」
ウフフ、そこまで言われては、悪い気はいたしませんわね。
「チッ、何を女同士でイチャついてるんだよ。……ああもうダメだ! もう一歩も歩けない! 僕はここでしばらく休憩する!」
ゲロルトは近くにあった赤黒い岸壁に背を預け、そのままへたり込んでしまいました。
まったく、本当にしょうがない男ですわ。
まあでも、確かにそろそろ休憩が必要な頃合いだったかもしれませんわね。
口には出さないものの、他の隊員のみなさんの顔にも、疲労の色が出ていますし。
「ではここで15分休憩といたしますわ! みなさん、水分補給等を忘れずに」
「「「はい!」」」
ウム、大変良い返事ですわ。
我が隊は、ゲロルト以外はみなさん真面目で、わたくしも隊長として鼻が高いですわ。
「ハァ~、まったく、やってられねーよ」
「――!」
その時でした。
ゲロルトの寄りかかっている赤黒い岸壁から、微弱ながら魔力を感じました。
こ、これは――!
「ゲロルト! その壁から離れなさい!」
「え? ――う、うわッ!?」
「「「っ!?!?」」」
地響きを上げながら、赤黒い岸壁がせり上がってきました。
――それは岸壁などではありませんでした。
わたくしたちが岸壁だと思っていたのは、全身が赤黒い鱗に覆われた、巨大なドラゴンだったのですわ――。
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
「う、うわああああああああッッ!?!?」
ドラゴンは辺り一帯の空気を震わせるほどの咆哮を上げ、莫大な魔力を発しました。
なるほど、このドラゴンが、行商人を襲っていたのですね。
鋭い爪にこびり付いた血が、その証拠ですわ。
しかもわたくしでも感じ取れないほど、魔力を隠蔽するのが上手いとは。
ドデカい図体の割に、狡猾なドラゴンですわ。
「あ、あれは――伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン!」
「知っているのですかレベッカさん!?」
レベッカさんは、大の魔獣マニアですからね!
「はい……、その口から吐く灼熱の炎は、如何なるものも灰燼に帰すと言い伝えられている、極めて凶悪な伝説の魔獣です」
「なるほど……、それはそれは」
まさかそれほどの存在と、こんなところで出くわすとは。
これは流石に、他の隊員のみなさんが相手をするには、荷が重いようですわね。
「総員退避ッ! 直ちにこの場から離れてください! このアブ何とかドラゴンは、わたくしが相手をしますわ!」
「「「は、はい!」」」
よろしい。
良い返事ですわ。
みなさん統率の取れた行動で、速やかにこの場から離れて行かれます。
「ひ、ひえええええええええええ!!!」
「ゲロルト……!?」
ですが、そんな中ゲロルトだけは足が竦んでしまったのか、産まれたての小鹿みたいに足をガクガクさせながら、一歩も動こうとしません。
ああもう!
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア」
「ぎゃああああああああああ!!!!」
そんなゲロルトに対して、アブ何とかドラゴンは灼熱の炎を吹き付けました。
――まったく。
「セイッ!」
「ぶべらっ!?」
わたくしはゲロルトに突撃し、ゲロルトの脇腹に思い切り突き蹴りを入れました。
ゲロルトは錐揉み回転しながら吹っ飛び、奥にそびえ立っていた大木に激突し、白目を剥きましたわ。
「ヴィクトリア隊長ッ!!」
ゲロルトの代わりにアブ何とかドラゴンの炎を真正面から浴びたわたくしを、レベッカさんが案じます。
「フフ、心配はご無用ですわ、レベッカさん」
「ヴィ、ヴィクトリア隊長ッッ!!!!」
「ゴガアァ!?!?」
アブ何とかドラゴンが、困惑で表情を歪ませます。
それもそのはず。
「フフ、伝説の魔獣といえども、所詮はこの程度ですか。
「ヴィクトリア隊長ーーーッッッッ!!!!!!!!」
レベッカさんが鼻血を流しながら、狂喜乱舞していますわ。
「罪のない行商人の方々を何人も殺めたその罪、万死に値します。――ブッ
わたくしは両腰に差している双剣――【
「ゴ、ゴガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
激高したアブ何とかドラゴンは、馬鹿の一つ覚えのようにまたわたくしに炎を吐きつけてきました。
まったく、惨めですわね。
「月夜に流れる悪魔の調べ
十六の奏者が天使を嗤う
太陽は月の夢を見て
月は太陽を夢に見る
――絶技【
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」
【
「フム、これにて一件落着ですわ」
わたくしは剣を鞘に収めます。
「ヴィクトリア隊長、素敵ですううううううッッッッ!!!!!!!!」
レベッカさんが尚も鼻血をダラダラ流しながら、わたくしに抱きついてきました。
ちょっと、ドレスが汚れるので、鼻血は拭いてくださいまし!?
「……あ」
その時でした。
アブ何とかドラゴンを斬り裂いた【
ア、アラ、これではどっちが悪者かわかりませんわね……。
ま、まあ、あのままアブ何とかドラゴンを放置していたら、これ以上の被害が出ていたでしょうし、必要経費だったと思って諦めていただきましょう。
「ゲロルト様、大丈夫ですか!?」
――!
救護班のアメリーさんが、気絶したゲロルトに駆け寄り、わたくしが蹴りを入れた脇腹に手を当てます。
「女神の歌声は心を包み
女神の抱擁は傷を塞ぎ
女神の慈悲は罪を拭う
――回復魔法【
「……う、うぅん……、ハッ!? 君が僕を助けてくれたのか、アメリー!」
「はい、ゲロルト様」
ホウ、流石アメリーさん。
いつもながら、見事な回復魔法ですわ。
手加減したとはいえ、わたくしの蹴りでゲロルトの肋骨は何本か折れていたと思われますが、すっかり治ったようですわね。
それに引き換えゲロルトときたら。
アメリーさんの前に、あなたの命を助けたのはわたくしですわよ。
わたくしにも、お礼の一つくらいあってもよろしいんじゃなくて?
「嗚呼、やはり君は、僕の女神だ! ……それに引き換え【
「は?」
ゲ、ゲロルト……?
「前々から君は、女のクセに未来の夫になる僕に対して敬意が欠片も感じられないんだよ! もう僕は限界だ。とても君のことは、女としては見れない。――今この時をもって、僕は君との婚約を破棄するッ!」
「っ!!?」
えーーー!?!?!?