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#2・なんかもういろいろおかしい



「やっぱ、うさぎだろ」


「いや猫だな」


「きつねもアリじゃね?」


 ファンタジー世界の悪魔の城のような店内で、僕を取り囲む先輩キャストの方々が、真剣な表情で話し合いをしている。


 テーマは「好きな動物」ではない。


「新人キャストに装備させる、けも耳の種類」だ。


 話題の中心である僕は、輪の真ん中に立たされながら、顔を真っ赤にして、ぷるぷる小刻みに震える事しかできないでいた。


 何しろ先輩キャストの方々は、一人残らず全員が全員、高顔面偏差値なのだから。


 美形一人に見られているだけで緊張するのに、それが7人もそろっている。


 14個のキラッキラの瞳に、フツメンの僕の姿なんかが映り込んでしまっているかと思うと、

「お目汚しして申し訳ありません!」

という気持ちにすらさせられてしまう。


 いたたまれなくなった僕は、輪に加わっていないレオさんに、救難信号の視線を送った。


 それを7対の瞳がなぞっていく。


「何? レオくんに決めてもらいたいの?」


「ち、違」


「レオくーん! この子の耳、何がいいと思う?」


「垂れ耳の犬だろ」


レオさんの断定的な意見に、イケメン軍団が「ああ~」と、納得するような声を漏らした。


 どうして犬の垂れ耳が僕に似つかわしいのだろう。


 理解しがたい価値観だ。


 ?マークでいっぱいの僕の頭に、先輩キャストの一人が持ってきた、犬の垂れ耳カチューシャが装着された。


「うん、めっちゃ似合ってる」


「立派なわんこだな」


「すげーかわいいじゃん」


 自分よりはるかに見た目のいい男子達に、寄ってたかって褒められると、何だか虚しく悲しくなってくる。


 ほんのり涙ぐむ僕を無視して、先輩キャスト達の話し合いが、新たなフェーズに入った。


 「わん五郎」「ちょびすけ」「迷犬ペス」「ぷにお」「黎明に謳う漆黒の堕天」……口々に羅列されていく、ヘンテコな言葉の数々。


 嫌な予感がする。


「何の相談ですか?」


おっかなびっくり尋ねてみると、悪びれる様子もなく、堂々とした返事がきた。


「君のキャストネーム」


「本名が晴真なんで、ハルでいいですっ!」


 仮名とはいえ、珍名奇名で呼ばれたくなんかない。


 この人達は顔こそ良いけれど、ネーミングセンスが壊滅的だ。


 そしてこの中に一人、ほぼ確実に、厨ニ病患者が紛れている!


 働く前段階なのに、精神的にかなり削られた感があるけれど、決めるべき事は多分もう全て決まったはずだ。


 この輪だって、すぐにでも解散していいはずなのに。


「ハルちゃん、お手」


「……ワン」


「おお、ノリ悪くないじゃん新人くん」


「おかわりは?」


「ワン」


続けざまに、変ないじりが始まってしまった。


 もうどうにでもなれ。


 やけっぱちになっている僕を救ってくれたのは、意外にもファーストインパクトから冷たかったレオさんだった。


「新人、こっち来い」


「はい!」


 キャストリーダーからの召集という大義名分を得た僕は、顔面エリートの輪からそそくさと抜け出し、カウンター席に腰掛けるレオさんの元へと駆け寄る。


「この卓番表、頭に叩き込め。

今日は初日だから、配膳と片付けだけやってればいい。

接客は他のキャスト観察して、少しずつ覚えていけ」


「はい」


 スパルタなのか優しいのか分からない指示を出して、レオさんはカウンターの内側に入っていった。


 それと同時に、来客を報せるドアベルの音が店内に響く。


 カウンター横に佇んでいる、大きなのっぽの置き時計が指している時間は、4時ちょっと過ぎ。


 このお店は16時開店なのだろう。


 なりゆき上とはいえ、働く事になったからには、きっちり仕事しよう。


 制服であるスラックスとベストのしわをピンと伸ばして、僕は気を引きしめた。




    ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




 コンセプトカフェと聞いて、正直、身構えていた。


 けれど「けも耳☆カフェ」は、一般的なカフェとあまり変わりはないようだ。


 お客さんの9割が女性なのは、ちょっと異質だけれど。


 働き始めて1時間が経った現在、僕はレオさんの指示通り、配膳と片付けに精を出していた。


 その傍らで、先輩キャスト達の接客をチラチラ観察するのも、忘れてはいない。


 獣の耳をつけた悪の組織の一員である彼らは、お客さんのテーブルのそばに立って、雑談したりしている。


 高額なシャンパンを無理やり注文させる……なんて悪事を働く気配はない。


 チェキとかいうインスタントカメラで一緒に写真を撮るのは、コンセプトカフェならではの接客なのだろう。


 思っていたより皆、紳士的だ。


 お客さんには。


 新人キャストである僕に対しては違う。


「ハルちゃん、頑張ってる~?」


すれ違うたびに、髪や肩をさりげなく触られる。


「おっ、ハルちゃんサンキュ」


物を手渡せば、手ごと握られる。


「ハルちゃんのケツちっちぇーな!」


通りすがりにお尻を揉まれた時には、「ひゃっ⁉︎」なんて、情けない声を上げてしまった。


 もしかしてこの店の人達は、ネーミングセンスだけじゃなく、同僚に対する距離感もバグっているのだろうか。


 それにお客さんもお客さんで、ちょっとズレている気がする。


 僕がからかわれるたび、いたずらされるたびに、歓声のような悲鳴を上げて、ニヤニヤするのだから。


(なんか……変な店だなぁ)


 漠然とした不安と違和感を抱えながら、空いたテーブルを拭いていると、


「ハル、それ終わったらカウンターでグラス洗え」


レオさんのぶっきらぼうな命令が飛んできた。


 開店からずっと、レオさんはカウンターから出ずに、ドリンクを作ったり伝票を管理したりしている。


 チラチラ観察していたけれど、カウンター席のお客さんと短い会話をする程度で、ニコリともしない。


(接客業なのに、それでいいのかなぁ……)


 無愛想なレオさんの隣りで黙々と洗い物をしていると、なんだか息が詰まってしまう。


 何か適当な話題はないだろうか。


 ちらりと視線を向けると、会話の糸口になりそうなアイテムを見つけた。


「レオさんのカチューシャって」


「カチューシャじゃなくて、耳」


「あ、えっと、耳って、それでOKなんですか?」


 僕のいう「それ」とは、シルバーアッシュのウルフヘアに冠された、4本の黒い角。


 上にガゼルの細長い角、少し低い位置に羊の巻き角が生えている。


「それ明らかに、けも耳じゃないですよね?」


ちょっと突っ込んでみると、カウンターのお客さんがレオさんの代わりに返事をした。


「似合ってたら別にいいんだよ、新人くん! ちっちゃい事は気にしないの!」


「そういうものなんですか」


「そうそう!」


 だったら僕も、角の方が良かった。


 犬の垂れ耳なんかよりも、全然かっこいいから。


 不満が胸に積もって、無意識に唇が尖ってきてしまう。


 これは小さい頃からの、僕の悪い癖だ。


「やだ新人くん、その顔やばい!」


「えっ⁉︎ あ、すみません!」


「違う違う! 悪い意味のやばいじゃないから!

やばーい、キャラもイイわ~!

妄想はかどるぅ~!」


 カウンターで嬉しそうに身悶えるこのお客さんは、僕のふくれっ面をネタに、一体何を妄想するというのだろう。


 知りたい気もするけれど、あまり深入りしないのが吉かもしれない。


 ちょうどグラスも洗い終わったし、さっさとホールに戻ろう。


 完了報告をしようとレオさんに顔を向けると、お客さんのオーダーに先を越されてしまった。


「ねえレオくん、課金したいんだけど」


「何?」


「ポッキー!

レオくんが左で、新人くん右で!」


「……分かった。

ハル、厨房からポッキー持ってこい」


「はい」


 新たな指示に従って厨房に向かいながら、僕はお客さんの発した謎の言葉の意味を、解析にかけていた。


 ポッキーを、レオさん左で、僕が右。


 あれこれ想像してみても、どれも正解ではない気がする。


(まあ、持っていけば分かるか)


ブランデーグラスにおしゃれに盛り付けられたポッキーをトレーに乗せたタイミングで、僕は考えるのをやめた。


「お待たせしました」


 カウンターに戻りポッキーを提供すると、お客さんはニコッと笑ってくれた。


 対してレオさんは仏頂面のまま。


 いや、むしろ不機嫌なような……?


 何かドジを踏んでしまったのかと畏縮する僕に、レオさんは低いイイ声で、端的に命じてきた。


「ハル、咥えろ」




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