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#6・愛すべき馬鹿と察する力



「美羽ちゃん……⁉︎ 何しに来たの?」


「何って、普通にお客として来たんだけど。

別に瀬戸くん冷やかしに来たわけじゃないよ~」


 美羽ちゃんのにやにや顔からして、後半が本音なのだなと分かる。


 けれどお客さんという体裁を取られた以上、入店をお断りするわけにもいかない。


「カウンターしか空いてないけど、それでも良ければどうぞ」


「だってさ。カウンターでもいい?」


 美羽ちゃんのおうかがいに、僕らのやり取りをにこにこ見守っていたイケメンさんが、こくりと頷いた。


(美羽ちゃんの彼氏なのかな? 彼氏いるって話聞いた事なかったけど)


 二人の関係を推察しつつ、席へと案内する。


 カウンターはレオさんの縄張りだけれど、問題ないだろう。


 だって、僕を巡っての人身売買契約が結ばれるほど、レオさんと美羽ちゃんは顔なじみのはずだから。


「珍しく男連れだな」


 美羽ちゃんが席につくなり、案の定レオさんから声をかけた。


「うん、蛍が瀬戸くんにちょっと用があるらしくて」


「えっ、僕に?」


 急に話の矛先と視線を向けられた僕は、びっくりしておしぼりを落としそうになる。


 蛍と呼ばれた連れの人の顔を改めて確認してみるけれど、全く憶えがない。


 こんな可愛い系イケメン顔、一目見たら記憶に深く刻まれているはずだ。


「えっと、蛍さん? 多分僕、はじめましてなんですけど……。

いったいどんなご用でしょう?」


「ごめんなさいっ!」


 いきなり深々と頭を下げられて、わけも分からず面食らってしまう。


「なっ、何に謝ってるんですか?」


「昨日の火事、間接的にだけど俺に原因がありそうなんだ」


「は?」


「上の階の奴、俺の友達なんだけど、この前お古のタブレットあげたんだ。どうやらそれのバッテリーが出火原因らしくて」


 そういう火災が最近増えているらしいと聞いた事がある。


 バッテリーを積んだ機器を持っていたら誰にでも起こり得るけれど、いつどこで出火するかなんて、誰にも予測できない。


 だから蛍さんを責める気にはなれない。


「謝らなくていいですよ。あの火事は誰のせいでもないですから」


「でも実際、瀬戸くんに迷惑かけてるわけだし。寮の部屋だって修繕終わるまで住めないでしょ?」


「まあ……」


 水浸しになった部屋の惨状がまざまざと思い出されて、気持ちがどんより沈んでくる。


 表情にもきっと、絶望感がにじみ出てしまっていたのだろう。


 蛍さんが身を乗り出して、驚きの提案をしてきた。


「俺、一人暮らしだからさ。しばらくの間、うちにおいでよ。もちろん家賃も光熱費もいらないから」


「ええと、それは……」


 正直ありがたい話ではある。


 当面の宿泊費が浮くなら、その分を賠償にあてられるのだから。


 しかし今日会ったばかりの素性も知らない人の家に転がり込むのは、いかがなものか。


 生活習慣の違いはもちろん、男子特有の生理現象の問題だって、きっとあるだろう。


(……やっぱり無理だな)


 やんわり辞退しようと言葉を選んでいると、やり取りを黙って観察していたレオさんが、いきなり僕の肩に腕を回してきた。


「うちに来る事になってるんだよな? ハル」


 もちろん、そんなの初耳だ。


 驚いてレオさんを見上げると、間近にある整った仏頂面が、小さく頷いてみせる。


 ケイジさんとのポッキーゲームをきっかけに、察する力を鍛えられた僕には、それだけのサインで簡単に意図を読み取れた。


(なるほど! 僕が困ってるのに気付いて、でまかせ言ってくれたんだ!)


 せっかく助け舟を出してくれたのだから、ありがたく乗っかってしまおう。


「そうなんですよ! レオさん家でお世話になるから、心配いりません!」


 にっこり笑顔でお断りしたら、なぜか美羽ちゃんが「きゃ~っ!」と小さく歓声を上げた。


「ねえ、それって同棲⁉︎ 同棲だよねっ⁉︎」


普通は同居と呼ぶのでは? と思ったけれど、どうせ嘘なのでどんな呼び方でもかまわない。


 ワクテカする美羽ちゃんに曖昧な微笑みだけ返して、僕は視線を横へ戻した。


 蛍さんはまだ納得できないようで、血色のいい唇をアヒルのように尖らせている。


「……じゃあ住む所はそれでいいとして。

被害にあった私物とかの買い換え費用だって、けっこうかかるでしょ?」


「それは……これからここで働いて、少しずつですかね」


「俺が払うよ」


「はい?」


「何も悪い事してない瀬戸くんに負担させて、火事の原因作った俺がペナルティなしなんて、不公平じゃん」


 この人はどこまでお人好しなのだろう。


 いや、責任感が強すぎるというべきか。


 自己責任論の強い冷たい世の中で、蛍さんがこの先無事でいられるのか、心配になってしまう。


 仮にもし僕が悪人だったら、これ幸いと市場価値以上の金額をふっかけていたかもしれない。


 しかし僕はそこそこ善人だから、悪事を働くつもりも、蛍さんに損害を補填してもらう気もない。


 断ろうと口を開きかけた時、肩に乗っているレオさんの手が、僕を制するように重たくなった。


「過ぎた親切は、ただのおせっかいだぞ」


助け舟の第2弾、出動だ。


 僕から断っていたら、ファミレス会計時のおばちゃんグループのような、支払う権利の奪い合い的な流れになっていただろう。


 レオさんの機転に感謝せざるを得ない。


「たしかに……。これは俺の自己満足かもしれない」


 冷たくも的確な指摘で腹落ちしたらしく、蛍さんが引き下がった。


 ──かと思いきや、


「じゃあ半分! 半額だけでも負担させてくれないかな?」


なんて僕の手をガッとつかんで、しつこく食らいついてくる。


「瀬戸くんが損するわけじゃないんだから、それくらいなら素直に受け取っておいたら?」


おまけに美羽ちゃんまで援護してくる始末だ。


 僕の味方であろうレオさんも、この提案の良し悪しの判断がつかないのか、難しい顔で押し黙っている。


 ここは自分自身で決めるしかないらしい。


「うーん……半額とはいえ、そこそこの金額になると思いますよ?」


「それでもいい。頼むから俺に払わせて」


「そこまで言われたら……。じゃあ、お言葉に甘える事にします」


「よかった! 支払いは分割でもいいかな?」


「え?」


「じつは俺、バイト先の店が潰れたばっかりで……。まとまったお金ないから、分割にしてもらえると助かるんだ」


「だったら半額すら払わなくていいですよ!」


「いや、そういうわけには! すぐに新しいバイト先探して、ちゃんと払うよ!」


「当てはあるんですか?」


「……ない」


 ここまでのやり取りで、蛍さんという人が分かった気がする。


 この人はきっと感情のままに、計画性なく直感的に生きている。


 悪人でない事だけが救いだけれど、危なっかしくて周囲の人間をはらはらさせっぱなしに違いない。


 一言で表現すると「愛すべき馬鹿」だ。


 僕が頭痛を覚えて黙り込んでいると、蛍さんのダメさ加減に庇護欲を煽られまくっているのであろう美羽ちゃんが、懸命にフォローを始める。


「レオくん、お願い!

蛍はこの通り顔だけはいいし、ここでバイトさせてあげて!」


「……」


「俺からもお願いします!」


 僕のせいで厄介事に巻き込まれてしまったキャストリーダーは、眉間にしわを寄せ、じっと蛍さんを見つめながら熟考している。


 長い長い沈黙の後、蛍さんに握られっぱなしだった僕の手をそっと解放させてから、選考結果を告げた。


「分かった。明日、身分証持ってこい」


つまり採用だ。


 新しいバイト先が決まった蛍さんと、それを祝福する美羽ちゃんは、ご機嫌で帰っていった。


 僕は空いたカウンター席の清掃をしながら、ぼんやり考える。


(半額払ってもらう事になっちゃったけど、蛍さんは働き口決まったし、これってwin-winなのかな?)


 賠償云々はともかく、蛍さんが僕の後輩になるのは決定事項。


 あの性格だから何かしらやらかしそうだし、なんだか心配だ。


 微かな不安を感じつつホールに戻ろうとした時、レオさんが僕を呼び止め、メモとカードを差し出してきた。


「何ですか?」


「カードキーと地図」


「ああ、おつかいに行ってこいって意味ですね」


「違う。俺のマンション。上がったら先に帰っていい」


 しばしの混乱の後、言葉の意味を理解した僕の顔が、一瞬で熱くなる。


「さっきの同棲の話、僕を助けるためのでまかせじゃなかったんですか⁉︎」


 察する力が上がったなんて自惚れていたけれど、とんだ勘違いだったようだ。




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