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#5・誰でもいいってわけじゃない



 初日同様、けも耳カフェのスタッフルームは、イケメンで満たされていた。


 シフトの関係なのだろう、半数ほどはじめましての人がいる。


「おはようございま~す……」


 僕がおずおずと挨拶すると、嫌味なほど整った顔面達がいっせいにこちらを振り向く。


「おはよー、ハルちゃん!」


「何このちっこいの。新人?」


「そう、子犬のハルちゃん!」


「かわいいじゃん、よろしくねハルちゃん」


 各々好き勝手言いながらわちゃわちゃ群がってきて、頭をよしよししてきたり、ぶんぶん強く握手されたり、背中をバンバン叩かれたり。


 僕はあっという間にもみくちゃにされた。


 接客業に就いているだけあってか、ちょっと迷惑なくらい、皆フレンドリーだ。


「新人からかってないで、早く支度しろ。

ハル、とっとと着替えてカウンターに来い」


──この4本角の悪魔以外は。


 キャストリーダーであるレオさんには誰も逆らえないらしく、先輩キャスト達はおとなしく散っていく。


 おかげで、スムーズに身支度を整えられた。


 最後に犬の垂れ耳を装着して、レオさんの待つカウンターへ行くと、英字と数字が並ぶ小さなメモを渡された。


「インスタとXにお前のキャスト垢作っておいたから、自分で運用しろ」


 なるほど、SNSでの活動も、コンカフェの仕事のひとつなのだろう。


 そういう時間外のネット業務を含めての、高時給設定なのかもしれない。


 僕がメモをポケットにしまうのを見届けてから、レオさんは次の話題に移った。


「マニュアルは読んできたか?」


「はい」


「なら今日は、配膳と片付けの合間に、接客もしろ。無理のない範囲でな」


 昨日に引き続き、スパルタなのか優しいのか分からない指示だ。


 まあ、この人なりの気遣いなのだと、好意的に受けとめておこう。


「ありがとうございます。じゃ、開店準備手伝ってきます」


「あ、あと一点。オプション頼まれたら、まず俺に報告しろよ」


 背中に投げられた注意事項に、若干の不安がよぎる。


 オプション。


 それは課金とも呼ばれる、コンカフェならではのサービスの事だと、マニュアルに書かれていた。


 昨日レオさんとやらされたポッキーゲームもその一種で、お値段は1500円。


 チェキでの撮影は1000円。


 他にも、けも耳カフェ独自のオプションがあったりする。


 キャストにとっては、キックバックを稼げるおいしいサービスではあるけれど、まだバイト2日目の僕には、精神的なハードルが高い。


「あの、レオさん。僕まだ慣れてないんで、チェキ以外はお断りしたいんですけど……」


「やるかやらないかは俺が決める」


 控えめに出した意思表示は、ばっさり切り捨てられてしまった。


 そんな横暴な! と抗議したいところだけれど、僕には逆らえない理由がある。


 なせならばレオさんの手元に、昨日握られたてほやほやの、僕の黒歴史の証拠写真があるのだから。


(どうか今日は、僕にオプション指名が入りませんように……!)


強く願いながら、配膳とぎこちない接客をこなし、開店後30分を過ぎた頃、


「じゃあポッキー課金しちゃおっかな~!」


願い虚しく、オーダーが入ってしまった。


 断頭台への階段を上るような気持ちで、僕はレオさんのいるカウンターへ向かう。


「レオさん、3卓でポッキーゲーム注文されたんですけど」


「誰と誰?」


「ケイジさんが攻めで、僕が受けってオーダーです……」


「OK、厨房から取ってこい」


 なんと、即答だ。


 もしかしたら「やらなくていい」と言ってくれるかも? なんて、ほんのちょっとでも期待した僕が馬鹿だった。


 しょぼくれながらポッキーを運ぶと、相手役に指名されていた猫耳のケイジさんが、3卓の前でスタンバイしていた。


「ありがとハルちゃん。じゃ、やろっか」


 明るく笑いかけてくるその顔は、正統派男性アイドルグループにいそうな、爽やか系カテゴリー。


 男性ダンス&ボーカルグループにいそうな、精悍で色気のあるタイプのレオさんとは、また違った魅力がある。


「ハルちゃん?」


 名前を呼ばれて、ケイジさんの顔に見とれてしまっていた事に気が付いた。


「すっ、すいません!

よろしくお願いします、ケイジさん」


 気まずさをごまかすために、慌ててポッキーを口に咥えてから、はっとする。


 自ら進んで準備を整えるなんて、これでは僕がやる気まんまんみたいじゃないか!


「じゃあ俺の肩に手ぇ置いて。俺はちょっとハルちゃんのほっぺ触るよ」


 ケイジさんは、初心者の扱いに慣れているのだろう。


 テンパる僕にきちんと段取りを説明して、心の準備を整えられるよう、気遣ってくれている。


 だからといって、落ち着いていられるはずがない。


 二度目とはいえ、男同士、しかも芸能人並の美形との公開キスなのだから、当然だろう。


 ポッキーを咥えた直後から心拍数が最高潮だし、ケイジさんの肩に乗せた手だって、小刻みに震えている。


「あはっ! ハルちゃん、注射される前の子犬みたいだね」


 緊張で上気している僕の頬を、ケイジさんが予告通り、両手でそっと包み込んでくる。


 ひやりと冷たいその温度に驚いて、思わず体がビクッと跳ねてしまった。


「そんなに怯えないで。安心して任せてくれれば大丈夫だよ。

俺、うまいから」


 ──うまい、とは?


 キスが上手いという意味だろうか。


 今この状況で、それ以外に考えられない。


 艶っぽいセリフに翻弄されている間にも、ポッキーがだんだん短く、ケイジさんの顔がどんどん近くなってきている。


(うあぁぁぁっ! もうダメだ‼︎)


 唇と唇がぶつかるまで、あと1センチ。


 ついに観念したものの、ギリギリのところで──進攻が止まった。


(え……?)


 驚きに目を見開くけれど、顔と顔の距離が近すぎて、ケイジさんの表情と真意を読めない。


「はい、ごちそうさまでした~!」


 混乱する僕をよそに、ケイジさんの挨拶とお客さんの歓声で、ポッキーゲームという名の公開キスショーが締めくくられた。


 いったいなぜ、寸止めしてくれたのだろう。


 答えを求めて見つめていると、ケイジさんは僕に向かって、意味ありげなウィンクをしてきた。


(……ああ、そういう事か!)


たったそれだけのサインで、察する事ができた。


 たしかにケイジさんは上手かった。


 「キスが」ではなく、「キスをするふり」が!


 両手で僕の頬を包んだのは、ただの演出ではなく、口元を隠すための手段だったようだ。


(ケイジさん、神! 助かった……!)


 偉大なる先輩キャストに感謝しつつ安堵した、そのすぐ後、


「すいませーん、こっちもオプション頼んでいいですか~?

ポッキーを、雅くん×ハルくんで!」


隣りのテーブルから、新たなオーダーが入ってしまった。


 こういうのを同調現象と呼ぶのだろう。


 誰かが赤信号を渡ると、我も我もとそれに続く……みたいな。


 ちっとも嬉しくない連鎖反応だ。


「……少々お待ちください。確認してきます」


 どうして不慣れな新人なんかに、こんなにも需要があるのだろう。


 不思議でならない。


 げんなりしながら、僕は再びカウンターへと足を運ぶ。


「レオさん、今度は4卓でポッキー、雅さんと僕だそうです」


「ダメだ。断ってこい」


「え?」


「今日は俺かケイジか虎太郎が相手ならOK。他キャストとはダメだ」


 レオさんがどういう理屈でそんなルールを決めたのか、全然分からない。


 けれどまあ、オプション指名を回避できるのはラッキーだ。


 手ぶらで4卓に戻って、お客さんに丁重にお断りすると、案の定ぶーぶー文句を言われてしまった。


「なんでぇ~⁉︎

鬼畜攻めの雅くんと、まだ腐海に染まってない受けのカプが、最高に尊いのにぃ!」


「すみません……」


「じゃあハルくん、誰とだったらできるの⁉︎」


「ええと、ケイジさんとレオさんと虎太郎さんならOKだそうです」


「紳士攻めとクール攻めと筋肉攻めの三択かぁ……。

じゃあ、レオくんとやって!」


 書き換えられたオーダー内容に、ざあっと顔面から血の気が引いた。


 必然的に、昨日の悪夢がよみがえる。


(レオさんが相手だったら、また実際にキスされちゃうじゃんっ!)


 あの辱めをまた受けるくらいなら、今のうちにうまくごまかして、勝手に断ってしまおうか。


 だけどうまいごまかし方って何だろう?


 切羽詰まった僕の耳に、ふいにドアベルの音が届いた。


 これは大チャンスだ。


 新しい来客の応対を口実にして、オーダーをうやむやにしてしまおう。


 不誠実なキャストだと思われてしまうかもしれないけれど、仕方がない。


「ごめんなさい、ちょっと失礼します!」


 誰よりも早く出入り口に駆けつけた僕は、遠慮がちに開いているドアに手をかけ、ガバッと思い切り全開にする。


「いらっしゃいませ! 何名様です……か……」


 ドアの向こうには、満面の笑みを浮かべる美羽ちゃんと、見知らぬイケメンが立っていた。





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