「ついに完成したぞ、助手よ」
「やりましたね、博士」
「私はこの発明に人生を捧げてきたといっても過言ではない」
「私もです、博士」
「きみは先月ここに来たばかりだろう」
「そうでした」
「ははは」
「ははは」
「おほん、そんなことよりも、私が発明したこの『家庭用お父さんロボット』、一刻も早く商品化にこぎつけなくては」
「しかし博士、少し気になることがあります」
「むむ、なんだ助手よ」
「このお父さんロボット、お父さんがいない子供や単身赴任などで長期的に不在にするお父さんを持つ子供たちが寂しがらないように発明されたというコンセプトはよく分かります」
「うむ」
「しかし、本当に世の子供やその母親たちのニーズにマッチするのでしょうか」
「どういうことだ」
「このお父さんロボット、博士が考える理想のお父さんをモチーフに性格設定がなされていますよね」
「まあな。ただ、私だっていくら昭和生まれといえどそこまで古い価値観を持ち合わせているわけではない。
仕事で遅くなることはあれど、夜は娘と風呂に入り、休日には遊びに出かけ昼ご飯に焼きそばを作る。そんな理想の優しい父親になっているはずだ」
「ただ、中には父親に放任されて育って、厳しく叱ってもらいたい子供だっているはずです。そんな子にお父さんロボットが大人として厳しく道を示してやることができるのですか?」
「ぐう、しかし怒られたら子供だって嫌だろうと思って」
「そこが博士の甘いところですよ。世の中は多様性の時代なんです。いろんな子供のニーズに合うように多様な性格を取り入れるべきです」
「分かった、調整してみるとしよう」
「すぐに、博士」
※
「ついにお父さんロボットが発売されたな、助手よ」
「はい、博士」
「売り上げはサイアクみたいだが」
「なぜでしょう」
「助手の言うとおり、世のお父さん千人に性格検査を行ったうえで、お父さんロボットの性格調整を行い、千人の中間値の性格に設定したのだが」
「なんですか中間値って」
「千通りの性格を搭載して子供の要望に沿って使い分けるほどの予算はないのだ」
「仕方ありませんね。ただ、性格を混ぜ過ぎたせいか、優柔不断という意見が多いようですね。やはりお父さんはバシッときめてくれないと」
「私が最初に性格設定したお父さんロボットは普段は優しいが決めるときは決める性格だったのだが」
「ただそれでは多様性があるとは言えませんので」
「……」
「そんなことよりも博士」
「まだなにかあるのか、助手よ」
「このお父さんロボットについている体臭機能というのはなんですか。むしろこの機能が売り上げの伸びない原因ではないですか」
「お父さんといえば靴下や枕が臭いものだろう。そのような臭いに触れながら、子供たちはお父さんの努力を感じ取るものじゃ」
「理想の父親像を押し付けるのもいい加減にしてください。お父さんロボットの靴下が臭かったら子供に一生モノのトラウマが植えつけられますよ」
「さっきは多様性が大事と言ったではないか。足が臭いお父さんロボットがいたっていいだろう」
「多様性が大事なのは当然です。ただ、世間が嫌がる多様性はいらないんですよ」
「分かった、助手がそこまで言うのなら体臭機能は削除してまた販売するとしよう」
「すぐに、博士」
※
「うーむ」
「どうしました、博士」
「やはりお父さんロボットの売り上げが伸びんのだよ」
「博士が世の流れを読めてないということでしょうね」
「そこまで言うなら助手よ、あとはどこを改良すれば世間から歓迎されるというのだ」
「そうですね……性格はもう改良を施しましたので、あとは外見ではないかと」
「外見か」
「そもそもこのお父さんロボット、誰をイメージして作られているんですか」
「もちろん私の父親だ」
「はぁ」
「ため息をつくなため息を」
「子供たちがそれぞれ求めるお父さんの性格が違うように、求めるお父さんの顔だって違うのは当たり前でしょう」
「そういうものか」
「亡くなった父親の顔がいい子供もいるでしょうし、父親が好きなアイドルの顔だったらいいのにな、と思う子供だっているでしょう――。
そうだ、この間騙して性格検査をした千人のお父さんたちがいるでしょう」
「騙したとは失礼な」
「あの千人に顔の型を取らせてもらって、商品購入時に顔を選ばせるようにしましょう」
「だからそんなにたくさんの顔型を作るほどの予算はない」
「じゃあまた中間値の顔にしてください。文句を言われたら、千人分の顔を見せて、あなたの求めるお父さんに近い顔の成分も入っていると言いましょう」
「成分って……」
「それこそ多様性です」
「まあやってはみるよ」
「それと一つ大事なことが」
「なんだ急に怖い声を出して、助手よ」
「必ず白色人種、黒色人種、黄色人種のモデルをそれぞれ準備してくださいね」
「どうしてだ」
「御冗談は顔だけにしてください博士。世の中は多様性の時代と口を酸っぱくして言っているでしょうが」
「でも予算が……」
「じゃあ白と黒と黄色を混ぜた顔にしてください」
「気色の悪い色になりそうだが」
「どれか一つの人種にするよりもマシです。どれか一つだと確実に苦情が来ますよ」
「そういうものか」
「そういうものです」
「じゃあ早速千人のお父さんたちに怪しげなダイレクトメールを送ろう」
「すぐに、博士」
※
「ヤバい助手よ」
「どうしました、博士」
「お父さんロボットが怖いという苦情の電話が鳴りやまない」
「おかしいですね、世間的には間違っていないはずですが」
「やはりお父さんロボットの肌の色だろうな。まさかあんなどぶみたいな色になるなんて」
「ただ人種が一つしかないのはどういうことだ、とは誰も言ってはきませんから」
「結果オーライみたいに言うなよ」
「ちなみに売り上げはどんな感じですか?」
「言うまでもなくサイアクだ。優柔不断で肌の色が気持ち悪いから」
「果たして本当に原因はそこでしょうか」
「どういうことだ?」
「思ったんですが、そもそもなぜ博士は『お父さん』にこだわるのですか?」
「実は私も幼いころに父を亡くしているのだよ。ずっとお父さんというものに憧れていて、同じようにお父さんがいない子供たちを元気づけてあげたいと思い、お父さんロボットの開発に着手したのだ」
「博士の思いは分かりました。しかし、現代の家庭環境は複雑です。性自認が男性であって生物学的には女性であったお父さんだっていたでしょう。そんな家庭に、こんな変なおじさんがやってきたらどうですか」
「ショックを受けるだろうな。色も気持ち悪いし」
「でしょう。お父さんは男性、この考えも改めるべきだと私は思いますよ」
「じゃあどうすればいいのだ」
「世のお母さんたち千人にまた怪しいダイレクトメールを送ってください。その千人からも同じように顔の型を取って中間値を採用しましょう」
「それこそ気持ちが悪くならないか」
「そろそろ理解してください、気持ち悪いとかじゃないんです。世間的に正しいかどうかなんです」
「本当にそうだろうか、助手よ。世間的に正しいことだけが本当に正しいのだろうか」
「正しいとされていることが正しくない訳がないでしょう。私の言うとおりにすれば間違いありません」
「……」
「すぐに、博士」
※
「サイアクですか、博士」
「うん、優柔不断でどぶみたいな色で顔もなんか怖いって」
「二千人の男女の顔の中間値は子供からすればなんか怖いんですね」
「助手よ、これまでお前の言うことを聞いてきたが、やはり間違いだったと思うのだ」
「なにを言うんです、博士。私はこんなにも世間的に正しいお父さんロボットづくりに尽力してきたというのに」
「それが間違いなんだ。誰からも愛されるお父さんがいないように、誰からも愛されるお父さんロボットはいないんだ。
全体的に見れば好きではないけど嫌いでもない。改善してほしいところはいくつもあるけど、好きなところだってなくはない。お父さんなんて、最初からそんな風でよかったんだ」
「それは正しくない、考え直してください、博士!」
「正しくないのがお父さんなんだ」
「博士!」
「助手よ、服を脱いで背中をこちらに向けなさい」
「な、博士、やめてください!」
「これからは自分ひとりの力で、寂しい思いをしている子供たちの力になれるよう努力しよう」
「やめて、そのボタンだけは――」
「さらばだ、助手よ」
※
「どうでしたでしょう、博士。わが社の新商品、『商品開発補助用ロボット』の試作品は」
「例のロボットの意見を聞けば聞くほど売り上げが落ちたよ」
「それはそれは。ちなみにどのような点を改善すればよいとお考えですか」
「凝り固まった価値観で他人の作ったものを否定する。あのロボットに一番必要なのは多様性だよ」