「母上、こっちです!」
アレクシスは小さな手で前方を指し示しながら、私を導いていく。秘密の場所だということで、カイルには少し離れた場所で待ってもらっている。
ふと目を向けると、緑に囲まれた細い小道が続いていた。まるで物語の中に迷い込んだかのような静寂と神秘。足元には冷たい空気がまとわりつき、小道の先には古びた石のベンチが一つ、控えめに佇んでいた。
その周囲には色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りがふんわりと漂っている。なんとも美しい場所――なのだが、どこか寂しげな雰囲気がある。
(これが…アレクシスの秘密の場所…?)
私はその景色に心を奪われ、気がつけば足を踏み入れていた。
「どうして、私を連れてきてくれたの?」
そう尋ねると、アレクシスは真剣な表情で口を開いた。
「母上に、大事な話があるんです」
その言葉に、胸がざわつく。
大事な話? いったい何を――?
「母上、私はここに来ると…すべての過ちが許された気分になるんです」
私は思わず動きを止めた。
え? ちょっと待って。
5歳児がそんな深刻そうなこと言う?
君、何周目の人生生きてるの?!
心の中で全力でツッコミを入れる私の前で、アレクシスはその美しい瞳を真剣に見開いている。
「な、悩みでもあるの?」
恐る恐る聞くと、彼の表情がさらに鋭くなる。
「母上は後悔していること、ありますか?」
その言葉に、思わず心臓が止まりかけた。5歳児からの精神攻撃、効果抜群。
「後悔…してること?」
正直、ありますけど、それ聞いてどうするつもり?
でもその真剣な瞳に押され、私は小さく息をつきながら答えた。
「ええ、もちろんあるわよ」
すると、アレクシスの顔がぐっと近づいてくる。距離が近い、近いって!
「具体的には、どんなことですか?」
その問いに、私は思わず考え込んでしまう。だが、ふとしたアイデアが浮かび、軽い調子で答えた。
「そうねえ…昨日のお昼に出たスイーツ、おいしかったのに遠慮しちゃって、もっと食べなかったことかな」
数秒の静寂――。
次の瞬間、アレクシスは目を丸くし、突如として大爆笑を始めた。
「母上、それが後悔ですか!?」
お腹を抱え、涙を浮かべて笑い転げるアレクシス。さっきまでの緊張感はどこへやら、完全に笑いの渦に飲み込まれている。
「な、なによ急に!」
困惑する私をよそに、アレクシスは顔を上げ、にこっと笑った。
「ほんとに母上って面白いですね!」
ついさっきまでの重い空気が嘘のように、彼は屈託のない笑顔を見せた。そのあまりの変わりように、私は思わず首をかしげたが、アレクシスが楽しそうなので良しとすることにした。
その後、私たちはしばらく黙って歩き続けた。静寂に包まれたその場所で、アレクシスの笑顔を思い浮かべながら、彼の持つ謎がますます深まっていくような気がしていた。