誰かに引っ張られる感覚があった。薄く目を開ける。そこには私の手を剥がす由良君がいた。あっ、抱きついたまま寝ちゃったんだ。悪いことしたな。やがて手は完全に剥がされて由良君は立ち上がった。私は、彼の服の裾に手を伸ばしたが、届かなかった。一度寝返りをうって壁に向く。扉が閉まる音がしてから、今まで薄目だった目を完全に開けた。
「ん〜ん〜、んっ、〜〜〜」
頬が火照っていくのが分かる。枕に向けて言葉にならない叫びを繰り返しているのも、気付くのは私だけだ。自分が何でこんなことをしてしまったのか解らない。確かに由良君といると安心するし、楽しい。ちゃんと気遣いもできるし、杏ちゃんからも信頼されている。そして、彼のことを尊敬している。なぜだろうか、昨日からずっとこんな感じだ。1人になると彼のことを考えてしまう。彼が晩御飯を作っているときも、彼がお風呂に入っているときも、そして今も。私は彼のことでいっぱいだ。おかしくなりそうなくらい。
そんなこんなでかれこれ小一時間。ずっと彼のことばかりだ。人はこれを恋だと言うのかもしれない。でも…
―これは恋なんかじゃない。今はそういうことにしておいてください。―
深呼吸をしてドアノブに手をかける。頬の熱はもう引いた、と思う。ゆっくりと階段を下りる。
「おはよう。」
「「おはよう。」」
やっぱりこの家族はいい家族だ。私もここにいられたら…
「朝から何考えてるんだ?難しい顔して。」
「べっ、別に。」
私はそっぽを向いて答える。
「ふふっ、そうか。朝はホットサンドだけど、具材何する?」
彼はエプロンの紐を括りながら訊いてくる。少し長い髪は後ろで括られていて、学校とのギャップがヤバい。
「具材は何でもいいよ。あと、もしよかったらなんだけど…久志君って呼んでいい?居候させてもらうのにいつまでも他人行儀なのもなんだし…」
「ああ、い、いいけど。」
「じゃあ朝御飯よろしくね、久志君!」
「うい。」
上機嫌にソファに座ってニュースを見る。キッチンからバターの香りが漂ってきて、お腹が鳴る。
「お腹すいたね!」
杏ちゃんが笑顔で言ってくる。
「うん。そうだね。」
私は杏ちゃんに抱きついた。
「できたぞって、動く気なさそうだな。俺も混ざっていいか?」
久志君がおどおどしながら訊いてくる。
「「ダ〜メッ!」」
私たちは笑いながら答えた。