俺たちは今、カラオケに来ている。なぜこんなことになったのか、振り返ってみよう。
○○○○○
これは約1時間前のこと。
「肉うまかったぁ〜。」
「食い過ぎたぁ〜。」
俺たちはそんな他愛もないことを呟きながら、商店街を歩く。
「まさかQがグループ(トーク)使ったことないとはな。」
「しょーがねぇだろ。今までそういう人たちいなかったからな。」
焼き肉の時に作ったグループ『KYUKA組』。俺達の苗字の頭文字を取って作った名前だ。彼らにとっては数多くある中の1つのグループ。だけど、俺にとってはたった一つのグループだ。何だか嬉しいような…。
「Q、何でニヤついてんの?」
海南さんがひょこっと顔を覗かせる。
「いや、何でも。今からどっかいくの?」
俺以外の全員が頭に『?』を浮かべた。
「あの流れでカラオケ以外のどこ行くの?『何歌う?』とか言ってたじゃん。」
「楓、Qはそういうの行ったことないから分からないのよ。」
「ああ、なるほど。」
いや納得すんなや。
○○○○○
そして現在。絶賛カラオケ中だ。
「うぉお〜!Q、声いいぞ〜!」
「カッケ〜!」
曲はとりあえず『ワンピ』縛り。そこまで知識のない熊野さんと有田さんは先にギブアップして今は自由に歌っている。が、俺と海南さんと加太くんはまだ余裕がある。
「くそ、ここで2
「いや、海南さんこそ
「あれは私の十八番だから。じゃ、次私ね。最近のやつだけど。」
何が飛び出すのかと思えば2年前の劇場版の
「うわっ、その声出るの?」
モノマネ芸人顔負けなほど忠実に再現された掠れ声にグットを送るとピースが返ってきた。
「うぅ。声死にそう。」
そう言って海南さんはグラスを手に取り、レモネードを注ぎに行った。
「次、俺か。俺も最近のやつなんだが。」
加太くんが立ち上がる。軽くレモネードを飲んで優しく歌い始めた。今のOP曲だ。Aメロが始まったところで、海南さんが帰って来た。
「やっぱ奏っちか。ローテンポの方が得意だもんね。」
加太くんの歌声にうっとりしていると、俺の番になった。
「じゃ、俺はちょっと前の劇場版で。」
イントロ終わりの軽いシャウト。部屋が一気に盛り上がる。
「懐かし〜。」
「これもそうやった。」
それぞれが口々に呟いているが、そんなのに構っている暇はない。なんせキーが合ってないんだから。
「しんどかった〜。」
「Qはもうちょっと低いでしょ。」
有田さんがレモネードを差し出してくる。それを受け取って口に含んだ。
「それ、間接キスだよ。」
「…マジ?」
「マジ。」
「まあいいや。」
「え〜、もうちょっとたじろいでよ〜。」
そう言う有田さんの頬はほんのりと染まっている。多少なりとも恥ずかしいんだろう。
「ラス1私たちで歌いたいんだけど…って茹でダコ!」
海南さんが叫ぶ。すると有田さんはさらに頬を赤くして、
「うるさい!」
と言う。ニヤニヤしながら入力した海南さんは加太くんと一緒に有名な海賊の歌を歌った。
カラオケを出て、駅前のロータリーへ。帰宅ラッシュの波に乗ったサラリーマン達が行き交っていた。
「「「じゃあね〜。」」」
「「バイバイ〜。」」
電車組の加太くん、海南さん、熊野さんが改札の奥に消えていく。背中が見えなくなるまで手を振り続け、俺たちは家路についた。
「有田さん、あっちじゃないの?」
「今日はそういう気分なの。」
「そ。」
俺は黒い自転車を押しながら、有田さんとゆっくり歩く。春になったとはいえ、夜の冷たい風が肌を突き刺してくる。
「楽しかった?」
「まあ。」
「それならよかった。」
慣れてるから会話が続かないのが苦痛には思わない。が、この無音の時間は、むしろ心地よかった。
「ねぇ。」
「ん?」
「私のこと、『桜』って呼んでよ。みんなみたいにさ。」
「えっ、い、いいけど。」
「じゃあ一回だけ呼んでみてよ。」
彼女はずいっと顔を覗かせる。その距離、ほんの数センチ。互いの呼吸がわかるほどの距離。
「さ、桜。」
「よし。」
自分の頬に熱が帯びていくのが分かった。夜でよかった。