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第30話 俺の心配事②

 いつからだろうか。楓は急に自分から行動を起こすようになった。元々内気な性格だったのに何の前触れもなくだ。運動会の実行委員や文化祭実行委員、ましてや生徒会まで。元は何の縁もないような仕事までも積極的に取り組むようになった。俺はある時訊いてみた。「なんでそんなに頑張るんだ?」と。答えは簡単だった。


「私にはそれしかないから。」


彼女は珍しく、寂しそうな顔をした。いつも愛想笑いばかり振りまいていて、何を言われても顔色一つ変えない彼女がだ。俺は間違ったことをしたと思った。彼女にこんな顔をさせてしまった。その罪悪感に溺れて、数日間学校を休んだ。再び学校に行こうと思えた日、外に出ると彼女が目の前で待っていた。するとこうだ。


「おはよ!」


はぁ、こいつはこうだから。無理しやがって。心配は俺だけにさせろよ。


 気づけば意識が飛んでいた。時計を見ればもう8時になっていた。目の前で眠っている彼女の額に手を当てる。少し熱いが明日の朝までには引いてそうだ。おばさんが帰ってくるまであとどれ位だろうか。静かにドアを開けて勉強道具を取りに帰る。数学の問題集と筆箱だけ持って、また楓の家に戻った。彼女はまだ寝ていた。俺はその横でペンを手に取った。


 俺の右腕に少し熱い体温を感じる。たぶん楓が起きたのだろう。


「おはよ。」

「おはよ。何やってるの?」

「勉強だよ。2歳児でも分かるぞ。」

「馬鹿ですいませんでしたねぇ。で、この丸何?」

「その馬鹿がやっときゃ平均取れるだろうって問題。」

「いつもごめんね。」

「別に、復習にもなるし。メモっとけよ。P11全部、P12の4~6……」


問題数にしてだいたい大問40題。これでもだいぶ削った方だ。


「多い…」

「文句言うならやんな。」

「でもやる。」

「よし。」


なんでこんなことをするのか。それは来年には修学旅行があるからだ。こいつと一緒じゃなけりゃ楽しくないだろ。アイツらも、こいつも、俺も。こんなこと死んでも言えねぇがな。


「ねぇなんでこんなことしてくれるの?」

「だから、いっつも言わんって言ってるだろ。」

「いつか言わせるから覚悟しな。」

「へいへい、俺の口がそんなにふわふわしてると思うなよ。」


まあ、こいつが彼女にでもなったらあるかもしれんがな。100万分の1ぐらい。もとより墓場まで持ってくつもりだし。


 なんてことを話してたらガチャリとドアが開く音がした。おばさんだろう。


「ただいまぁ〜。」

「おかえり〜。」

「おかえりっす。お邪魔してます。」

「いいのよ。あら楓の顔色だいぶ良くなってるじゃない。奏くんパワーかしら。ありがとね。」

「普通に飯食わしただけですよ。他は何もしてないです。」

「あれ?何も食べないんじゃなかったっけ?なんでだろねぇ〜?」


おばさんはいたずらっぽい顔を浮かべて唇に人差し指を当てて楓を見る。すると楓は顔を真っ赤にして


「しっ、知らないわよ。もう寝る。おやすみ!」


とだけ言い残して2階に上がって行った。


「本当にありがとうね。」

「だから別にいいですって。」

「報酬は?」

「いらないです。いつも言ってるじゃないですか。じゃあ僕はこれで。」

「あらそう。おやすみ。」


俺は玄関を出てさっきよりも寒くなった夜道を歩く。おもむろに楓の部屋を見上げると、彼女はこちらを見ていた。目が合うとサッとカーテンを閉められた。


「まったく、心配ばっかさせやがって。」


帰りの所要時間は15秒だった。

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