クラブ後の一人ぼっちの帰り道。濡れたままの髪が夜風で冷えて少し寒く感じる。疲れきった背中にリュックの重みがのしかかって、足取りは自然と重たくなる。俺の家は山の中腹の住宅街にあって、楓の家の隣だ。今日から明後日の分の食材を抱えて坂を登っていく。静かな道を歩き、誰もいない家に着いた。電気を点け、買い物袋を机に置く。自分の部屋に上がってリュックを下ろし、重たい制服を脱ぎ捨てて、スウェットに着替える。下に降りてキッチンの電気を点け、鶏むね肉を切って衣をつけて揚げる。レモンをかけてご飯と一緒に食べる。もちろん、向かいには誰もいない。最近はずっとそうだ。朝こそ母親が作ってくれるが、俺が起きる前に家を出て行ってしまうので、結局は一人だ。ましてや、帰ってくるのも俺が寝てからなので、おばさん(楓のお母さん)に作ってもらったりしていたが、最近はあまりお世話になっていない。少しずつ自炊にも慣れてきて、レパートリーもどんどん増えていっている。お吸い物の素を少しアレンジして中華風にしたスープを飲んでいるとRINEがきた。おばさんからだ。
『奏くんごめんね。今日帰り遅くなりそうだから、楓の面倒見てくれる?』
「いいですよ、何時ぐらいになりますか?」
『商品のトラブルがあってね、分かりそうにないわ。』
「了解です。」
俺はスマホと財布をポケットに入れて、隣の楓の家に行く。所要時間5秒。『UNAMI』と書かれた表札の下のインターホンを押すと、すぐに反応があった。
『奏?なんで?』
「おばさんに頼まれてな、入れろ。」
『えっ、ちょっ、待って。』
楓はマイクを切るのを忘れて、そのまま部屋の片付けを始める。俺がもう一度インターホンを鳴らすと、楓は文句を言いながらマイクを消した。
「おまたせ。」
3分後、彼女は玄関の扉から少し顔を覗かせる。
「お邪魔します。」
「えっ、ちょっ、ちょっ。」
「どうした?」
「寝間着だし、髪ボサボサだし…恥ずい…。」
彼女は軽く髪を押さえて、顔を俯ける。
「俺とお前の仲だろ、俺は気にしねぇから。」
俺は扉を強引に開け、中に入った。相変わらず綺麗に片付けられていて、埃一つない。棚に並べられている漫画も順番に並べられていて、前来た時よりも少し増えている気がした。
「飯、食ったか?」
「まだだけど。」
「何なら食えそうか?」
「…うどん。」
「待っとれ。」
「うん。」
いつも通りの短文での会話を繰り広げ、俺はキッチンに立った。後ろから視線を感じながら、手早く作ると、彼女はソファで横になっていた。
「ごめん、ちょっとしんどいかも。」
「分かった。」
テーブルにうどんを置き、毛布を彼女にかける。荒かった息が10分後にはもういつも通りに戻っていて、むくっと起き上がった。
「食べる。」
「1人で食べれるか?」
「頑張る。」
「おう、頑張れ。」
俺は基本的には彼女の意志を尊重することが多い。それは反対したら拗ねるのもあるからだが、なんでも出来てしまうのも理由の一つである。ゆっくり30分ほどかけて食べ終わった彼女が、食器を台所まで運ぼうとするのを制して、寝転ばせる。すると安心したのかすぐに規則正しい寝息を立て始めた。
「無理しすぎだ。バカ。」
彼女の前髪をそっと撫でて、俺は立ち上がった。