私のすぐ隣で歩く1人の少年。少し頼りないし、分からないことも多いけれど、確かに一緒にいて楽しい。肩と肩が触れ合いそうな距離。少し私の方に傾けた傘で真上の空を覆っている。彼の左肩は雨に濡れて少し色が濃くなっていて、点々と縦に線がついている。私は彼の腕を抱き寄せた。
「濡れてるよ。久志も入りな。」
私が下から彼のことを見つめると、やれやれという顔を浮かべて、彼も中に入った。少し顔に熱を感じた。彼の方を見やると、耳まで真っ赤になって、そっぽを向いている。家まではたまに肩がぶつかったり、離れたり、何の会話もないけど、嫌では無い時間を過ごした。
暗い部屋の電気を点ける。まだ杏ちゃんは帰っていないようだ。
「風呂入るか?」
「久志が先入って。」
「俺は別にいいぞ。」
「い・い・か・ら!」
まったく困った同居人だ。こっちがいいって言ってんのに。まあそういう優しさがちょっとだけいいって思っているんだけど。好きとかじゃないからね、絶対。
ザァーとシャワーの音がプラスチックの扉越しに聞こえてくる。私は雨で少し乱れた髪の毛を直して、晩御飯を作り始めた。今日はスーパーに寄らずに帰ってきたから、冷蔵庫の中にあるものはまばらだ。私はまだ量の残っていた豚バラ肉とキャベツを取り出し、回鍋肉を作った。ガラガラと音がして少ししたら、彼が髪の毛を拭きながら出てきた。
「おっ回鍋肉か、美味そうだな。」
「でしょ!早く髪乾かして来て!」
「お、おう。」
少し近づきすぎたかな?気づいたら、私と彼の距離はほんの数センチほどになっていた。さすがに彼も驚いたようで、ちょっと頬を赤くしている。
「ごめん。」
「いいよ。」
彼は手をひらひらさせて再び洗面所に戻って行った。
回鍋肉は初めてにしては上手くできていた。味の濃さもちょうどご飯に合っているし、ソースの焦げ具合もちょうどいい。向かいに座っている彼も箸が止まっていない様子だ。美味しいご飯ほど口数も減るのか、部屋は食器と箸が擦れる音だけが響いている。
「美味かったぁ!」
「お粗末さまでした。」
「桜って料理上手いんだな。」
「久志がレパートリー少なすぎるだけでしょ。」
「よし、桜は明日から晩飯はスパゲッティだけ!」
「それだけはやめてください。お願いします。」
私たちはソファに座って眠たくなるまで話したり、ゲームしたりして。杏ちゃんが帰ってきて、部屋は一層騒がしくなる。そのあともご飯を作ったりゲームしたり。気づけばもう11時。私たちはそれぞれの部屋に入って、今日一日のことを思い出しながら眠りについた。
やはりこの家は居心地がいいようだ。