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僕にだけ冷たい兄さんの彼女
碧絃(aoi)
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年11月19日
公開日
3,257文字
連載中
兄さんの彼女が、なぜか仁王立ちで、僕を見下ろしている——。

僕は嫌われることなんて、何もしていないのに。

兄さんの彼女、ユキさん

「どうしてあの場所にいたの? 私の後をつけてきたの?」


 ベンチに座っている僕を、兄さんの彼女、ユキさんが仁王立ちで見下ろしている。


「違うよ! 本屋に行って、帰る途中だったんだ。偶然だよ」


 ユキさんの目が冷たい。全く信じていない目だ。路地から出てきた雪さんに、ばったり出会しただけなのに、どうして怒っているのだろうか。


 肌を突き刺すような冷たい風が吹いて、身体が震えた。


「本当のことを言いなさい」


「本当だってば! なんで僕がユキさんの後をつけるんだよ!」


「だってあなた、いつも私のことを気にするじゃない。気付いてるんでしょ?」


「気付いてるって、何に? 僕はただ、なんで僕にだけいつも冷たいのかなって——」


「冷たい……?」


 ユキさんの目が険しくなった。何に怒っているのか分からない。


「ユキさ——」

「雪……?」


 ——えぇー‼︎ なんか暗殺者みたいな目をしてる! なんで!?


「やっぱり、気付いていたのね……」


 また冷たい風が吹いて、ぎゅっと目を瞑った。一気に身体が冷えてガタガタと震えている。


「さ、寒……! 何?」


 そっと目を開けると、白い雪がぶつかってくるのが見えた。なぜか、僕の周りだけが吹雪いている。


「何これ!」


「とぼけないでよ、気付いてたんでしょう? 私が普通の人間じゃないって」


 たしかにこんな吹雪を起こすなんて、人間にはできない。そんなことができるとしたら——。


「もしかして、雪女……?」


「ほら、やっぱり気付いてたんじゃない」


「今、気付いたんだよ! どう見ても、僕の周りだけ吹雪いてるから!」


 ユキさんは顎に手をあてて、僕を睨んでいる。


 ——めちゃくちゃ疑うじゃん。


「まぁいいわ。でも、もしバラしたら……氷のオブジェにしてやるから!」


 ゴゥッ、と音がして、また僕の周りだけ吹雪が起こった。大粒の雪が全身にバチバチと当たってくる。呼吸ができない。


「じゃあ私は、大翔ひろとくんと会う約束があるから」


 ユキさんが公園から出て行くと、吹雪は消えた。




「はぁ……。妖怪って本当にいるんだな……」


 しかも兄さんの彼女だなんて。


 トボトボと歩いていると「うぅ」と呻き声のようなものが聞こえてきた。男の声だ。


 ——ここは、ユキさんが出てきた路地だよな。


 暗い路地を、恐る恐る進む。


「うぅ、う……」声がする場所を覗き込むと、ビルの室外機の奥に男性が倒れていた。その下半身が——凍っている。


「助け、て……バケモノ……」


「うわあぁぁあ!」


 男性が手を伸ばしてきたので、驚いて逃げてしまった。


 ——絶対にユキさんの仕業だ!


 ユキさんが出てきた路地に、下半身が凍った男性が倒れていた。もう間違いないだろう。


「こわっ! 怒らせないように気を付けよう……」




「おかえり〜」


 家に入ると、兄さんが出迎えてくれた。そして兄さんの斜め後ろには、ユキさんの姿が。家に来るのなら、言ってくれたら良かったのに。聞いていたら、僕は帰って来なかった。


「今からおやつを食べるんだ。涼介も一緒に食べよう」


「えっ! えーと……」


 ちらりとユキさんの方へ目をやると、ユキさんの後ろが吹雪いている。


「あ、僕はちょっと用事が……」


「いいから、一緒に食べよう!」


 逃げようとしたが、兄さんに捕まり、キッチンへ連れて行かれた。


「涼介はどれがいい?」兄さんが冷凍庫を開ける。


「ユキがアイスを買ってきてくれたんだよ」


「あぁ、溶かさずに持って来られるから……」


 ——はっ! ヤバイ!


 ヒュウっと音がして、首筋に冷たい風が纏わりついた。

 恐る恐るユキさんを見ると——思った通り、激しく吹雪いている。ホワイトアウトでユキさんの顔が見えないのは、好都合なのかも知れない。


 ただ、表情は見えないが、光るものが2つある気がする。ちょうど、ユキさんの目と同じくらいの位置に。


「ユキは何にする?」


 兄さんが振り向くと、吹雪は一瞬で消えた。


 ——兄さん、ナイス!


「私はバニラにするわ」


「分かった。俺はどうしようかな〜。涼太は何にするんだ?」


 兄さんは冷蔵庫を覗き込む。


「僕は、チョコで」


「じゃあ俺もチョコにしよう」


 今日は兄さんがそばにいると、ホッとする。この状況では、ユキさんも何もできないだろう。


「あ、バニラも食べようかな。涼太は?」


「僕は、チョコだけでいいよ。ちょっと寒いし」


「寒い? 体調が悪いのか?」


「ううん、大丈夫だよ。部屋の中に冷気が漂ってるから……」


 ——あ。


 見なくても分かる。肌を突き刺すような、冷たい風を感じた。おそらくまた、吹雪いている。


 コン、コン、コン


 ——何の音……。はっ! 雪じゃなくてひょう


 雹が床に落ちる音だった。落ちた雹は勢い良く転がっているので、相当硬いのだろう。


 落ちる雹が、どんどん大きくなって行く。すでにゴルフボールと同じくらいの大きさだ。氷の粒というよりは、氷の塊。当たると致命傷になるだろう。


 ゴン、ゴン、ゴン


 重そうな音が響く。


 ——鈍い兄さんでも、これはさすがに気付くだろ。


 期待を込めた目で兄さんを見ると——。


「抹茶も捨てがたいな。涼太はどれがいいと思う?」


 ——ウソだろ。全っ然、気付いてない!


 リビングの床は、氷の塊で埋め尽くされ、部屋の中は真冬のような寒さになっている。


 ——凍死する……。


「に、兄さん? ユキさんが呼んでるよ」


 気付かないなら、気付かせてやればいい。彼女が雪女だということを!


「ん? どうかした?」


 兄さんは前屈みになっていた身体を起こして、リビングにいるユキさんの方を向く。


 すると、一瞬で吹雪は止み、床を埋め尽くしていた雹も消えた。なんて便利な力なんだろう。


「私は何も言ってないわ。涼太くんの勘違いよ」


 ユキさんは、にこっと微笑む。でも、冷たい空気が首に纏わりついてきた。彼女は怒っている。これはおそらく、殺気だ。




 リビングのソファーへ向かい、兄さんとユキさんは、向かいのソファーに座った。


 兄さんは自分の前にアイスを3つ並べる。


「兄さん、そんなに食べて寒くならないの?」


「別に大丈夫だと思うけど。なんで?」


「いや、すでに寒……」


 キイン、と足が冷えて、思わずアイスを机の上に叩きつけた。


「どうしたんだ?」


 兄さんは不思議そうな顔をしている。


「な、何でもな、い……」


 下を見ると、足首から先がキラキラと輝いている。これはガラスの靴ではない。氷の靴だ。刺すように冷たくて、身体が震える。


「どうしたんだよ、涼太。やっぱりバニラも食べたいのか?」


 ——ちっがう! 横にいる彼女が足を凍らせたんだよ!


 段々と足の感覚が無くなっていく。これは氷を消してもらわないとマズイ。凍傷になりそうだ。


「ユキさ」

「雪?」


 ユキさんが冷たい目で僕を睨みつける。隣に兄さんがいるのに、猫をかぶるのを忘れているようだ。


 ——今だ、兄さん! 隣を見て!


 兄さんを見ると——アイスに夢中で、僕の視線にも気付かない。


 ——兄さんんんん……!!


 やっぱり兄さんは鈍すぎる。だから雪女に狙われるんだ。


 でもそんなことよりも、もう足が限界だ。


「凍、る……」


 視線を上げると、何かがキラッと光った。


 ——げぇっ! 兄さんの後ろに氷柱つららが!


 鋭利な先端が、僕に照準を定めている。6本の太い氷柱の先端が、ギラギラと輝いている。攻撃力が高すぎるだろ。


 それでも兄さんは気付かない。相変わらず、美味しそうにアイスを食べている。


 ——兄さん……?


 思っていた以上に兄さんが鈍い。これは、ユキさんが吹雪を起こしているところを見せたとしても、彼女が雪女だと気付かない可能性がある。


 ——あ、足がぁ……!!


 本当に、足が限界だ。もう感覚がない。


「ちょっと、トイレに行ってくる」


 兄さんがアイスを机の上に置くと、氷柱と冷気は、さぁっ、と消えた。ただ、僕の足は凍ったままだ。


 兄さんがリビングを出てドアを閉めると、ユキさんは足を組んで、ふんっ、と鼻を鳴らす。兄さんがいる時とは別人だ。


「そうだ。やっぱり足だけじゃなくて、全身を凍らせてみましょうか。人間にとっては貴重な体験でしょう? 遠慮しなくていいわよ」


「いいえ、結構です! お気遣いなく!」


 秘密を共有すると、仲が深まると聞いたことがあるけれど、あれは嘘だ。ユキさんは前よりも、もっと冷たくなった気がする——。



〈了〉

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