「ああ、この光景、知ってる――」
静かにパンにバターを塗りながら、
私は心の中で呟いた。
長いダイニングテーブルに座り、
無言で朝食をとる私たち家族。
見た目だけなら、
冷え切った関係に見えるかもしれない。
無表情で食事を続ける私の夫、エドガー。
その鋭い眼差しは、まるで周囲を遠ざけるために生まれたかのように冷徹で、誰もが彼に近づくことをためらう。
でも、私は知っている。
その冷徹さの奥に、誰にも見せずに隠した不器用な優しさがひっそりと息づいていることを。
その息子のアレクシス、まだ5歳。
その年齢には似合わない、生意気な口調を時折見せる。
「また昨日と同じパンなの?」
けれど、その言葉に母親として反論する気は起きない。
彼の不器用さは、誰よりも分かっているから。
――そう、この光景は前世で何度も目にしたものだ。
これは、私がかつて夢中になった乙女ゲーム『君が未来を照らすから』の世界だ。
アレクシスは攻略キャラの一人で、ヒロインが彼の心の傷を癒し、絆を深めながら悲劇を乗り越えていく――そんなストーリーだった。
けれど、このアレクシスルートの攻略は極めて難しい。
何度も挑んだ私は、最後まで彼らを救えず、バッドエンドで涙を流した記憶がある。
「ん…?でも待てよ… この2人が目の前にいるということは…私って、もしかして…」
ガタンっと体の力が抜け、思わず倒れそうになった。
「ソフィア…!」「母上?!」
その瞬間、エドガーとアレクシスが一斉に立ち上がり、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
――ソフィア?
「まさか…!私、転生したのって…あのソフィア・ブラックソーン=リヴィエール?!」
その名前を耳にした瞬間、私の頭はまるで爆発したかのように真っ白になった。
えっ、待って、マジで?!私が転生したのって…ヒロインじゃなくて、あの冷酷な母親ソフィア? そんなのって…あんまりだ!
「こんなの、どう考えても無理ゲーだってば!」
心の中で絶叫しながらも、夫と息子の呼びかけがまるで遠くから聞こえるように、私の意識はふわりと遠のいていった。