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第72話

そういえば、やはりというべき発見があった。


こちらの水はヨーロッパと同じ硬水だったのだ。


あまり気にしていなかったが、出汁をとるときに少し水を舐めてみると、ミネラル水特有の塩味えんみがした。アヴェーヌ家にいた頃から地域や環境からそうではないかと思っていたが、出汁が出にくいように思ったのが決め手かもしれない。


カルシウムやマグネシウムといったミネラル成分が多い水は飲むとおいしい。硬水とは、そのミネラル成分が高い水のことをいう。一方、ミネラル成分が少ない水は軟水といわれ、独特の風味はなく料理に使うと食材の旨味成分を引き出してくれるのだ。


例をあげれば、うどんつゆが東日本と西日本で違うことがわかりやすいだろうか。東日本では鰹節で、西日本では昆布で出汁をとるため味に大きな差が生まれる。しかし、これは水の違いが一因なのだ。


軟水なら昆布から出汁がとれるが、硬水では難しいのである。出汁をとるときの昆布の膨らみ方も違えば、水に含まれるカルシウムに反応して旨味成分が灰汁へと変わってしまうこともある。


硬水だから料理がまずいということではないが、繊細な出汁を使う和食を作るにはやはり軟水である方がよいといえた。干し椎茸や緑茶の旨味や風味、日本米をふっくらとさせるためには軟水が最適なのだ。


もちろん、それがないから生活できないというわけではない。手間ではあるが、硬水を一度沸騰させて沈殿物と分ければ水の硬度を下げることもできる。逆に硬水には肉の臭みを消したり、煮込んだときに灰汁を出やすくする作用があるため洋風料理には適していたりする。


使える水が硬水である場合、生活にもたらす影響は髪や肌に負担をかけるということくらいだろうか。


硬水そのものが皮膚疾患を起こすわけではない。ミネラル分に含まれるカルシウムやマグネシウムが石鹸成分と化学反応を起こし、洗浄力のないいわゆる金属石鹸へと変えてしまうのだ。


当然のことだが、洗浄力がないと髪や肌が痛みゴワゴワになってしまう。ヨーロッパやグァムに行って寝癖がひどくなったり、カラーが抜けやすくなるのはそのためだったりする。


マルセイユ石鹸などの現地の石鹸やシャンプーは硬水用に作られている。また、髪や肌が痛むので現地人は毎日髪や体を洗わなかったりと、地域ごとに習慣が違うのはおもしろいところだろう。


食事をしているとまた扉がノックされた。


「もしかして、ずっとこんな感じなの?」


「ええ、まあ。」


そういえば、これの対策のために来たのじゃなかったのか?


珍しい料理だからか、ふたりはバクバクと貪るように食べていた。ある意味で微笑ましく思うが、俺も含めて本題を忘れていたのはいただけない。


「何かご用?」


エフィルロスが玄関に行って応対していた。


訪ねてきた相手は、出て来た相手に驚いたのかすぐに退散していく。


「どれくらいの人が来たの?」


「さあ、居留守を使っていたので正確にはわかりませんが···7~8組くらいかと。」


冷静に考えればすごい数かもしれない。


「本当に油断も隙もないわね。」


あらためて腰をおろしたエフィルロスはため息をつきながら説明を始めた。


「ビジェが今からあなたの護衛になるわ。」


「護衛ですか?」


護衛がつくというのは理解できる。しかし、女性であるというのは別の問題が発生しないだろうか。


身体能力としては、やはりこちらの世界でも男性の方が高いようだ。しかし、これが魔法の分野ともなると逆転するらしい。女性の方が魔力を安定させ、制御する術に長けているのはティファからも聞いていた。実力に関しては性別による違いを考える必要がない。


しかし、賢者と縁を結びたい者たちからすると、ビジェが常に傍にいることを勘繰るのではないだろうか。


「ソーの心配事は理解できるわ。でも、ビジェなら周りも納得するから大丈夫よ。」


「そうなのですか?」


「まず、ビジェは私と同等···いえ、魔法の実力を含めればそれ以上よ。たとえ魔族でも遅れをとることはないわ。」


「その、ビジェリゼックさんが他からよく思われないという事態にはなりませんか?」


「それも問題ないわ。彼女はワンサードだから。」


ワンサードというと、3分の1ということである。


おそらく、アイスエルフの純血とハーフから生まれたということだろう。


クォーターとは呼ばないところがポイントなのだと感じた。


両親が別の国の者から生まれた子供はハーフと呼ばれる。クォーターはハーフと純血、もしくはハーフ同士から生まれた場合だ。


これらは国単位で考えられる。例えば、アメリカ人の父と日本人の母から生まれた子は2分の1でハーフ、ハーフとハーフから生まれた子は4分の1でクォーターと呼ばれるのだ。





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