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#1・純情男子は流されやすいのがセオリー


 きっかけは、一般的な大学生によくある悩みを、僕がふと漏らした事からだった。


「はあ~、お金ないなぁ」


 学食で激安大盛りカレーをついばみながら呟くと、斜め向かいの席に座っているギャルの美羽ちゃんが、ずいっと身を乗り出してきた。


「え、瀬戸くんバイトしたいの? アタシいいトコ知ってるから、紹介したげるよ!」


「いいトコ?」


「時給高いし、出勤もゆるいし、頑張り次第でバックもあるよ」


「それってまさかホストとか?」


「バーカ! そんなん晴真につとまるわけねーだろ!

コイツどう見たって、騙すより騙される側じゃんか!」


 隣に座る大崎くんに大笑いで否定されて、僕はわざと大きな音を立ててスプーンを置いた。


 ちょっとムッとしてるぞ、という意思表示だ。


 そんな僕の反応のどこがお気に召したのか分からないけれど、大崎くんはニタニタしながら、がっつり肩を組んでくる。


「まあな? 顔は悪くねーよ、顔は。

むきたてタマゴみてーにつるんつるんで白くて、ヒゲもねぇし。

晴真に女装させたら、俺イケそ~♡」


「こっちがお断りだよ、大崎くんみたいなゴリラマッチョ!」


「何だと~⁉︎ 揉むぞコラ!」


「ドコをだよっ!」


「はいはい、そこイチャつくなし!」


 どこぞかを大崎くんに揉まれる前に、しょぼい小競り合いを見かねたらしい美羽ちゃんが、割って入ってくれた。


 しかし、僕の気のせいだろうか。


 大崎くんと僕を映す瞳に、何だか妙な笑みが浮かんでいるように見えるのは。


 デカ目カラコンの奥に隠された真意をじ~っと探っていると、美羽ちゃんはさりげなく目と話題をそらした。


「でさ、話戻すけど。

いいバイト先ってのは、アタシの行きつけのカフェなんだけど、瀬戸くんどうよ?」


「なーんだ、カフェかぁ。だったら全然いいよ。紹介してくれる?」


 カフェならば健全安全だし、バイト先として申し分ない。


 初めに聞かされていた待遇からグレーっぽいアレコレを想像していただけに、ちょっと拍子抜けした感すらある。


 魅力である時給の高さは、きっとそれなりに忙しいお店だからだろう。


 すっかり気を抜いてのほほんと構える僕とは対照的に、美羽ちゃんはテキパキと仕切って、お膳立てしてくれた。


 その結果、面接が今日の午後4時に取り付けられ、指定されたお店の前に、開始20分前にやってきたのだけれど──。


「な……んだ、ココ?」


 美羽ちゃんの言っていた通り、カフェである事には間違いなさそうだ。


 しかし掲げられている看板の「CAFE」の文字の前に、何だか香ばしいワードが踊っている。


 「けも耳☆」。


 言葉の意味は分かる。


 獣の耳で「けも耳」だ。


 何となく嫌な予感がして、僕は尻ポケットからそろりとスマホを取り出した。


 電話をかける先は、もちろん美羽ちゃんだ。


『どーしたぁ? 道に迷った?』


「いや、今お店の前に着いたんだけどさ。

”けも耳カフェ”ってどういう事?」


 不安を押し隠した穏やかな声音で尋ねると、受話口からあっけらかんと明るい声が返ってきた。


『あれぇ? アタシ言ってなかったっけ。

そこ、カフェはカフェでも、コンカフェだよ。メンコンともいうかな。

つまり、コンセプトカフェ!』


 顔からザッと血の気が引いた音が聞こえた気がした。


 コンセプトカフェ。


 ニュースやワイドショーで、見聞きした憶えがある。


 それらは大抵、僕と歳の変わらない女の子が、店員に貢ぐために良からぬコトをして、警察のご厄介になりました……という内容だったような。


「ぼっ、僕! やっぱり面接受けるのやめるっ!」


 品行方正をモットーとする僕が、犯罪の片棒を担ぐだなんて、とんでもない。


 まっぴらごめんだ。


 魔の巣窟の入り口から踵を返して逃げ出そうとした、その直後、


「へぶっ⁉︎」


 顔面に衝撃を感じて、僕は急ブレーキを踏む羽目になってしまった。


 じんじん痛む鼻を押さえながら見上げた先には──不機嫌そうに細められた黒い瞳。


 そしてすっと高い鼻、引き結ばれた薄い唇。


 シルバーアッシュのウルフカットが、整った全てのパーツと良く調和している。


 どうやら僕は、このイケメンの胸にぶつかってしまったらしい。


「すっ、すみませ」


「面接だよな?」


 脊髄反射で発した謝罪の言葉の尻尾に、イケメンの決めつけたような問いかけが重なった。


 顔がイイこの人は、声もイイらしい。


 そしてイイ声というのは、ちょっとした魔力すら帯びているのかもしれない。


 気が付いたら僕は、向けられていた問いに対して、イエスの頷きを返してしまっていた。


 途端に捕まえられる、僕の右手首。


 抵抗する間もなく、僕の体は魔の巣窟内部へと引きずり込まれた。


 こんな奇妙な状況にもかかわらず、ほんのり湧き上がってきた好奇心が、店内の様子をうかがってみるよう囁きかけてくる。


 ファンタジー世界の悪魔の城の内部みたい……というのが、ぱっと受けた印象だ。


 アンティーク調? ゴシック調?


 床は白黒チェックのタイル貼りで、中世ヨーロッパ風のテーブルやイス、シャンデリアなんかがある。


 全体的にダークな色でまとまっていて、カッコイイといえばカッコイイかもしれない。


 初めての異空間に面食らっているうちに、僕は店の一番奥、「STAFF ONLY」のプレートが貼られたドアの前まで、連れて来られていた。


「あの……」


 戸惑いの視線をイケメンに向けると、細いアゴが「入れ」というジェスチャーをした。


 ここまで来て今さら逃げるわけにもいかないので、僕は命じられた通り、おそるおそるドアを開いてみる。


 怯えて無意識に細めていた目に飛び込んできたのは、懐かしさを感じさせる光景だった。


 壁際に並ぶロッカー。


 わちゃわちゃ着替える男子達。


 長机の上に雑然と広げられた私物の数々。


 部室だ。


 高校の時に入っていた、バドミントン部の部室にそっくりだ。


「レオくん、おはよ」


ドアが開いた事に気付いた一人が、僕の斜め後ろに立つイケメンに声をかけた。


「おう」


「その子、新人?」


「ああ。今日から働く事になった」


 一連の会話から察するに、どうやら僕の預かり知らぬ所で、勝手に採用が決定していたらしい。


 けれどここは、悪の巣窟。


 このまま流れに流されて、悪の組織の一員に成り下がるわけにはいかない。


「ええと……レオ、さん? 面接は? オーナーさんとか店長さんとかに許可もらわなきゃまずいんじゃないんですか?」


回りくどい問いかけで、辞退の意思を匂わせたつもりだったけれど、


「俺がキャストリーダー。俺がOK出せば採用」


ダメだった。


 レオさんにはちっとも伝わらなかったようで、じつに簡潔な説明を返されてしまった。


 だったらどう言えば、角を立てずに辞退できるのだろう。


 頭を悩ませていると、レオさんの大きく無骨な両手が、僕の腰をぎゅっと掴んできた。


「うあっ⁉︎」


「制服はMでいいな。ケイジ、用意してやってくれ」


「了解~」


 ──こうして僕は流されるままに、悪の組織「けも耳☆カフェ」に取り込まれてしまったのだった。


 けれどこの時、僕はまだ気付いていなかった。


 このカフェの看板の、「けも耳」と「CAFE」の文字の間にある☆マークの中に、アルファベット2文字が小さく書かれていた事に。


 そして予想だにしていなかった。


 この後自分が、とんでもない辱めを受ける羽目になる事を。




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