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第4話


豪奢なカーテン越しに差し込む朝の光が、広大な部屋を柔らかく照らしている。壁にかかる見事な油絵、重厚な家具の数々――どこを見てもため息が出るほどの贅沢な空間だ。


だが、その主である私は、そんな豪華な環境などお構いなしにベッドの上で頭を抱えていた。


人気の攻略キャラクター、アレクシスの母親であるソフィア・ブラックソーン=リヴィエール。


青い瞳に流れるような金髪、細長い指と優雅な立ち振る舞い――ゲームの中では確かに「完璧」であったその姿。だが、いまその身体を操っているのは、前世で満員電車に揺られながら納期に追われ続けた「元・社畜オタク」の私だ。


「無理、無理無理!こんな役、私には無理!」


この世界は、前世で私が心の拠り所として愛した乙女ゲーム『君が未来を照らすから』そのもの。そこに転生したのは良いとして、問題なのは私の役割だ。


夫エドガーと息子を守るため、冷徹に振る舞い、最終的には悲劇的な運命を迎える――そんな結末が私に課せられているのだから。


「あああ、完全に詰んだ」


だって中身はただのオタク。前世では「なんで残業代が出ないんだ!」と心の中で叫びながら書類に埋もれていた人間だ。そんな私が、どれだけ努力したところで、他人を冷徹に見下すような態度をとれるはずがない。


「とりあえずキャラを保つために……しゃべらない!無表情!冷たい目線!」


そう自分に言い聞かせて、毎日「ツンケン」した態度を必死に装っている。だが、その演技の薄さは、昨日の一件で早くも露呈してしまった。


メイドのリナが、「奥様、お昼のご用意が整いました」と控えめに声をかけてきたとき、思わず「ありがとう」と返してしまったのだ。


その瞬間のリナの驚いた顔!大きな瞳を見開いて、「えっ?!」と固まった彼女を見て、私は即座に後悔した。


「や、やばい……キャラ崩壊してる……!」


私は冷静を装うどころか、その場を取り繕うことすらできず、そそくさとその場を立ち去った。あのときの彼女の目に浮かんだ「奥様、大丈夫ですか?」という疑惑の表情が忘れられない。


「ああもう、どうすればいいの!?」


枕に顔を埋めて叫ぶ私に、答えてくれる者は誰もいない。この大豪邸の中でさえ、孤独を噛み締めるばかりだ。


このままでは、ゲームの物語が動き出す――悲劇の幕が上がる瞬間まで、あとわずかしか時間がないということに。


「誰か!誰でもいいから助けて……!」


けれど、その願いが届くことはない。誰もいない部屋の中、私の声は虚しく吸い込まれていくだけだった。


外から聞こえる鳥のさえずりが、やけに無情に響く朝だった――。


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