「やっぱ、うさぎだろ」
「いや猫だな」
「きつねもアリじゃね?」
ファンタジー世界の悪魔の城のような店内で、僕を取り囲む先輩キャストの方々が、真剣な表情で話し合いをしている。
テーマは「好きな動物」ではない。
「新人キャストに装備させる、けも耳の種類」だ。
話題の中心である僕は、輪の真ん中に立たされながら、顔を真っ赤にして、ぷるぷる小刻みに震える事しかできないでいた。
何しろ先輩キャストの方々は、一人残らず全員が全員、高顔面偏差値なのだから。
美形一人に見られているだけで緊張するのに、それが7人もそろっている。
14個のキラッキラの瞳に、フツメンの僕の姿なんかが映り込んでしまっているかと思うと、
「お目汚しして申し訳ありません!」
という気持ちにすらさせられてしまう。
いたたまれなくなった僕は、輪に加わっていないレオさんに、救難信号の視線を送った。
それを7対の瞳がなぞっていく。
「何? レオくんに決めてもらいたいの?」
「ち、違」
「レオくーん! この子の耳、何がいいと思う?」
「垂れ耳の犬だろ」
レオさんの断定的な意見に、イケメン軍団が「ああ~」と、納得するような声を漏らした。
どうして犬の垂れ耳が僕に似つかわしいのだろう。
理解しがたい価値観だ。
?マークでいっぱいの僕の頭に、先輩キャストの一人が持ってきた、犬の垂れ耳カチューシャが装着された。
「うん、めっちゃ似合ってる」
「立派なわんこだな」
「すげーかわいいじゃん」
自分よりはるかに見た目のいい男子達に、寄ってたかって褒められると、何だか虚しく悲しくなってくる。
ほんのり涙ぐむ僕を無視して、先輩キャスト達の話し合いが、新たなフェーズに入った。
「わん五郎」「ちょびすけ」「迷犬ペス」「ぷにお」「黎明に謳う漆黒の堕天」……口々に羅列されていく、ヘンテコな言葉の数々。
嫌な予感がする。
「何の相談ですか?」
おっかなびっくり尋ねてみると、悪びれる様子もなく、堂々とした返事がきた。
「君のキャストネーム」
「本名が晴真なんで、ハルでいいですっ!」
仮名とはいえ、珍名奇名で呼ばれたくなんかない。
この人達は顔こそ良いけれど、ネーミングセンスが壊滅的だ。
そしてこの中に一人、ほぼ確実に、厨ニ病患者が紛れている!
働く前段階なのに、精神的にかなり削られた感があるけれど、決めるべき事は多分もう全て決まったはずだ。
この輪だって、すぐにでも解散していいはずなのに。
「ハルちゃん、お手」
「……ワン」
「おお、ノリ悪くないじゃん新人くん」
「おかわりは?」
「ワン」
続けざまに、変ないじりが始まってしまった。
もうどうにでもなれ。
やけっぱちになっている僕を救ってくれたのは、意外にもファーストインパクトから冷たかったレオさんだった。
「新人、こっち来い」
「はい!」
キャストリーダーからの召集という大義名分を得た僕は、顔面エリートの輪からそそくさと抜け出し、カウンター席に腰掛けるレオさんの元へと駆け寄る。
「この卓番表、頭に叩き込め。
今日は初日だから、配膳と片付けだけやってればいい。
接客は他のキャスト観察して、少しずつ覚えていけ」
「はい」
スパルタなのか優しいのか分からない指示を出して、レオさんはカウンターの内側に入っていった。
それと同時に、来客を報せるドアベルの音が店内に響く。
カウンター横に佇んでいる、大きなのっぽの置き時計が指している時間は、4時ちょっと過ぎ。
このお店は16時開店なのだろう。
なりゆき上とはいえ、働く事になったからには、きっちり仕事しよう。
制服であるスラックスとベストのしわをピンと伸ばして、僕は気を引きしめた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
コンセプトカフェと聞いて、正直、身構えていた。
けれど「けも耳☆カフェ」は、一般的なカフェとあまり変わりはないようだ。
お客さんの9割が女性なのは、ちょっと異質だけれど。
働き始めて1時間が経った現在、僕はレオさんの指示通り、配膳と片付けに精を出していた。
その傍らで、先輩キャスト達の接客をチラチラ観察するのも、忘れてはいない。
獣の耳をつけた悪の組織の一員である彼らは、お客さんのテーブルのそばに立って、雑談したりしている。
高額なシャンパンを無理やり注文させる……なんて悪事を働く気配はない。
チェキとかいうインスタントカメラで一緒に写真を撮るのは、コンセプトカフェならではの接客なのだろう。
思っていたより皆、紳士的だ。
お客さんに
新人キャストである僕に対しては違う。
「ハルちゃん、頑張ってる~?」
すれ違うたびに、髪や肩をさりげなく触られる。
「おっ、ハルちゃんサンキュ」
物を手渡せば、手ごと握られる。
「ハルちゃんのケツちっちぇーな!」
通りすがりにお尻を揉まれた時には、「ひゃっ⁉︎」なんて、情けない声を上げてしまった。
もしかしてこの店の人達は、ネーミングセンスだけじゃなく、同僚に対する距離感もバグっているのだろうか。
それにお客さんもお客さんで、ちょっとズレている気がする。
僕がからかわれるたび、いたずらされるたびに、歓声のような悲鳴を上げて、ニヤニヤするのだから。
(なんか……変な店だなぁ)
漠然とした不安と違和感を抱えながら、空いたテーブルを拭いていると、
「ハル、それ終わったらカウンターでグラス洗え」
レオさんのぶっきらぼうな命令が飛んできた。
開店からずっと、レオさんはカウンターから出ずに、ドリンクを作ったり伝票を管理したりしている。
チラチラ観察していたけれど、カウンター席のお客さんと短い会話をする程度で、ニコリともしない。
(接客業なのに、それでいいのかなぁ……)
無愛想なレオさんの隣りで黙々と洗い物をしていると、なんだか息が詰まってしまう。
何か適当な話題はないだろうか。
ちらりと視線を向けると、会話の糸口になりそうなアイテムを見つけた。
「レオさんのカチューシャって」
「カチューシャじゃなくて、耳」
「あ、えっと、耳って、それでOKなんですか?」
僕のいう「それ」とは、シルバーアッシュのウルフヘアに冠された、4本の黒い角。
上にガゼルの細長い角、少し低い位置に羊の巻き角が生えている。
「それ明らかに、けも耳じゃないですよね?」
ちょっと突っ込んでみると、カウンターのお客さんがレオさんの代わりに返事をした。
「似合ってたら別にいいんだよ、新人くん! ちっちゃい事は気にしないの!」
「そういうものなんですか」
「そうそう!」
だったら僕も、角の方が良かった。
犬の垂れ耳なんかよりも、全然かっこいいから。
不満が胸に積もって、無意識に唇が尖ってきてしまう。
これは小さい頃からの、僕の悪い癖だ。
「やだ新人くん、その顔やばい!」
「えっ⁉︎ あ、すみません!」
「違う違う! 悪い意味のやばいじゃないから!
やばーい、キャラもイイわ~!
妄想はかどるぅ~!」
カウンターで嬉しそうに身悶えるこのお客さんは、僕のふくれっ面をネタに、一体何を妄想するというのだろう。
知りたい気もするけれど、あまり深入りしないのが吉かもしれない。
ちょうどグラスも洗い終わったし、さっさとホールに戻ろう。
完了報告をしようとレオさんに顔を向けると、お客さんのオーダーに先を越されてしまった。
「ねえレオくん、課金したいんだけど」
「何?」
「ポッキー!
レオくんが左で、新人くん右で!」
「……分かった。
ハル、厨房からポッキー持ってこい」
「はい」
新たな指示に従って厨房に向かいながら、僕はお客さんの発した謎の言葉の意味を、解析にかけていた。
ポッキーを、レオさん左で、僕が右。
あれこれ想像してみても、どれも正解ではない気がする。
(まあ、持っていけば分かるか)
ブランデーグラスにおしゃれに盛り付けられたポッキーをトレーに乗せたタイミングで、僕は考えるのをやめた。
「お待たせしました」
カウンターに戻りポッキーを提供すると、お客さんはニコッと笑ってくれた。
対してレオさんは仏頂面のまま。
いや、むしろ不機嫌なような……?
何かドジを踏んでしまったのかと畏縮する僕に、レオさんは低いイイ声で、端的に命じてきた。
「ハル、咥えろ」