「父上、母上が困っているではありませんか。」
でた!監視役2号!息子のアレクシス。
――まさか覗いていたの?いつから?!
慌てて扉の方を見ると、小さな姿がスッと部屋に入ってくる。こちらを見つめるその瞳は、5歳児のそれとは思えないほど落ち着いていて、どこか鋭い。
彼は小さな体をきちんと正したまま、こちらに向き直った。その動作には5歳児らしからぬ落ち着きがあり、微かな重みさえ感じさせる。
淡い陽光が差し込む部屋の中、アレクシスの瞳が静かに私を見上げている。
「母上は…突然倒れるほど、何か抱えているのですか?」
アレクシスの一言に、部屋の温度が急に下がったような気がした。
――え、いやいや!何その言い方。
どういうこと?まさか、この子もエドガーと手を組んで、私の脱走を阻止しようとしているの?
困惑が混じった感情を何とか押し隠し、私は息を整え、背筋を伸ばした。
「ふっ…まさか。」
軽く鼻で笑うような仕草を交えつつ、目元に余裕のある微笑を浮かべた。声はやや低めに抑えて、どこまでも自信に満ちた響きを意識する。
「私はブラックソーン家のソフィアよ?」
そこまで言うと、まるで舞台上の女優のように手元をひらりと動かす。
――そう、あたかも扇子を広げたかのような仕草で。
だが、もちろん現実にはそんなものはない。ただ空中に描いた虚構の道具だ。それでも、自分の心の中でそれが存在するかのように思い込むことで、あたかも本物の悪役令嬢になりきれる気がする。
優雅さ、余裕、そして威厳――それらを身に纏ったつもりで、私は冷たく笑った。
「私が何か抱えているですって?何も抱えるものなんてないわ。私はただ、あなたたちの役に立つ邪魔者でいるだけ――それ以上でも、それ以下でもないわよ。」
言葉を放ちながら、ちらりと彼の表情をうかがう。その瞳にはわずかな揺らぎが見えた。
――よし、これでいい。悪役としての私らしい振る舞いだわ。
きっとこれで、5歳児のように純粋なアレクシスは引き下がるはず…。
と思ったのに、2人はじっと私を見つめたまま、呆然としていた。
あれ、あれれれ?私、何か変だったかな?!?!
その場の空気が妙に重い。窓から差し込む陽光でさえ、どこか冷たく感じられる。
その瞬間、アレクシスの小さな肩がわずかに震え、視線が伏せられた。
「母上…」
彼の声はか細く、震えていた。
――あれ?ちょっと待って。もしかして…これ、逆効果?
え、待って、私の息子どうしちゃったの?
なんか私地雷でも踏んじゃった?
そして、沈黙を破ったのはエドガーだった。
気まずくて目を逸らそうとした瞬間、エドガーの低い声が響いた。
「ソフィア、お前は俺たちにとって邪魔者などではない…!」