「アレクシス、今日は授業をサボったんだってな」
低く響く声が、静まり返った書斎の空気を切り裂いた。壁一面に並ぶ重厚な本棚、中央には存在感を放つ大きな机。部屋全体に漂う威圧感が、父と子のやりとりに緊張感を加えていた。
アレクシスは、革張りのソファに座ったまま、ちらりと父親を見上げた。その瞳には、年齢に似つかわしくない反抗的な輝きが宿っている。
「…はい」
幼い声は短く答える。
エドガーは、机の上に広げた書類から目を離さず、冷静な口調を保ちながら問いを重ねた。
「理由を聞こうか」
小さな体で深いため息をついたアレクシスは、ソファに背中を沈める。足は床に届かず、ぶらぶらと揺れている。彼は短い指で前髪をかき上げ、天井を見上げながらぼそりと呟いた。
「窓から母上が見えたから」
エドガーの動きが一瞬止まった。しかし、彼は感情を隠しながら冷静を装う。
「それで?」
アレクシスは薄く笑った。けれど、その笑みはどこか拗ねたような幼さを残している。
「授業の内容なんて、もう全部覚えてるし。正直、意味がないかなって思っただけ」
言い終えると、彼は小さな肩をすくめた。
エドガーは静かに書類を閉じ、机の向こうから立ち上がった。
「理由は本当にそれだけか?」
アレクシスは一瞬言葉を詰まらせた。だが次の瞬間、ソファから飛び降りると、小さな体をめいっぱい使って父親を睨みつけた。
「それ、父上に言われる筋合いありますか?」
エドガーの眉がわずかに動く。それを見たアレクシスはさらに勢いを増した。
「どうせ僕のことなんてどうでもいいんだろ?どこ行っても、何しても、父上には関係ないことですから!」
幼い声には鋭い棘が混じりながらも、奥底には寂しさが滲んでいた。
エドガーは目を閉じ、深い息をついた。そして、声のトーンを落として話し始める。
「アレクシス、お前のことを大事に思っている。お前の立場を忘れるな。もし目立つ行動を取れば、奴に狙われるかもしれないんだ。お前を守るためにも—」
「大事?」
アレクシスは小さな手をぎゅっと握りしめる。
「前の世界じゃ、僕のことなんて見向きもしなかったくせに!」
エドガーの目が驚きに見開かれた。その隙を突くように、アレクシスは机の前まで駆け寄る。
「そもそも、父上がもっと母上を大事にしてたら、救えたかもしれないのに…!」
その言葉には怒りと悲しみが混ざり合っていた。小さな体全体が震えている。
エドガーは言葉を失い、ただその場に立ち尽くした。
「もういいよ。父上の言い訳なんて聞きたくない!」
アレクシスは振り返ると、小さな手で書斎の重たい扉を押し開け、駆け出していった。
扉が閉まる音が響いた後、エドガーは拳を固く握り締め、無力感に包まれたままその場にしばらく立ち尽くしていたのだった。