ああ、今日はなんて素晴らしい日なんだろう。
空は青く、風はそよぎ、鳥たちの歌声が耳に心地よく響いている。
――これは、完璧な脱走日和だ。
この世界に転生してから数ヶ月が経った。
「冷酷な母親」を演じる日々も、もう限界だ。
正直言って、こんな役目はもう勘弁してほしい。
ソフィアの結末がどんなに悲惨か、私はよーく知っている。
だからこそ、私は決意した――死ぬ前に、必ずここから逃げ出してやる!
その日から、毎日毎日脱走計画を練り続けてきた。
けれど、考えては失敗、実行しては失敗。気づけばこれで73回目だ。
「ソフィア?窓を見つめて、どうしたんだ?」
?!?!
振り返ると、そこにはエドガーが立っていた。
――来た、監視役その1!
私が計画を実行しようとした瞬間、どうして毎回必ず現れるのよ!!
月光のような銀髪が陽光を受けて光り、その琥珀色の瞳が私をじっと見つめている。
まるで触れることが許される唯一のもののような、その柔らかな眼差しで…。
これが、あのエドガー?
ゲームの中では見たこともないような姿なんですけど?
実はエドガーとアレクシスは私の推しキャラだ。エドガーはゲームの攻略対象ではないけれど、アレクシスルートに必ず登場するから、何度もプレイしていた一番の理由でもある。
だが、冷静になれ、私。
推しだからこそわかることがある。これは――演技。完璧な演技だ。
「……別に。ただ、窓の外の景色を眺めていただけよ。」
できるだけ平然を装いながら、エドガーの一挙手一投足を警戒する。
そんな私の警戒心をよそに、彼は穏やかな声で問いかけてきた。
「窓を開けるか?」
「……いえ、結構よ。」
わずかに噛んでしまった言葉が、脱走の失敗を物語っている。
またしても、脱走計画第73案は儚く散ったのだと実感し、思わず心の中でため息をつく。
すると、エドガーが少し眉をひそめながら口を開いた。
「体調は……その、大丈夫か?」
その声がやけに優しくて、私の警戒心が一瞬揺らぎそうになる。
――いやいや、これは罠よ。絶対に罠なんだから!
そう自分に言い聞かせながら、背筋をピンと伸ばし、心を一層引き締めた。
――それにしても、何かがおかしい。このゲームの中で見たエドガーは、過去の回想シーンではいつも
今目の前にいるエドガーは、妙に優しすぎる。
そんなことを悶々と考えていると、目の前にいるエドガーが、ふと優しげな微笑みを浮かべながら、衝撃的な言葉を口にした。
「お前は…こんなに綺麗な瞳をしていたんだな。」
――は?
その瞬間、私の思考が完全に止まった。
目の前で彼が私の手を取ると、驚くべきことにその手に唇を落とした。
――え、えええええ!?
ななな、なんですかこの展開!?!?!?
手が震える私の脳内は完全にパニック。
これ本当にあのエドガー?!
いや、待って、もしかして私みたいにこの人も転生して、別人格でも入ってるのかもしれない?いやいやいや、それともついに攻略ルートがバグったとか?
そんなパニックを起こしている私を余所に、エドガーは満足げに微笑む。
「何だ、その顔。照れてるのか?」
――ち、違う!私は照れてるんじゃなくて、バグに対応しようと必死なだけなの!!
「父上、母上が困っているではありませんか。」
その瞬間、扉の向こうから聞き覚えのある声が響いた。